・・・昨夜、薄っすらと降った牡丹雪は止んでいた・・・「胡坐=胡座=あぐら・踑(足+其)・趺(足+夫)・安倉・粟国」・・・本日、北海道新幹線が開通・・・ガンガンのお天気で、雪に埋もれていた植物の木々の枝に付く芽の蕾(つぼみ)の先端は紅を見せている。玄関横の窓の下の凍った雪を砕いて捨てたが、これが叉、重労働・・・家に入ってTVの前でアグラをカイてサッカー観戦・・・「足を前に組んで座るアグラの形」は「渦(うづ)」の様に見えるし、「花の蕾(つぼみ・蔀・莟)」の「巻」様にも見えるな、なんてボンヤリ思ったりなんかして・・・
兎に角、「札幌コンサドーレと京都サンガ」のサッカー、「3-2」で札幌が勝った。未明での「U23日本-U23メキシコ」では、「2-1」で日本が勝ったが、なんか、ホッとタメ息ついてベットに入った。
TV観戦での「スポーツの勝負の世界」、相撲、野球、ラグビー、ジャンプなどの興奮もタメ息も、自分自身の「郷土」と云う場所に僅かに関係するのに過ぎないのに・・・「愛国心とは別モノ」であるハズだが、ダレかに利用されそうな「危ない心情」ではある・・・
ボクのTVでのサッカー観戦は「南アフリカ、ワールドカップ(FIFAワールドカップ・FIFA World Cup)の2010年6月11日~7月11日・第19回目)」からで、それまではマッタく興味もなかったし、モチロン、未だにルールも、そのポジションの名称も詳しくは知らないままTV観戦で一喜一憂していたのだが・・・
本日、13時からのTV観戦で
ナビゲーターの「千葉真澄アナ(女性)」が、ボクの気持ちと重なるオチャメ(?)なアナウンス(当然な地元チームへの気持ちの入った依怙贔屓なエール=yell)をしてくれて、楽しかった。
・・・「navigator=航海者・航行者
船舶・航空機などの操縦者
航海士・航海長・・・三浦按針
(WilliamAdams)
山本音吉(乙吉)
(John Matthew Ottoson)
飛行士・航空士
探検行の進路係
海洋探検家、冒険家
航空機、
ミサイル進路の
自動調整装置」
・・・「なびげぇたぁ=名備解重他蛙」・・・「ale(ealu)=ビール(beer)?」は飲んではいないけれど・・・
で、「千葉真澄」アナと解説者の会話の中での「ボランチ(Volante)=defensive midfielder」のコトバがよく解からないので調べてみたら・・・ポルトガル語・・・
「ボランチ(自動車などのハンドルの意・舵取り・サッカーでディフェンダーの前で守備的な役割をしている選手のこと・本来ディフェンダーの前で守備的な役割だが、攻撃と守備の両方をこなす選手ポジション)」、なるほど、「チームのハンドルを握っている選手」ですか・・・現場の指揮者である・・・
「U23=under23(アンダートウェンティースリー)」の意味も知らなかったので調べてみたら・・・
「U23のオリンピックのサッカーは、オリンピック開催前年の12月31日時点で23歳未満の選手に出場権がある(24歳以上の選手を3人まで・オリンピックの男子サッカーは1992年のバルセロナ大会から)」とあった・・・
ーーーーー
サッカーの
ポジション
ゴールを守る
『GK(ゴールキーパー)』、
GKの前で主に守備を担当する
『DF(ディフェンダー)・バック』、
ハーフウェーライン付近で
攻守に渡って活躍する
『MF(ミッドフィルダー)』、
攻撃の最前線で得点を狙う
『FW(フォワード)・トップ』
の4つ・・・
ーーーーー
で、アグラをカイて、身体を左右に揺すりながらの観戦だったが・・・ボクの問題は「胡坐=胡座=あぐら・踑(足+其)・趺(足+夫)・安倉・粟国」の漢字である・・・
女性は「あぐら」を「カカない」のかな?・・・未だに女性の「あぐら」はヨガの女性がとっているポーズでしか観たコトがないのだが・・・
アグラを「カク」?の漢字を調べれば・・・以下
↓↑
かく=カク
郭=廓・覚・膈・槨
欠く=闕く・舁く
書く=描く=画く
掛く=懸く=構く・・・・「構える」の「カク」?
掻く・駆く=駈く
賭く・確・斯く
各・角・拡=擴
↓↑
下矩=外惑星が太陽と90度離れて西に見えること
日の出時に南中すること
西方矩
角=一点から出る二つの半直線がつくる図形
その開きの度合い・角度・四角
佳句=詩歌のよい文句・すぐれた俳句
画=劃=漢字を構成する要素で、一筆で書く線や点・字画
易の卦(ケ)を表す横線(陽と陰)
客=訪問者・買い手・旅人
牛飼君の客となるは
将に大いに驥足(キソク)を伸ぶべき
格=地位・身分・等級
物事の仕方・流儀
核=果実の中心にある種子を
保護している堅い部分
さね
細胞核・原子核の略・凝結核
郭=廓=古代中国で都市を囲んだ土壁
ものの外まわり・囲まれた場所
遊郭・遊里・いろまち(色街)
覚=対象を覚知するもの・心・心所
心が妄念を離れている状態
涅槃(ネハン)の理の悟り
膈=胸と腹の間
胃が物を受けつけず
吐き戻す病気・膈の病
槨=墓室内部の棺を保護するもの
「木槨・石槨・粘土槨
礫槨(レキカク)・木炭槨」など
欠く=闕く=かたい物の一部分を壊す
損ずる
舁く=二人以上で物を肩にのせて運ぶ・かつぐ
だます・あざむく
書く=描く=画く=「掻く」と同語源
文字や符号をしるす・文章を記す
掛く=懸く=構く
「胡坐(あぐら)をかく」の形で
足を横に三角の形に組んで座る
組み合わせる
編み合わせる
掻く=指先や爪、
それに似たもので
物の表面を強くこする
駆く=駈く=駆けるの文語形
賭く=賭けるの文語形。
確=たしかで間違いないさま
はっきりしているさま
斯く=話し手が身近なこととして
事態をとらえていう
このように・こう
前文、前置きのコトバ
各=接頭語で主に漢語名詞に付いて、
多くのものの個々、
一つ一つのどれもがみなの意
各=おのおの・それぞれ・いろいろ
角=かど・つの・すみ
動物のつの・角質=牛角(ゴカク)
拡=擴=ひろげる・ひろがる
範囲を広くする・ひろげる
画=が
脚=あし
恪=つつしむ・きまじめに身を持する
恪勤・恪守
挌=ぶち当たる・なぐり合う・うつ
挌殺・挌闘
革=かわ・あらためる・あらたまる・なめす
慣=いたる・いたす・ただす
殻=甲殻・耳殻・地殻・卵殻・から
喀=喀痰(カクタン)・喀血(カッケツ)」
覚=覺=おぼえる・さます・さめる・さとる
較=くらべる・あきらか・つき合わせて見比べる
較差・比較
隔=へだてる・へだたる
隔世・隔絶・隔離
劃=区切る・区切り・区劃
劃然
廓=くるわ・城廓・遊廓・外枠・外廓
膈=胸部と腹部の間
横膈膜(オウカクマク)・胸膈
赫=かがやく・赤々と燃えるように輝く
赫奕(カクエキ)・赫灼(カクシャク)
閣=たかどの・御殿・見晴らし台・高く構えた建物
金閣・高閣
獲=える・動物などをつかまえる
獲得・漁獲・捕獲・乱獲
嚇=おどす・真っ赤になって怒る
嚇怒・威嚇・脅嚇
擱=おく・下に置いてとどめる
擱筆・のりあげる・擱坐
馘=みみきる・くびきる
敵を殺した証拠に左耳を切り取る
馘耳
首にする
穫=作物を刈り入れる・取り入れる
収穫
鶴=つる・たず
鶴唳(カクレイ)
攪=かきみだす・かきまわす
攪拌(カクハン)
↓↑
アグラをカク
・・・ブログ記事や、「語源由来辞典」には・・・
ーーーーー
「両ひざを左右に開き、
両足首を組み合わせて
座る座り方」
↓
「あ」は「あ(足)」、
「ぐら」は「くら(座)」で、
インド北部の都市「アグラ」とは関係ない・・・関係あるかも・・・
↓
「くら(座)」は
「高御座(たかみくら)」や
「枕(まくら)」の「くら」と同じく、
「高く設けられた場所」の意味
「貴族が座る高い座席や腰掛などの道具」を
「あぐら」と呼んでいた・・・
「あ」は足の意、「くら」は座の意で、
「足」を組んだかっこうで床に座ること
「元来は大陸から渡来した貴族の用いる
腰掛のこと」で、
古代より
「あぐら」が
「床に座る正式な座り方」であった。
しかし、
「茶道が普及し、
正座が正式な座り方」とされた・・・
↓
「あぐら(Closed legs)」=足を横に三角の形に組んで座る
を
「かく(郭?)」は・・・・・囲(圍・かこ)む?
「くむ(組?)」と同意・・・?
・・・ボク的には
↓↑
坐って両足を曲げ、交互に重ね、上から見て
左は「マ」、
右は「マの逆字」
その空間は三角の形に見える
「ム」の字を
透明なセロハンやビニールに書いてみると
表の、
「ムの字」の角度を180°回転させると「7」
裏から観て左に角度を90°回転させると「マ」
「版木字」や「活版字」で印刷した文字の
「マ」、「7」、「ム」、
「鏡」に映し出した
「マ」、「7」、「ム」
「鏡=かがみ=鑑」とは
「鑑=手本」である・・・
↓↑
「仮名手本忠臣蔵」の「おかる」は「カガミ」で何かを観た・・・手紙・・・
「お軽(おかる)・・・・軽皇子・珂瑠皇子=文武天皇?
貞享二年(1684年)
~
正徳三年十月六日(1713年11月23日)
赤穂藩家老
大石良雄の妾
「於可留」、
「梶(かじ)」と記す書もある・・・
↓↑
京都二条の
二文字屋
次郎左衛門の娘として生まれた
赤穂藩が改易となった
翌年
元禄十五年(1702年)四月
大石良雄は、
妻
「りく」たちを・・・・「陸=六」
但馬国
豊岡の実家に帰らせ
京都山科の
遊郭で遊び呆け
堀部武庸らの
江戸急進派同志たちの不満が募り
これを恐れた
進藤俊式
小山良師
らが、
大石に
「廓通い」を止めさせようと
十八歳の
「お軽」
を紹介して側に置かせた
「お軽」は妊娠したので
金銀を与えて
二条の実家に戻して、
浅野家の藩医だった
寺井玄渓を
「お軽」の許へ派遣した
法名は
清誉貞林法尼
↓↑
『仮名手本忠臣蔵』では、
早野勘平(萱野重実がモデル)の恋人(妻)で、
寺岡平右衛門(寺坂信行がモデル)の妹・・・
山崎の
与市兵衛の娘・・・・・与意知・余市・与一・与市?
壱(壹・臺)與は
十三歳の卑弥呼の宗女
夫のため身売りした
祇園一力楼で
由良之助(内蔵助→句等之素懸)
の助力により
敵に内通した
斧(おの)九太夫を
夫に代わって刺す
↓↑
おかる(お軽)
浄瑠璃
「仮名手本忠臣蔵」中の女性
塩冶(えんや)判官の腰元
早野勘平の妻
夫のために
祇園の遊女となり
大星由良之助の密書を、
一力(いちりき)茶屋の
階上から
鏡で盗み見る場面が・・・有名である・・・
↓↑
初めて
「赤穂浪士の討ち入り」
を取り上げたのは、
近松門左衛門の
『碁盤太平記(1706年)』・・・ゴバンタイヘイキ
↓↑
近松の弟子筋の
「竹田出雲」らによって、
討ち入りから
足掛け
47年を経ての集大成
となったのが、
『仮名手本忠臣蔵』
↓↑
四十七士を
「いろは(伊呂波・以呂波)仮名
四十七文字」
に擬え、
誰にでもわかりやすい
「仮名書きのお手本」の意
↓↑
史実では
討ち入り決行時
・・・「雪は止んでいた」・・・