・・・「古事記」に記されている「鳥船」とは、飛行機、飛行船か?、「盥(たらい)舟」とは、「空飛ぶ円盤」か?・・・「鳥=白+丂+灬(㣺)」と「馬=丂+‡(≠・十+丅)+灬(㣺)」の漢字だが・・・「馬」の「灬」は「四足=四脚=四肢」で「下心(㣺)」ではなく「灬」であるのは明白だが、「鳥」の「灬(㣺)」は「四足=四脚=四肢」ではない。「鳥」類の「灬(㣺)」は「足=脚=肢」は「四本」ではなく、「二本=ニホン」である。耳で聞くなら「似本=にほん=日本」でもあるが・・・多分、「鳥」の「灬」か「㣺」の示唆は「両翼=二羽」と「二肢」であろう。そして、「音=おと=嗚訳」からは「奥羽=おうう→おおう=大胡=被う・覆う・蔽う・蓋う・弇・幕」である。「鳥の船」であるのは「櫂を使って舟を漕(こぐ)」という「櫂=木(き)+羽(はね)+隹(とり)」の漢字構成である。「櫂は一般に長い棒状であり、一端の平らな部分を水に入れ、漕ぎ手はその反対側の柄の部分を握って操作するモノ」である・・・「ボートで使用する舟べりに支点を持つものを oar(オール)で、カヌーなどに用いる舟べりに支点を持たないものを paddle(パドル)と区別し、日本語漢字でも、「櫂(オール)」と「橈(バドル)」と区別するコトがあるらしい・・・漢字分解からは「鳥=とり=隹」は既にボク的な理解は出来たが、「馬=うま=午=甜(うま・テン)=宇摩=旨(うま・シ)=右馬」は厄介で、「馬(バ・メ・マ)」で、「め」とも訓んで、「ケンタウロス(Kentauros・ラテン語は Centaurus・ギリシア神話に登場する半人半獣の種族で、馬の首から上が人間の上半身・その下は馬身」もいれば、「翼を有する天馬(ペーガソス・ペガサス・Pegasus, Pegasos)=ポセイドーンの命により、天界にも届きそうになった山を蹴って元に戻した・馬の主ベレロポーンはペーガソスに乗って、怪獣キマイラを退治したが、落馬して足を折った」もいるとか・・・漢字の熟語の名からはもっと複雑になる・・・羅馬、邪馬台国、司馬遷・・・泣いて「馬謖」を斬る・・・「司馬江漢=鈴木春重=安藤峻=上田某」、そして、「聖書」の漢字名の「馬借・馬子」は「瑪拉基(マラキ)・馬太(マタイ)・馬可(マルコ)」・・・
「舟=上弦の月」・・・
「珍敷塚・鳥船塚」古墳にはその壁画の中には条件が揃っているが・・・
ーーーーー
前回書き込んだ、
「円」の「直径・半径」
「円(圓)」=巴の変形だが、
「冂+丄=Π(π)+丄」
「㊀+|」
「○+丄」
「円」=「П+丄」だろう・・
下部の「◡・⋃・u」を欠落した
楕円、半円(∩)に半径(丄)を加えたモノである・・・?
「D」は半円か?・・・「Dの月」が出たならば上弦・・・?
弓の「弦」にあたる欠け際が
上を向く場合を上弦の月
下を向く場合を下弦の月
弦月(ゲンゲツ・half moon・half-moon)=半月
一ケ月には2回
初め半月となる月相7は上弦の月(角度=90度)→☽
月齢は平均7.38日
次に半月となる月相21は下弦の月(角度=270度)→☾
月齢は平均21.15日
1か月を3旬に分けた
上旬・中旬・下旬と同じ用法で
太陰太陽暦(太陰暦)では
上弦の月は上旬
下弦の月は下旬
に現れる
↓↑
上弦の月の運行は
太陽に6時間遅れで
12時にのぼり24時に沈む
夕方や夜浅くに見える
下弦の月の運行は
太陽に6時間進んで
0時にのぼり12時に沈む
深夜過ぎや未明に見える
夜浅くに西の空に見える上弦の月は、
弦の部分(弦月の円周でない直線状の部分)→☽
が上に見え
午前中に西の空に見える下弦の月は、
弦の部分(弦月の円周でない直線状の部分)→☾
が下に見える
↓↑
月の輝き部分
上弦=月の後方半球(公転運動の後ろ側)、
東半球、北を上にしたときの右半分
下弦=月の前方半球(公転運動の前方側)、
西半球、北を上にしたときの左半分
輝いている部分の面積は同じだが、
月の海
月の陸
の配置により、
上弦のほうがわずかに明るい
↓↑
月の
下半分が輝いていて弦が上にあるのが上弦
上半分が輝いていて弦が下にあるのが下弦
「上・下」は単に
出現する順序を表しているだけで
同じ月相の月でも、
昇った直後
と
沈む直前とでは
上下がほぼ逆になる→「☽→☾」・→「☾→☽」
深夜と早朝を除く
時間帯に見える月の形は、
上弦の月の弦は上→☽
下弦の月の弦は下→☾
に観える
↓↑
青=主+月・・・月→(冃・肉・舟)
上弦での
三日月、半月は
「舟」の形に比喩
逭=主+円・・・円→(丹・冄)
太い
円柱を輪切りにした
盥(たらい)のような舟もある
新潟県
佐渡ヶ島
小木海岸の
「たらい舟」の
磯ねぎ漁
↓↑
「たらい舟」の発祥の由来は
地震による沿岸岩礁の変質で
長い舟よりも円形が
岩礁との衝突に
安全で漁業がし易い・・・とか・・・
人間の知恵ってスゴイッ・・・
が、「お椀の舟」は
「一寸法師のお椀の舟に箸の櫂」
室町~江戸時代の
「御伽草子」
寛文年間(1661~1673)
大坂心斎橋の書肆
渋川清右衛門が
「いにしへのおもしろき草子」
を選び、
「御伽文庫」と名づけ
「板行」した23編中の一
↓↑ ↓↑
「舟」には
「蛭子(蛯子)」の
「葦(芦・蘆・葭)舟」→モーゼの芦舟
「出雲国譲り」の
「鳥之石楠船」
「鳥磐橡櫲樟船(とりのいわすふね)」
「山幸彦」の
「駕籠舟・竹舟」
「記紀」の
「天磐舟(諸手船)」
「天鳥舟(天鴿船)」
「ぶんぶく(分福茶釜)茶釜」の
「泥舟」
などがあるが、それらの「形」は?
「鳥船」は
「帆掛け舟
(帆船・ジャンク=戎克・Junk
中国の木造帆船・帆は莚(むしろ)、
麻布の縦帆)」だろう・・・
・・・「鳥=とり=隹=禽=酉(樽=たる・壺=坩=つぼ)」をイメージさせる漢字からは舟(船)に関する「櫂」と「羽根車」だが、
ーーーーー
↓↑
羽根車
水車・タービンなどの回転軸に
羽根を取り付けたもの
水や蒸気などをこれに受け車を回転させる
impeller・vane wheel・runner
インペラー(impeller・impellar)・・・隠経覶蛙?
液体用のポンプや発電機等、
ターボ機械に使用される
羽根車のこと
蒸気タービン(steam turbine)・・・多阿(蛙・鴉)備務
蒸気を、
タービン(羽根車)と軸を介して
回転運動へと変換する外燃機関
↓↑
黒船・四隻
ペリーの蒸気船
外輪式蒸気軍艦
↓↑
古代アレクサンドリアの工学者・数学者の
ヘロン(10年頃~70年頃)が考案した
「ヘロンの蒸気機関」・・・・経論?
蒸気を
円周上のノズルから噴出させ
回転力を得るもの
反動式タービンの原型・・・
↓↑
産業革命期(18世紀~19世紀)
蒸気を動力源とする
蒸気機関が実用化
シリンダ・・・詞理務拿
と
ピストン・・・比素訳務・秘素遁
を使った
往復運動をベースとする
レシプロ式の蒸気機関・・・
↓↑
蒸気タービン
1629年にイタリアの建築家
ジョバンニ・ブランカ (Giovanni Branca)
衝動式蒸気タービンの概念を図に書き記した
1882年にスウェーデンの
グスタフ・ド・ラバル
(Gustaf de Laval,1845年~1913年)
衝動式タービンを開発・試作
1884年にイギリスの
チャールズ・アルジャーノン・パーソンズ
(Charles Algernon Parsons,1854年~1931年)
多段階反動式タービンを開発・試作
1889年に発電用に実用化
1895年にアメリカの
チャールズ・ゴードン・カーティス
(Charles Gordon Curtis)
二段階
多速衝動タービンを開発
1898年にフランスの
ラトーが現在の原型にあたるタービンを実用化
↓↑
蒸気タービン
1894年
舶用原動機として
タービニア号で登場
↓↑
外輪船
水車型の装置である外輪で推進
外車船・パドル船
paddlewheele
外輪式蒸気船
paddle steamer
左右の舷側に外輪を持つ船
sidewheeler
船尾 (stern) に1つの外輪を持つ船
sternwheeler
外輪=paddle wheel (side wheel・stern wheel)
基本的に、機関で外輪を回転させる推進器
↓↑
中国の歴史書『南史』
418年の
王鎮悪・・・・王鎮惡=373年~418年)
東晋の軍人
本貫は北海郡劇県
前秦の
王猛の孫
率いる
水軍の活動として
人力推進の
戦闘艦の記録・・・
明確に
外輪の記述があるものは
552年の
梁の水軍が
侯景の乱に対して使用した
「水車」と呼ばれる
外輪船
同時期に
「双輪」
「歩艦」
とも呼ばれる
船の記録があり、
踏み車を利用していたと考えられる・・・
唐代以後
中国水軍では
外輪船
宋代には
船尾外輪
や
船首に衝角を装備した船や、
舷側外輪一側を20から30付け
戦闘員を200~300人載せられる
「海鰍船」・・・鰍=カジカ(杜父魚・鮖・Cottus pollux)
中国語で「鰍」は泥鰌(どじょう)
日本のカジカとは異なる・・・
と呼ばれる
大型の外輪船が登場
外輪船の発達は
モンゴル(蒙古)軍によって
宋が滅ぼされるまで続いた
外洋航行ができなかったために
元の時代には廃れた
↓↑
ロバート・フルトン
最初期の蒸気船の推進力は外輪
↓↑
・・・「鳥の翼」、あるは「アヒル(鴨・鶩・家鴨・阿比留)の翼と両足」をイメージさせる形態は「ガレー船」の両脇に突き出る「オール」であるが・・・
↓↑
ガレー船(galley)
古代
主として人力で櫂(オール)を漕いで進む軍艦
前700年頃エジプト人、クレタ人などが
帆付きの
ガレー船を軍用と商用に使用
↓↑
ガレー船(galley)
中世から近代まで地中海で用いられた軍用船
低い舷側と細長い船体をもち
多数のオールを備えている
古代以来の伝統をひく軍用船だが
二段櫂船
三段櫂船
のように
漕手の席が上下に段をなしていない
ベンチに2名、3名が並んでオールを漕ぐ
1本から3本のマストを持ち三角帆を備え
小型のものでは40~50本
大型のもので200本ものオールを備え
50tから200t程度の荷を運んだ
↓↑
ーーーーー
中国の帆船(ジャンク)がなぜ、ジャンク(junk)になったのかは
chuan(チャン)中国語
djong(ジョング)インドネシア語
junk(ジャンク)英語
で、外洋船として
この船の様式が18~19世紀に廃れた・・・
「ジャンク=廃品・不要物」になった?
↓↑
兎に角、
「〇形の舟」とは
円柱体に対する視覚的角度の
正面、側面、平面で、
「平面の○」である・・・
↓↑
1802年12月9日
享和二年
十一月十五日(旧歴の満月)
佐渡小木地震
佐渡島小木付近で発生した
マグニチュード M6.5~7.0の地震
「享和佐渡地震」は
「小木町は総戸数453戸が殆んど全潰し、
出火して住家328戸、土蔵23棟、
寺院ニケ所を焼失、死者18名、
湊は、地形変じて干潟となった
(『一話一言』・『佐渡年代記』)
『佐渡年代記』には
巳刻(10時頃)に
所々破損する程度の地震が起こり、
未刻(14時頃)に
大いに震い御役所を始め
人家に至るまで破損に及んだ・・・
金鉱山の坑夫たちは数日前から
異常を察知し坑道に入らず
犠牲者は無かった・・・
小木半島の海岸では
約2mの隆起が生じ
露出した
中新世の枕状熔岩を観察
・・・出来るらしい・・
↓↑
関ヶ原の戦い
石田三成の家臣、
「山田去暦」の娘・・・サンタ去暦?
「おあむ」が、
「たらい(盥=臼+水+皿)」に乗って
落城する大垣城から逃げ延びた
(『おあむ物語』)
↓↑
カンボジアの
トンレサップ湖には
(琵琶湖の3倍、雨季に5倍)
「たらい舟」があるらしい・・・
↓↑
泥船
高橋 泥舟(デイシュウ)
天保六年二月十七日(1835年3月15日)
~
明治三十六年(1903年・2月13日)
徳川慶喜の幕臣
山岡鉄舟(小野鉄太郎)は、
泥舟の義弟
後、骨董鑑定屋
↓↑
「丹後」・・・たんご=単語・譚語・譚漁・・・乙姫浦島
端午・田子・丹呉
反後・・・反語?・版語・判語
tango
アルゼンチンとウルグアイの
境界線の
リバープレートに沿って
1880年代に
クレオールタンゴとして広まった
アルゼンチンタンゴ
単純な4拍子とバイナリ音楽形式
↓↑
「丹」
丹砂(水銀と硫黄が化合した赤色の鉱石)を
採掘する「井戸」の象形
「丹砂」、「赤色の土」、「濃い赤色」
「丹」の文字、字形
U+4E39 U+E0100 ならば、中を点とする「冂+ヽ(ゝ)+一」
U+4E39 U+E0101 ならば、中を縦棒とする「冂+丄」
↓↑
「清」=「芿」
↓↑
「冉(冄)」=あやうい・ゼン・ネン
毛の垂れるさま、柔らかな、弱い
何かが垂れるさまの象形
飾り紐、頬髭(髯の初文)などが垂れるさま
tender, weak, gradually alternating.
冄の構成文字
㚩、𢪈、𨙻、枏、𤴿
蚦、耼、𧧛、䫇、䶲
↓↑
魏冄(ギゼン・生没年不詳)・・・・偽善?
中国戦国時代に秦に仕えた政治家
封ぜられた地から
穣公・陶公とも
秦の
恵文君(恵文王)・武王・昭襄王の
三王に仕えた
丞相、相国
↓↑
丹(に・あか・タン)
辰砂=硫化水銀からなる赤色の鉱物
仙丹=霊力のある薬
丹色=赤・朱系の色
丹土=赤土=赤みがかった土壌
燕の太子、丹=中国戦国時代・燕の太子
地理
丹波国・丹後国・伊丹市・丹生郡・丹南
↓↑
井・丼・円・冃・甘
「丼(どんぶり)」=井戸に物を投げ込む意味
「丼」=井戸の中に落ちた物が水面で発する音
食物を盛るための
厚手で深い陶製の鉢
どんぶりばち
職人などの腹掛けの前部につけた
大きな物入れ
サラサや緞子 (どんす) などで作った
懐中用の大きな袋で
江戸時代、若い遊び人が好んで用いた・・・
丼物 (どんぶりもの)の略
↓↑
「#」=ナンバーサイン (number sign)・スクエア
「井桁(いげた)」代わりのヌメロ(NUMERO号)、NO
シンボル#=番号記号、ハッシュ、シャープ記号
音楽記号のシャープ
「♯」は
五線から見分けるために横線が斜め
縦線はまっすぐ
「#」は
横線はまっすぐで縦線が斜め
##♯
↓↑
井戸の地上部の縁に、
上から見て
「井」の字形に組んだ木枠
井幹(セイカン)
下から見ているなら、
「丼(どんぶり)」の「ゝ・ヽ」は「釣瓶」か「上を見ているカエルの視線」だろう・・・
ーーーーー
・・・ヨッポドのオッタッキーじゃなければ・・・「?」であるカナ・・・