ある日
卒然と悟らされる
もしかしたら
たぶんそう
沢山のやさしい手が
添えられたのだ
一人で処理してきたと思っている
わたくしのいくつかの結節点にも
今日までそれと
気づかせぬほどの
さりげなさで
〜 茨木のり子「知命」〜
シアワセ。
と
云う
モノ
は
ヒト
それぞれ
だと
想う
けれど
ワタシ
が
汲む
シアワセ
の
渦
の
中
の
ヒトツ
に
〜やってみたいコト。が、叶う〜
が
在ります
其れには
大袈裟だけど
代償
や
リスク
を
伴うコト
も
有る
し
何より
心身のすこやかさ。
が
大前提
と
なる
の
だけれど
そして
たいてい
其れら
を
クリアできたら
強力
な
アイテム⁈
〜其の道の、達人〜
と
出逢える
ミラクル現象
が
発生する
と
いう
我が人生
ながら
つくづく
驚かされる
事象
が
発生する
の
です
時には
訝しげに
人格を
疑われたり
否定されたり
も
するけれど
ワタシ。
は
ワタシ。
を
貫いて
ほんとうに
よかった
と
想う
今日
この頃
赤毛のアン
にも
登場する
ロバート・ブラウニング
の
詩
〜春の朝〜
の
一節
GOD'S IN HIS HEAVEN ALL'S RIGHT
WITH THE WORLD
ー「神は天にいまし すべて世は事もなし」ー
を
知りました
ー「地上で起こる出来事は
天の視点から見れば
さほど大それたことない。
人がどんなに喜怒哀楽の
るつぼに身をすりつぶされていようと
空を始めとする
自然はそんなことには頓着せず
悠々と広がっているではないか。」ー
そんな
解釈である
そうだけれど
ほんとうに
身を以て
そう
体感できるコト
を
嬉しく
想うのです
宗教観
とかじゃなくて
良心。
とか
友好。
とか
の
下
に
神様。
は
鏡
を
照らしてくれて
其処には
目映い
場所
や
出逢い
が
生まれる
の
では
なかろうか
と
想うのです
そうそう
新潟出身
の
母
が
むかしむかし
ワタシ
が
ご飯粒
を
食べ残した際
に
「お米一粒一粒
に
神様がいるのよ。」
と
真顔
で
窘められた
のが
当時
は
不思議だった
けれど
いまなら
よく
解る気がします
少し話が逸れましたね(笑)
シアワセ。
に
なりたいなら
目映い
場所
を
探し出せば
いい
最初
は
其処
の
光
を
借りて
輝け
ど
いつしか
ポカポカ
温まり
ピカピカ
輝いた
貴方
は
いつか
いつしか
誰か
の
何か
の
目映い
場所
目映い
存在
に
なれるかもしれない
の
だから
貴方
を
照らしてくれるヒト
其れが
目下
の
〜逢いに行ける神様〜
なのかも
しれない