閑(ひま)じぃのブログ by 閑斎

趣味の紙紐細工創りとその時々の歌、旅の紹介です。遠方には行かなくなりましたが、近くで楽しい仲間との歌を楽しみます。

「喫茶店の日」

2021-04-13 05:40:35 | 今日は何の日

今日は「喫茶店の日」だそうで、近所にコメダ珈琲店があって妻が喜んで

いますね。関西では、モーニングと言う安くて盛りだくさんのエニューがあるの

ですが、関東ではなかなか見つけられません(残念!)。

お天気は西から崩れてくるようです。

 

きのうは松山選手のマスターズ優勝が飛び込んできました。女子サッカーの

なでしこジャパン以来の快挙でした。

それで、試合後のキャディーの振る舞いが話題になっていました。欧米人は

言葉で感謝を沢山言いますが、日本人は一礼で現わすんですね。

逆に、日本人はすぐに謝りますが、欧米人は最初は絶対に非を認めませんね。

2千年間に培われた文化の差でしょうか。

 

きのうは歯科で左上の歯石掃除でした。ガリガリ、沢山取れました。

散歩は5,300歩で、2千歩くらいのところに手打ちうどん屋さんを見つけ

ました。普通の民家風でそのうち訪れたいです。

昔、アメリカから帰る時アンカレッジ経由でしたが、そこで妻が赤ノレンの

うどん屋を見つけて飛び込んで行きましたね。麺類の好きな方です。

 

以下、ネットにあった長い解説です。

喫茶店の日(413日 記念日) |

今日は何の日 | 雑学ネタ帳 (zatsuneta.com)

1888年(明治21年)のこの日、東京・上野(下谷上野西黒門町)に日本初の本格的な

コーヒー喫茶店「可否茶館(かひいさかん)」が開店した。

1階がビリヤード場、2階が喫茶室の2階建ての洋館で、1階ではビリヤードの他、トランプや

囲碁、将棋などをすることができた。 珈琲(コーヒー)は、明治の文明開化に花を添える

ハイカラな飲み物として、特権階級の人々の間で人気があった。「可否茶館」での値段は、

もりそば1杯1銭の時代にコーヒーが1銭5厘、牛乳入りコーヒーが2銭だった。また、席料が

1銭5厘もした。値段が高すぎたこともあり「可否茶館」は、3年もたずに閉店してしまった。

その後、1910年代の明治時代末から大正時代にかけて「カフェー」と呼ばれる喫茶店が

全国的に普及し、日本において喫茶店ブームとなった。1950年代後半には音楽も楽しむ

ことができる「ジャズ喫茶」「歌声喫茶」「名曲喫茶」などが流行した。このような

喫茶店が登場・浸透した理由に、当時はレコードが高価で個人では購入が難しかったことが

挙げられる。

1960年代から1970年代には、酒類を扱わない、純粋な喫茶店である「純喫茶」が流行した。

「純喫茶」は、酒類を扱い、女給(ホステス)による接客を伴う「特殊喫茶」に対する

呼び名である。店主自らがコーヒーを淹れるようなこだわりがある喫茶店が増えたのは

この頃からである。

コメント (2)
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