24歳のころ―ラブホテルの清掃員として働いていたのだが、
20部屋のうち1部屋だけ防音設備がなく、まぁつまり音が筒抜けだった。
もちろん? お客さんにはそのことを伝えない。
もし自分が支配人だったら、敢えて伝えたかったけれどね。
音が漏れます、その代わりほかの部屋より安くしておきますよ―という売りかた、出来たんだと思う。
やりたい星人になっているのだから、そんなこと気にするカップルのほうが少ないような気がするし、
漏れて困るのはザーメンのほうで、音なんかどうだっていいと思っているようなところがあるんじゃないか。
困るのは音を発するほうではなく、その音を受ける? ほうである。
この筒抜けの部屋に問題があるとすれば、そのすぐ隣りの部屋が我々の休憩所だったこと。
自分ひとりが休んでいるわけじゃない、パートの主婦さんだって居るわけで、4~5人の従業員が喘ぎ声を聞きながら弁当を食べる図―というのは、なかなかにシュールな光景なのだ。
ノーマルな音声の場合もあれば過剰な音声の場合もある、
特殊な例としては、男の声しか聞こえてこないとか、SМカップルとか。
主婦さんたちは「イヤーねぇ」などと話しながら、ちょっと笑っていたりする。
自分はどうしているかというと、仲間が同世代の同性であればキャッキャと騒いでいただろうが、主婦さんのなかには自分のかーちゃんと同年のひとも居たわけで、とりあえず彼女たちにあわせて苦笑い、、、みたいな。
そんな空気のなかで出てきた会話に、以下のようなものがあった。
主婦A「―よく知らないんだけど、スリーピーっていうのがあるんでしょ?」
主婦B「・・・」
主婦A「知らない?」
主婦C「・・・それひょっとして、“さんぴー”のこと?」
主婦A「えっ、あれは“さんぴー”というの?」
爆笑した。
なるほど、3人のセックス「3P」を「スリーピー」と読んだか。
でもちょっとだけ、気持ちは分かる。
政治の世界で「G8サミット」なんていうのがあるが、あれは「ジーハチ」ではなく「ジーエイト」と読むわけだし、この場合はそう読むのに、あの場合にかぎってはそう読まないなんて、ルールが滅茶苦茶だよねと。
ジャニーズの関ジャニ∞のことを「せきじゃにエイト」といっていた「かなり」恥ずかしい自分が、最も解せなかったタイトルは『誰がために鐘は鳴る』である。
映画小僧を自称する少し前の、単なる映画少年だった高校1年時の自分。
廉価版の映画ビデオが出始めたころで、名作ビデオを買い漁っていたのだが、そのなかにゲイリー・クーパーとイングリッド・バーグマンが共演した『誰がために鐘は鳴る』(43)があった。
うちのとーちゃん、そのビデオパッケージを指差して「これ、なんて読む?」と挑発的な顔で聞いてくる。
自信満々で「だれがためにかねはなる」と答えると、
「ちがうちがう、ちょっと調べてみ」などという。
一瞬、頓知クイズかなと思ったが、どうやらほんとうに不正解のようだ。
あとで「たがためにかねはなる」と知って、ムキーッとなった記憶が残っている。
なるほど! ではなく、なんでそう読むんだよ!? って。
だって記憶させないと、パソコンでもスマホでも「たがために」の変換で「誰がために」って出ないぜ。
そんな特殊な読みかたが一般的であってたまるかと、当時は思ったものだった。
読みかただけの話ではなく。
38年間生きてきて、知ろうと思って積極的に学んできたことと、「これはいいや」と見向きもしなかったことがあるが、
まぁそれでも「そこそこ」物知りなほうらしく、女子とかに「いろいろ知ってるよねぇ」と褒められると、やっぱりうれしい。
しかも自称モノカキなわけで、最近、つくづく知らなくていいことなんて、ひとつもないんだなと思うようになった、、、のは、敬愛する漱石の小説を読み返したからである。
終生の愛読書とする『それから』を読むと、花の名前が沢山出てくるのだが・・・
牧野富太郎という植物学者が居るのに、自分は花の名前をぜんぜん知らない。
だから、文中の花がどんな形状なのかを映像に変換出来ない。
つまり何度も読み返している『それから』だが、完璧に理解しているわけじゃない―そういうことになるのではないかと。
うーむ。
寝ている場合ではないし、腰を痛めている場合じゃないと。
人生、勉強勉強、その連続である。
※ところで・・・きのうのももクロ、最高でした。
…………………………………………
本館『「はったり」で、いこうぜ!!』
前ブログのコラムを完全保存『macky’s hole』
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明日のコラムは・・・
『にっぽん男優列伝(158)桐谷健太』
20部屋のうち1部屋だけ防音設備がなく、まぁつまり音が筒抜けだった。
もちろん? お客さんにはそのことを伝えない。
もし自分が支配人だったら、敢えて伝えたかったけれどね。
音が漏れます、その代わりほかの部屋より安くしておきますよ―という売りかた、出来たんだと思う。
やりたい星人になっているのだから、そんなこと気にするカップルのほうが少ないような気がするし、
漏れて困るのはザーメンのほうで、音なんかどうだっていいと思っているようなところがあるんじゃないか。
困るのは音を発するほうではなく、その音を受ける? ほうである。
この筒抜けの部屋に問題があるとすれば、そのすぐ隣りの部屋が我々の休憩所だったこと。
自分ひとりが休んでいるわけじゃない、パートの主婦さんだって居るわけで、4~5人の従業員が喘ぎ声を聞きながら弁当を食べる図―というのは、なかなかにシュールな光景なのだ。
ノーマルな音声の場合もあれば過剰な音声の場合もある、
特殊な例としては、男の声しか聞こえてこないとか、SМカップルとか。
主婦さんたちは「イヤーねぇ」などと話しながら、ちょっと笑っていたりする。
自分はどうしているかというと、仲間が同世代の同性であればキャッキャと騒いでいただろうが、主婦さんのなかには自分のかーちゃんと同年のひとも居たわけで、とりあえず彼女たちにあわせて苦笑い、、、みたいな。
そんな空気のなかで出てきた会話に、以下のようなものがあった。
主婦A「―よく知らないんだけど、スリーピーっていうのがあるんでしょ?」
主婦B「・・・」
主婦A「知らない?」
主婦C「・・・それひょっとして、“さんぴー”のこと?」
主婦A「えっ、あれは“さんぴー”というの?」
爆笑した。
なるほど、3人のセックス「3P」を「スリーピー」と読んだか。
でもちょっとだけ、気持ちは分かる。
政治の世界で「G8サミット」なんていうのがあるが、あれは「ジーハチ」ではなく「ジーエイト」と読むわけだし、この場合はそう読むのに、あの場合にかぎってはそう読まないなんて、ルールが滅茶苦茶だよねと。
ジャニーズの関ジャニ∞のことを「せきじゃにエイト」といっていた「かなり」恥ずかしい自分が、最も解せなかったタイトルは『誰がために鐘は鳴る』である。
映画小僧を自称する少し前の、単なる映画少年だった高校1年時の自分。
廉価版の映画ビデオが出始めたころで、名作ビデオを買い漁っていたのだが、そのなかにゲイリー・クーパーとイングリッド・バーグマンが共演した『誰がために鐘は鳴る』(43)があった。
うちのとーちゃん、そのビデオパッケージを指差して「これ、なんて読む?」と挑発的な顔で聞いてくる。
自信満々で「だれがためにかねはなる」と答えると、
「ちがうちがう、ちょっと調べてみ」などという。
一瞬、頓知クイズかなと思ったが、どうやらほんとうに不正解のようだ。
あとで「たがためにかねはなる」と知って、ムキーッとなった記憶が残っている。
なるほど! ではなく、なんでそう読むんだよ!? って。
だって記憶させないと、パソコンでもスマホでも「たがために」の変換で「誰がために」って出ないぜ。
そんな特殊な読みかたが一般的であってたまるかと、当時は思ったものだった。
読みかただけの話ではなく。
38年間生きてきて、知ろうと思って積極的に学んできたことと、「これはいいや」と見向きもしなかったことがあるが、
まぁそれでも「そこそこ」物知りなほうらしく、女子とかに「いろいろ知ってるよねぇ」と褒められると、やっぱりうれしい。
しかも自称モノカキなわけで、最近、つくづく知らなくていいことなんて、ひとつもないんだなと思うようになった、、、のは、敬愛する漱石の小説を読み返したからである。
終生の愛読書とする『それから』を読むと、花の名前が沢山出てくるのだが・・・
牧野富太郎という植物学者が居るのに、自分は花の名前をぜんぜん知らない。
だから、文中の花がどんな形状なのかを映像に変換出来ない。
つまり何度も読み返している『それから』だが、完璧に理解しているわけじゃない―そういうことになるのではないかと。
うーむ。
寝ている場合ではないし、腰を痛めている場合じゃないと。
人生、勉強勉強、その連続である。
※ところで・・・きのうのももクロ、最高でした。
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明日のコラムは・・・
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