Cape Fear、in JAPAN

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『Cape Fear』…恐怖の岬、の意。

シネマしりとり「薀蓄篇」(448)

2023-02-24 00:10:00 | コラム
くろさわき「ら」→「ら」ーすふぉんとりあー

映画界における、三大奇人。

故人を除けば・・・

ドイツのヴェルナー・ヘルツォーク、
フィンランドのアキ・カウリスマキ、

そして、デンマークのラース・フォン・トリアー66歳。

これは「作風が」ではなく「作風も」「本人も」奇人という意味。

リンチやヴァーホーベンって、「作風は」おかしいかもしれないが、本人は「割とマトモ」だったりするのよね。

ヘルツォークはいつも銃を持っているみたいな噂もあったし、カウリスマキはほとんどアル中、
そしてトリアーは、カンヌ映画祭でヒトラー支持を表明したとして業界から干されたり。

つまり仕事以外では関わってはいけない、、、のかも。っていうひと―しかし厄介なのは、3人とも「創る映画が、めっぽう面白い」ってこと。

ただ油断ならぬのは、当然「毒は多め」であるよと。

トリアーの映画ではビョーク主演の『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(2000)がいちばん有名なのでしょう、これなんか「鬱映画」っていわれているしね。

まぁでも『ミスト』(2007)なんかもそうだけれど、「展開が鬱」なだけで、観ているコッチまで鬱になるとはかぎらないっていうか。
観るひと次第でしょうが、ネガな物語からポジになるひとだって居るのです、トラビスのイキザマに勇気をもらう自分みたいに!!


さて。
トリアー5選を展開するとしたら・・・

(制作順)

愛するひとが半身不随となり、セックスすることが出来なくなった…という物語から無償の愛を問う『奇跡の海』(96)、



『ダンサー・イン・ザ・ダーク』、


実験的なセットを展開しアメリカを呪う?怪作『ドッグヴィル』(2003)、



セックスに没頭するあまり、幼子の事故死に気づかなかった夫婦を描く『アンチクライスト』(2009)、



そして、セックスそのものを多角的に考察?する艶笑劇『ニンフォマニアック』二部作(2013)


・・・になりますかね、

どれも挑戦的というか、あらすじ読んだだけで「いいや自分は、、、」と思うひとも多いことでしょう(^^;)

実際、映画のほうがひとを選ぶ。そういう監督だと思います。


残念なのは、トリアーが中心になって唱えた「ドグマ95」があまり進展しなかったこと。


①撮影はすべてロケーション撮影によること。スタジオのセット撮影を禁じる。
②映像と関係のないところで作られた音(効果音など)をのせてはならない。
③カメラは必ず手持ちによること。
④映画はカラーであること。照明効果は禁止。
⑤光学合成やフィルターを禁止する。
⑥表面的なアクションは許されない(殺人、武器の使用などは起きてはならない)。
⑦時間的、地理的な乖離は許されない(つまり今、ここで起こっていることしか描いてはいけない。回想シーンなどの禁止である)。
⑧ジャンル映画を禁止する。
⑨最終的なフォーマットは35mmフィルムであること。
⑩監督の名前はスタッフロールなどにクレジットしてはいけない。


つまりデジタル技術どころか「映画の商業化」を真っ向から否定する運動で、これの誓いによっていくつか野心作は制作された、、、ものの、

とくに⑥を守って創ることは難しく、

まるでウォーホールの実験映画のように、「ドラマがなければ映画にはならない」ことを逆説的に証明しちゃったというか。

それでも意固地であることこそ奇人トリアーなんじゃないかな―みたいに、ちょっと意地悪なことを考えてみたりもするのです^^


次回のしりとりは・・・
らーすふぉんとり「あー」→しああるじぇんと。

…………………………………………

明日のコラムは・・・

『つくづく、「いま。」じゃなくてえがった(^^;)』
コメント
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