アメリカの階層を私流に分析すれば:
大前研一氏は近頃しきりに言われるようになった「アメリカの分断」をPresident誌上で、“The Divided States of America”と形容されたのには「なるほど、上手いことを言われる」と感心して読んだ。この辺りは「分断」という日本語にされているようだが、英語では“divide”という動詞が出ていたと思う。そこで、「22年半もの間アメリカの会社の一員として慣れ親しんできたアメリカ」と私は述べてきたが、GHQの秘書の方を介して慣れ親しんできた「アメリカの英語」との間柄は、2020年の今日では75年にも達するのだ。
私が実際に接触してきたアメリカとアメリカ人(とは言うが白人だけと言って誤りではない)は今更divideではなく、「そもそも全く異なる階層というか、人の塊が感覚的には横一線に並んでいるだけであり、その階層(集団?)の間での移動ということは先ず発生せず、その階層間を貫通する横串のような道筋も存在していない」という分かれ方をしていたのだった。何も今更トランプ大統領が煽ったとか、オバマ政権が移民を受け入れすぎた為に分断され、何時の日にかこれまでの少数民族(minorities)が白人を越えてしまうという問題ではないと思っている。
私はこれまでに繰り返して回顧してきたことでは「22年半のアメリカの会社の一員として過ごしてきた間に、アフリカ系アメリカ人と一度も膝を接して語り合う機会などなかったし、彼らの世界に物理的に足を踏み入れることなどあり得なかった」のだった。何分にも属している層が異なるのだから。故に、私にはBLMだの何のと騒がれても、アフリカ系アメリカ人について何かを語る材料というか経験も持ち合わせがないのだ。即ち、それほどハッキリと人種間は分断(division?)されていたのだった。
この辺りをNHKの分析による2014年のアメリカの人種別の構成比を見てみると、白人が62.2%、ヒスパニックが17.4%、アフリカ系が12.4%、アジア系が5.2%、その他が2.5%となっていた。因みに、NHKは2060年には白人は42.6%に減少すると予想していた。私はこの分析も立派にアメリカにおける分断を表していると思っている。アフリカ系と語り合ったことがないと言ったが、当然というべきか何というのか、ヒスパニックとは二世乃至は三世でスペイン語は操れなくなっていた工場の事務職と業務上で語り合ったことがあっただけだ。
ウエアーハウザーの私の在職時には45,000人の社員の中で本社には約800人はいたが、日本人が短期的に2人いたことがあり、アフリカ系も矢張り短期間1人在籍していたとは承知していただけ。アジア系では韓国系にはついぞ出会ったこともなく、中国系の名字の者がいたと社員名簿で見ただけだった。これを分断というのかどうかは私には解らない。要するに白人の世界である会社にいたと言って良いだろう。
次に6年前に62.2%を占めていた白人を分析してみよう。私は敢えて最上位と言うが支配階層と呼んできたアッパーミドルとそれ以上の資産家であり、一流の私立大学のMBAかPh.D.である知識階級は、アメリカ全体の精々5%にも満たないと思う。彼らが圧倒的にアメリカを支配していたと受けとめていた。その次に来るのが中間層であり、多くは4年制の大学出身で先ず中間層から抜け出して経営者の仲間入りすることがない人たちだと見てきた。彼らが最も中途半端で、如何に優秀でも,如何に努力しても肩書きは上がるが、地位は上がらないままにリタイアする人たちだ。
その下に、極論すれば大手企業には受け入れられない白人たちの層があり、その下がトランプ大統領の表現を借りれば“working class”の範疇に入る者たちが来て、その更に下に所謂「プーアホワイト」が来ると思っている。私は本社機構の一員として日本駐在だったが、仕事上でも何でも、日常的に接触の機会があったのは中間層(解りやすく言えばその多くは州立大学の出身者)までだったが、彼らと語り合うとか会食するような機会はなかった。誤解なきよう申し上げて置くが、そういう構造になっているだけなのだ。
私が22年半を過ごしたのはこの白人の層の中であり、しかも仕事上で毎日接触しているのは上司だけなのだった。アメリカの組織ではマネージャーの肩書きは貰っていても、その下に誰か部下乃至はアシスタントがいる訳ではないのである。全ての仕事は自分一人の責任で処理するのだから、報告する相手は副社長兼事業部長のみとなる。故に、部内でも社内でも他の事業部の者たちと話し合うとか打ち合わせをすることも希なのだ。であれば、他の事業部に別の階層の者がいたとしても、接触しようがないと思って頂きたい。
では「大都会のホテルや空港や大きなレストランでは異なる階層の者たちと接することはないのか」と尋ねられるかも知れない。そういう接触はある。この項の本筋から外れるが、その経験から出した結論が、嘗て採り上げた帰路の飛行機の中で語り合った某社のアメリカ支店長さんと合意した「アメリカ人には我が日本人ほど優れた者は全体の1%程度しかいない」というようなことが実感なのである。これを語れば長くなるが「最初から立身出世も何もない諦めの塊に入っている白人たちがいる」のである。
アジア系という括りに入れるべきか否かは俄に判断出来ないが、嘗て我が社にはインド人が本部長だった事業部があった。彼らは優秀であると我が友YM氏も評価していた。中国人とは接点がなかったので語れる材料はない。韓国系も同様だが、以前にも指摘したが「カリフォルニア州に遊びにでも行きたければ、英語よりもスペイン語と韓国語を勉強しておかれると良い」というのが実態なのだ。詳しくは承知していないが韓国系はアメリカ全土に600万人もいるとかだ。こういう階層が出来ているのだ。
以上長々と述べてきたことは、私が在籍していた26年前というかその更に22年も前から、アメリかではこのように人種間で綺麗に別れていたのだった。しかも、その人種別の塊から他の塊への移動は考えにくいし、今回は採り上げなかった知的水準というか教育水準で別けた場合には、他の階層への移転乃至は移籍は先ずあり得ないだろう。これも「分断」の範疇に入るだろうか。
その点では何度も採り上げた「職能別労働組合員が、別の階層である会社員に転出することは例外中の例外でしかあり得ないのだ。更に言えば、地方の工場で現地採用された者が本社機構に移転することも例外中の例外である。解りやすくズバリと言えば「階層が違う」のである。このような身分による分断というのか差別とするのか知らないが、アメリカの会社組織では生まれと氏素性が大きく左右するのだ。その辺りを承知していれば、21世紀の今になって「分断」などと言い出せないと思う。では「分断は不当だから改革を」と唱えろというのか。
大前研一氏は近頃しきりに言われるようになった「アメリカの分断」をPresident誌上で、“The Divided States of America”と形容されたのには「なるほど、上手いことを言われる」と感心して読んだ。この辺りは「分断」という日本語にされているようだが、英語では“divide”という動詞が出ていたと思う。そこで、「22年半もの間アメリカの会社の一員として慣れ親しんできたアメリカ」と私は述べてきたが、GHQの秘書の方を介して慣れ親しんできた「アメリカの英語」との間柄は、2020年の今日では75年にも達するのだ。
私が実際に接触してきたアメリカとアメリカ人(とは言うが白人だけと言って誤りではない)は今更divideではなく、「そもそも全く異なる階層というか、人の塊が感覚的には横一線に並んでいるだけであり、その階層(集団?)の間での移動ということは先ず発生せず、その階層間を貫通する横串のような道筋も存在していない」という分かれ方をしていたのだった。何も今更トランプ大統領が煽ったとか、オバマ政権が移民を受け入れすぎた為に分断され、何時の日にかこれまでの少数民族(minorities)が白人を越えてしまうという問題ではないと思っている。
私はこれまでに繰り返して回顧してきたことでは「22年半のアメリカの会社の一員として過ごしてきた間に、アフリカ系アメリカ人と一度も膝を接して語り合う機会などなかったし、彼らの世界に物理的に足を踏み入れることなどあり得なかった」のだった。何分にも属している層が異なるのだから。故に、私にはBLMだの何のと騒がれても、アフリカ系アメリカ人について何かを語る材料というか経験も持ち合わせがないのだ。即ち、それほどハッキリと人種間は分断(division?)されていたのだった。
この辺りをNHKの分析による2014年のアメリカの人種別の構成比を見てみると、白人が62.2%、ヒスパニックが17.4%、アフリカ系が12.4%、アジア系が5.2%、その他が2.5%となっていた。因みに、NHKは2060年には白人は42.6%に減少すると予想していた。私はこの分析も立派にアメリカにおける分断を表していると思っている。アフリカ系と語り合ったことがないと言ったが、当然というべきか何というのか、ヒスパニックとは二世乃至は三世でスペイン語は操れなくなっていた工場の事務職と業務上で語り合ったことがあっただけだ。
ウエアーハウザーの私の在職時には45,000人の社員の中で本社には約800人はいたが、日本人が短期的に2人いたことがあり、アフリカ系も矢張り短期間1人在籍していたとは承知していただけ。アジア系では韓国系にはついぞ出会ったこともなく、中国系の名字の者がいたと社員名簿で見ただけだった。これを分断というのかどうかは私には解らない。要するに白人の世界である会社にいたと言って良いだろう。
次に6年前に62.2%を占めていた白人を分析してみよう。私は敢えて最上位と言うが支配階層と呼んできたアッパーミドルとそれ以上の資産家であり、一流の私立大学のMBAかPh.D.である知識階級は、アメリカ全体の精々5%にも満たないと思う。彼らが圧倒的にアメリカを支配していたと受けとめていた。その次に来るのが中間層であり、多くは4年制の大学出身で先ず中間層から抜け出して経営者の仲間入りすることがない人たちだと見てきた。彼らが最も中途半端で、如何に優秀でも,如何に努力しても肩書きは上がるが、地位は上がらないままにリタイアする人たちだ。
その下に、極論すれば大手企業には受け入れられない白人たちの層があり、その下がトランプ大統領の表現を借りれば“working class”の範疇に入る者たちが来て、その更に下に所謂「プーアホワイト」が来ると思っている。私は本社機構の一員として日本駐在だったが、仕事上でも何でも、日常的に接触の機会があったのは中間層(解りやすく言えばその多くは州立大学の出身者)までだったが、彼らと語り合うとか会食するような機会はなかった。誤解なきよう申し上げて置くが、そういう構造になっているだけなのだ。
私が22年半を過ごしたのはこの白人の層の中であり、しかも仕事上で毎日接触しているのは上司だけなのだった。アメリカの組織ではマネージャーの肩書きは貰っていても、その下に誰か部下乃至はアシスタントがいる訳ではないのである。全ての仕事は自分一人の責任で処理するのだから、報告する相手は副社長兼事業部長のみとなる。故に、部内でも社内でも他の事業部の者たちと話し合うとか打ち合わせをすることも希なのだ。であれば、他の事業部に別の階層の者がいたとしても、接触しようがないと思って頂きたい。
では「大都会のホテルや空港や大きなレストランでは異なる階層の者たちと接することはないのか」と尋ねられるかも知れない。そういう接触はある。この項の本筋から外れるが、その経験から出した結論が、嘗て採り上げた帰路の飛行機の中で語り合った某社のアメリカ支店長さんと合意した「アメリカ人には我が日本人ほど優れた者は全体の1%程度しかいない」というようなことが実感なのである。これを語れば長くなるが「最初から立身出世も何もない諦めの塊に入っている白人たちがいる」のである。
アジア系という括りに入れるべきか否かは俄に判断出来ないが、嘗て我が社にはインド人が本部長だった事業部があった。彼らは優秀であると我が友YM氏も評価していた。中国人とは接点がなかったので語れる材料はない。韓国系も同様だが、以前にも指摘したが「カリフォルニア州に遊びにでも行きたければ、英語よりもスペイン語と韓国語を勉強しておかれると良い」というのが実態なのだ。詳しくは承知していないが韓国系はアメリカ全土に600万人もいるとかだ。こういう階層が出来ているのだ。
以上長々と述べてきたことは、私が在籍していた26年前というかその更に22年も前から、アメリかではこのように人種間で綺麗に別れていたのだった。しかも、その人種別の塊から他の塊への移動は考えにくいし、今回は採り上げなかった知的水準というか教育水準で別けた場合には、他の階層への移転乃至は移籍は先ずあり得ないだろう。これも「分断」の範疇に入るだろうか。
その点では何度も採り上げた「職能別労働組合員が、別の階層である会社員に転出することは例外中の例外でしかあり得ないのだ。更に言えば、地方の工場で現地採用された者が本社機構に移転することも例外中の例外である。解りやすくズバリと言えば「階層が違う」のである。このような身分による分断というのか差別とするのか知らないが、アメリカの会社組織では生まれと氏素性が大きく左右するのだ。その辺りを承知していれば、21世紀の今になって「分断」などと言い出せないと思う。では「分断は不当だから改革を」と唱えろというのか。
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