このタイトルを見て思わず笑ってしまいました。私は「できないのではなくて、疲れているからやないのです。」とついつい思ってしまします。しかし自分ができない理由を「できないのではなくて、やらないだけだ。」という生徒の主張とまったく同じです。こういう私のような人間をおちょくっている言葉なのかなと思って笑ってしまったのです。
しかしこの「ことば」はそういう意図ではないようです。「折々のことば」では次のように書いています。
学校でもバイト先でもそこでのあたりまえになじめず、和歌山県の限界集落でニートたちの共同生活の場を営む石井さん。都会じゃない場所で、家族じゃない仕方で月々2万円弱で暮らす。そういえばNGOもNPOも、Nonがつく、国家や企業「じゃない組織」。「納得」を基準に生き方を選べば、少なくとも暗くならないでいられると。『「山奥ニート」やってます。』から。
どうやら「できるげど疲れる」からしないということを前向きにとらえているようです。そう思ってもらえるなら気が楽ですよね。がんばらくていいと言ってもらったようで心が軽くなるような気がします。
だとすると「できないのではなくて、やらないだけだ。」という生徒を認めてあげなければいけないのかなと思ってしまいます。
いやそれはだめだ。
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