早いもので、ヨメさんと結婚してから、30年以上が経つ。
私とヨメの根底に流れるテーマは、ヨメが私を信用していないところだろうか。
先日、ヨメから電話があった。
「自転車がパンクしたの」
「三鷹駅から1キロくらいのところなんだけど、近くに自転車屋さんあるか調べて」
ヨメから位置を聞いて、検索してみたら、三鷹駅の近くに自転車さんがあるということがわかった。
ヨメがいるところから1キロ以内のところだ。
だから、それをヨメに伝えた。
それに対して、ヨメは信じられないことを言ったのだ。
「ああ、私もさっき調べたけど、吉祥寺駅よりのところに自転車屋さんがあるの。ここから1キロくらいだから、そっちに行く」
あれ?
じゃあ、何で俺に聞いたの?
これは、20年以上前からのことだが、ヨメが私の話を聞かなくなったという楽しいテーマもある。
私が話しだすと、「ああ、床が汚れてるぅ!」とか「大変、天井にシミがある!」「やあだあ! 靴下に穴があいているじゃない! 履き替えないと」「あっ、エノキが歯にはさまっている。ツマヨウジー!」などと言って、私が話しはじめてから5秒以内に、私の話の腰を折るようになった。
それ以来、私は重要事項でさえ、ヨメに話すことを諦めた。
ただ、ヨメは、自分の話だけは、長く語るのである。
先日も、私が仕事部屋で仕事をしていたときのことだ。
私は仕事部屋では、いつも音楽DVDを流すことにしていた。
ハードオフで買ったジャンク品の16インチ液晶テレビに、ジャンク品のDVDプレーヤーを繋げて、音楽DVDを流しながら仕事をするのだ。
仕事中は映像を見ていないが、音楽だけ聞いていても仕事ははかどる(気がする)。
ディスクを変えるのが面倒なので、毎回リピートだ。
その日は、木村カエラさんのライブDVDだった。
聞きながら仕事をし、疲れたら脱力しながら、ライブ映像を見るのが習慣だ。
そのとき、ヨメが仕事部屋に入ってきた。
そして、週に4回午前中だけ働いている花屋での出来事を話しはじめたのだ。
ヨメは、話し始めると全部話さないと気が済まないタチだ。
これは、私がミステリーを読んでいても、テレビで映画を見ていても、まったくお構いなく繰り広げられる現象だ。
私が何をしていても、出来事のすべてを話さないと終わらない。
この日も起承転結のない話を延々と30分話し続けた。
そして、話し終わったあと、こう言い捨てるのもいつものことだ。
「ねえ、仕事しないの? ヒマなの?
ちゃんと働こうよ」
あれ?
さらに、今年の7月だったと思うが、借金取りが来た。
16年前に、ヨメが契約した息子の学力アップのための教材キットの契約書を携えて、クソ暑いのに、ダブルのスーツ、オールバックでキメた借金取りさんだった。
息子は、社会科はずば抜けて成績が良かったが、それ以外は普通だった。
私は、それで充分だと思っていた。
息子は、真面目だ。
そして、人に優しい。
それは、大人になってから大きな武器になると私は思っていたから、そのままでいいと思った。
しかし、ヨメの考えは違った。
「男は、高学歴が武器よ」
ということで、手数料込みで総額百万円近い教材を購入し、36回の割賦契約をしてしまったのである。
もちろん、私に相談なく。
(その教材キットの効果は、ほとんどなかった)
しかし、その会社が36回を支払う前に倒産してしまった結果、3回分だけ支払いが残った。
その債権が、いまゾンビのように蘇ったのだ。
払ってください、とオールバックの男が言ったが、私は「裁判所でお会いしましょう」と突っぱねた。
だが、その会話を聞いていたヨメは、男が帰ったあとで、「裁判はイヤ!」と駄々をこねた。
「裁判はイヤ、絶対にイヤ!」とリピートした。
でもね、法人の場合は、5年間債権を主張しないと時効が成立するんだよ。
俺はフリーランスだから、他からの請求書はすべてファイルして保存してある。
こいつらの請求書を俺は見たことがない。
だから、これは時効だ。
払う必要はない。
私は、そう主張した。
しかし、ヨメは「見落としたってこともあるでしょ!」と譲らない。
要するに、私の言うことを信じていない。
厄介な話になってきた。
だが、偏屈な性格で友だちの少ない私にも、奇跡的に弁護士の知り合いがいた。
大学の2年後輩の男だった。
その男に、忙しいのに悪いね、と前置きをして電話をした。
いまの出来事を3分以内に簡潔に説明した。
すると、弁護士先生様は、「ああ、それ数打ちゃ当たるの取り立て屋ですよ。取り立てできれば儲けものっていうやつですね。相手するのもバカバカしいから、放っておいてください」と答えた。
そして、「もし、最悪裁判になっても、俺が何とかしますから、ご安心を」と力強いことを言ってくれた。
安心させるために、ヨメにも同じことを説明してもらった。
電話を切ったあとで、ヨメが言った。
「ほうらね。言った通りだったじゃない」
ヨメは、スキップしながら仕事部屋を出ていった。
あれ?
あれ?
あれ?
そんな楽しい思いを重ねながら、日々やせ細っていく自分を、私は愛おしく思っている。
私とヨメの根底に流れるテーマは、ヨメが私を信用していないところだろうか。
先日、ヨメから電話があった。
「自転車がパンクしたの」
「三鷹駅から1キロくらいのところなんだけど、近くに自転車屋さんあるか調べて」
ヨメから位置を聞いて、検索してみたら、三鷹駅の近くに自転車さんがあるということがわかった。
ヨメがいるところから1キロ以内のところだ。
だから、それをヨメに伝えた。
それに対して、ヨメは信じられないことを言ったのだ。
「ああ、私もさっき調べたけど、吉祥寺駅よりのところに自転車屋さんがあるの。ここから1キロくらいだから、そっちに行く」
あれ?
じゃあ、何で俺に聞いたの?
これは、20年以上前からのことだが、ヨメが私の話を聞かなくなったという楽しいテーマもある。
私が話しだすと、「ああ、床が汚れてるぅ!」とか「大変、天井にシミがある!」「やあだあ! 靴下に穴があいているじゃない! 履き替えないと」「あっ、エノキが歯にはさまっている。ツマヨウジー!」などと言って、私が話しはじめてから5秒以内に、私の話の腰を折るようになった。
それ以来、私は重要事項でさえ、ヨメに話すことを諦めた。
ただ、ヨメは、自分の話だけは、長く語るのである。
先日も、私が仕事部屋で仕事をしていたときのことだ。
私は仕事部屋では、いつも音楽DVDを流すことにしていた。
ハードオフで買ったジャンク品の16インチ液晶テレビに、ジャンク品のDVDプレーヤーを繋げて、音楽DVDを流しながら仕事をするのだ。
仕事中は映像を見ていないが、音楽だけ聞いていても仕事ははかどる(気がする)。
ディスクを変えるのが面倒なので、毎回リピートだ。
その日は、木村カエラさんのライブDVDだった。
聞きながら仕事をし、疲れたら脱力しながら、ライブ映像を見るのが習慣だ。
そのとき、ヨメが仕事部屋に入ってきた。
そして、週に4回午前中だけ働いている花屋での出来事を話しはじめたのだ。
ヨメは、話し始めると全部話さないと気が済まないタチだ。
これは、私がミステリーを読んでいても、テレビで映画を見ていても、まったくお構いなく繰り広げられる現象だ。
私が何をしていても、出来事のすべてを話さないと終わらない。
この日も起承転結のない話を延々と30分話し続けた。
そして、話し終わったあと、こう言い捨てるのもいつものことだ。
「ねえ、仕事しないの? ヒマなの?
ちゃんと働こうよ」
あれ?
さらに、今年の7月だったと思うが、借金取りが来た。
16年前に、ヨメが契約した息子の学力アップのための教材キットの契約書を携えて、クソ暑いのに、ダブルのスーツ、オールバックでキメた借金取りさんだった。
息子は、社会科はずば抜けて成績が良かったが、それ以外は普通だった。
私は、それで充分だと思っていた。
息子は、真面目だ。
そして、人に優しい。
それは、大人になってから大きな武器になると私は思っていたから、そのままでいいと思った。
しかし、ヨメの考えは違った。
「男は、高学歴が武器よ」
ということで、手数料込みで総額百万円近い教材を購入し、36回の割賦契約をしてしまったのである。
もちろん、私に相談なく。
(その教材キットの効果は、ほとんどなかった)
しかし、その会社が36回を支払う前に倒産してしまった結果、3回分だけ支払いが残った。
その債権が、いまゾンビのように蘇ったのだ。
払ってください、とオールバックの男が言ったが、私は「裁判所でお会いしましょう」と突っぱねた。
だが、その会話を聞いていたヨメは、男が帰ったあとで、「裁判はイヤ!」と駄々をこねた。
「裁判はイヤ、絶対にイヤ!」とリピートした。
でもね、法人の場合は、5年間債権を主張しないと時効が成立するんだよ。
俺はフリーランスだから、他からの請求書はすべてファイルして保存してある。
こいつらの請求書を俺は見たことがない。
だから、これは時効だ。
払う必要はない。
私は、そう主張した。
しかし、ヨメは「見落としたってこともあるでしょ!」と譲らない。
要するに、私の言うことを信じていない。
厄介な話になってきた。
だが、偏屈な性格で友だちの少ない私にも、奇跡的に弁護士の知り合いがいた。
大学の2年後輩の男だった。
その男に、忙しいのに悪いね、と前置きをして電話をした。
いまの出来事を3分以内に簡潔に説明した。
すると、弁護士先生様は、「ああ、それ数打ちゃ当たるの取り立て屋ですよ。取り立てできれば儲けものっていうやつですね。相手するのもバカバカしいから、放っておいてください」と答えた。
そして、「もし、最悪裁判になっても、俺が何とかしますから、ご安心を」と力強いことを言ってくれた。
安心させるために、ヨメにも同じことを説明してもらった。
電話を切ったあとで、ヨメが言った。
「ほうらね。言った通りだったじゃない」
ヨメは、スキップしながら仕事部屋を出ていった。
あれ?
あれ?
あれ?
そんな楽しい思いを重ねながら、日々やせ細っていく自分を、私は愛おしく思っている。