武蔵野に住んでいたときお世話になったオンボロアパートのオーナーから電話があった。
「Mさん、ちょっと困ったことになってね、お知恵を貸してもらいたいんだけど」
このオーナーには、とてもお世話になった。
オンボロアパートをオーナーの都合で取り壊すことになったとき、次の引っ越し先を探していただき、引っ越し代、敷金、礼金、2か月分の家賃を融通していただいた。
なんの苦労もなく、東京国立に引っ越すことができたのはオーナー様のおかげだ。
恩人と言っていい。
だから、お役に立ちたい。
しかし、こんな非力なガイコツにできることはあるだろうか。
一応、話だけ聞いてみた。
オーナーが、30年前に、武蔵野にアパートを2棟建てたとき、新宿の不動産屋に管理を頼んだ。
そして、10年前に、三鷹にアパートを2棟建てたときも、その会社に管理を頼んだ。
しかし、この不動産屋が、ひどかったという。
管理をするといいながら、住民から苦情が来ても1か月はほったらかし。
廊下の電灯が切れてもそのまま。水漏れがしてもそのまま。トイレが壊れてもそのまま。
住民に対して、高圧的な態度を取ることもあった。
管理費分の働きをしていなかったようだ。
そこで、オーナーは、その不動産屋との契約を打ち切り、7年前に自前の管理会社を立ち上げた。
社員3人に専門的な教育を施し、自分の所有するアパートや美容院、月極駐車場、他の人が所有するビルの管理をするようになった。
武蔵野のオンボロアパートは、もうすでに壊されていて、年内に2棟の新しいアパートが建てられる予定だ。
しかし、それを聞きつけた新宿の不動産屋が、オーナーに接触を試みるという事態になった。
「素人さんが管理をするのは無理ですね。何かあったとき、取り返しがつかないことになりますよ」と営業の男に言われた。
「素人さんはプロに頼った方がいいんです」
オーナーの杉並区荻窪にある自宅兼事務所に2度顔を出して、さりげなく威圧したというのだ。
ヤクザさんか。
「今度は、上司を連れてきますよ」という捨て台詞を残していったのが、先週の月曜日のことだった。
そして、今週の火曜日、上司を連れてやってくるという連絡があったという。
「嫌なんだよね。なんか、危ない人と話をしている感じがして」と、オーナーが憂鬱な口調で言った。
「危ない人」というフレーズで、私の頭に、二人の男の顔が思い浮かんだ。
新宿で、いかがわしいコンサルタント会社を経営する大学時代の同期、バッファロー・オオクボと極道コピーライターのススキダだった。
オオクボは、大仁田厚氏に似た馬力のある風貌をしていた。
そして、ススキダは、どこから見ても極道だった。
それを本人もわかっていて、ファッションも極道寄りにしていた。
私は、早速二人に連絡を取って、オーナーの窮状を伝えた。
オオクボの第一声は「ちょろいな」だった。そして、ススキダは「ワクワクするぜ」だった。
二人との打ち合わせは、簡単に終わった。
火曜日。
何の役にも立たないヒョロヒョロのガイコツは、オーナーの事務所の衝立ての影で、床に胡座をかいて、一番搾りを飲みながらパソコンを開いていた。
事務所にWEBカメラを仕掛けていたのだ。
私が出ていっても相手に威圧感を与えることができない。だから、裏方に徹しようと思った。
不動産屋がやってきた。
二人とも小太りの小さい男だった。
いきなり、「どうですか、決心がつきましたか?」と来た。
挨拶もしないのかよ。
本当に、ヤクザさんみたいだ。
オーナーのコジマさんは、憮然とした顔で無言。
そこで、私はススキダたちに、LINEでゴーサインを出した。
二人が勢いよくオーナーの事務所の扉を開けた。
反応する不動産屋。
顔が険しくなった。
それに対して、悠然とした歩みで不動産屋に近づくオオクボ。
「新宿でコンサルタントをしているものです」と、二人に名刺を渡した。
えんじ色のダブルのスーツという「いかにも」の出で立ちで、見事に楽しんでいた。
「コンサルタントがなんで?」という当然の疑問を持つ不動産屋。
「私のお客様なんです」と言いながらオオクボは股を大きく広げて前屈みに座った。
次に、ススキダが自己紹介もせずに、いきなり二人の前に座って、「言った言わないは嫌だからよ。今回の話は、録音させてもらうからな」とボイスレコーダーをテーブルに置いた。
そして、二人を交互に睨んだ。
二人は雰囲気にのまれたのか、無言で頷いた。
すかさず、オオクボが口を開いた。
丁寧な口調だった。
「コジマさんは、私の大事な顧客です。コジマさんの不利益になることを阻止するのが私の役目です。そちらが無理な要求をすると、こちらのススキダさんともども、面倒なことを考えなければいけなくなります」
そして、ススキダ。
「俺は、歌舞伎町にビルを持っていてな、コジマさんとオオクボさんに世話になっているんだよ」
ススキダが歌舞伎町にビルを持っているのは本当だ。
亡くなったススキダの父親が所有していたものを継いだのである。
そして、突然立ち上がって、「新宿署の捜査二課って知ってるか」と言った。
立ち上がったまま、無言で二人を見下ろすススキダ。
「俺の言いたいことは、わかるよな」
(おまえ、本当に極道にしか見えないな。ハッタリに見えないもんな)
相手は無言だったが、勝負ありだった。
手も足も出ないダルマさん状態だ。
しかし、ここで終わってしまったら、オオクボ、ススキダ二人の手柄になる、と私はみみっちいことを考えた。
そこで、私は衝立てから姿を出し、ススキダに向かって竹刀を投げた。
これは、アドリブだった。
たまたま事務所に竹刀が2本あったから、使ってみただけだ。
私の意図をすぐに感じ取ったススキダと、机のこちらと向こうで、立ち合いをし始めた。
ススキダは、スポーツはほとんどダメな情けないやつだったが、剣道は3段の腕前だった。
竹刀の音が、バシバシと響いた。
そして、品のないことに、ススキダが「キエーッ」とか「チェストー」とか叫ぶから、室内は動物園のサル山のようなやかましさだった。
突然、もう一人男が現れて、竹刀を振り回すとは、誰も想像できないであろう。
打ち合ったのは、せいぜい一分ほどだった。
気の済んだ私は、竹刀を放り棄てて、また衝立ての向こうに消え、床に胡座をかき一番搾りに口をつけた。
竹刀を持ったままのススキダが、ほとんど放心状態の二人に、「騒がしくして悪かったな。でも、もう来るなよ」と睨んだ。
さらに、今まで紳士的な態度だったオオクボも態度を変えて、「来てもいいが、覚悟の上で来るんだな。ススキダさんを敵に回す度胸があるのなら、俺は歓迎する」と凄んだ。
不動産屋二人は、無言で立ち上がり、顔を蒼白にして逃げるように事務所を出ていった。
「大成功」と書いたプラカードを出したいくらいの大成功だった。
今回の件をプロデュースしたガイコツが、誇らしげに衝立ての影から姿を現して、オーナーに言った。
「これで、アイツらも二度と来ないと思いますよ、オオシマさん」
「コジマだよ!」
私のボケに、正常に反応してくれたオーナー。
さすがだ。
4人で机を叩いて笑った。
「でもねえ」とオーナーが言った。
「Mさん、あんた、本当に性格が悪いねえ」
え? 俺だけ?
ススキダは? オオクボは?
え? 俺だけ?
それはないですよ、ノジマさん。
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