リスタートのブログ

住宅関連の文章を載せていましたが、メーカーとの付き合いがなくなったのでオヤジのひとり言に内容を変えました。

父はいない

2017-10-15 06:51:00 | オヤジの日記

父親が死んでから、何年経つか覚えていない。

 

おそらく4、5年だと思う。

10月の終わりに死んだ気がする。

墓は建てた。

神奈川県川崎に、立派すぎるほどの墓を建てた。

2回しか行ったことがない。

納骨のときと、母が「行きたい」と言った昨年だ。

友人の尾崎と一緒に行った。

2回とも墓に手を合わせなかったし、拝みもしなかった。

私にとって、父は、そんな対象ではなかったからだ。

 

家に帰ってこない男。

稼ぎをまったく家に入れない男。

だから、病弱な母は、ずっとフルタイムで働いていた。

誰もが知っているような一流企業に勤めていたのに、外に独りで家を借り、「俺は小説家になる。小説家は、人の道を外れてもいいんだ」とうそぶいていた男。

定年退職したとき、稼ぎが少なくなって、やっと家に帰ってきたが、私は、もうそのとき、結婚して家を出ていた。

だから、接点がない。

母にとっても、年を取ってから帰ってこられても迷惑だったろう。

家での会話は、ほとんどなかったという。

馴染みの寿司屋で食い物を堪能し、近隣の温泉で豪遊することもあった。

 

70歳前に、父親は、脳梗塞で倒れた。

「長いリハビリが必要ですね。ご家族の協力が必要です」と医師に言われたが、母はそれを拒否した。

私も母の決断を支持した。

独りだけのリハビリ。

ある程度良くなってから、私は父のために、老人ホームを探して、入所させた。

自分のためにだけ金を使った男は、年金も自分のためだけに使った。

独りで貯め込んだ金と年金だけで、ご立派な老人ホームに入所することができた。

 

入所のときだけ、老人ホームに足を運んだ。

それ以来、母も私も父が死ぬまで老人ホームに足を運んだことはない。

入所から20年間、疎遠だった。

独りで自分勝手に生きてきた男だ。

死ぬときも独りが相応しい。

 

その男が死んだ。

最期を看取る、などということは考えなかった。

病院から「危篤です」という連絡が来ても駆けつけなかった。

死んでから行った。

葬儀には、呼びもしないのに、私の友人が6人も来てくれた。

こんな男のために・・・と思ったが、友人たちの優しさに触れて、自然と涙が出た。

大粒の涙だ。

あの男のための涙ではないが、娘と抱き合って涙に暮れた。

 

父親が残した金で、ご立派な墓を建てた。

自分のためだけに金を使う男の最期は、墓も自分の金で建てるべきだろう。

独りだけが眠る墓。

祥月命日や月命日には、代行業者に頼んで、墓参りをしてもらっている。

その金も、父親の貯め込んだ金から出ている。

 

4年ほど前のことだった。

父親のキャッシュカードが2枚出てきた。

「これ、どうする?」と母に聞いたら、「切り刻んでくださいな」と母は答えた。

切り刻んだ。

おそらく、貯金を分散させていたのだろうが、「ゆうちょ」の金だけで充分供養できると思ったので、その2枚に関しては、母も私も関心はなかった。

独りで勝手に貯め込んだ金を、母は「他人の金ですから」と興味を示さない。

だから、私も興味がない。

 

家族に関わらない男を反面教師にして、私は家族に濃厚に関わる人生を選んだ。

それを間違っていると思ったことはない。

 

興味のない男の命日が近づいている。

 

昨晩、大学4年の娘が私に聞いた。

「なあ、命日が近いんだよな」

誰の?

「じいちゃんの」

一度も抱っこしてもらったことのないじいちゃんだろ? 気になるのか?

「だって、血がつながってるだろ。血って、人間の根本だよな。ボクは、おまえと血がつながっていることを誇りに思ってるぞ」

 

娘は、私よりも大人だ。

 

今年は、娘と二人で、父の墓参りに行くことにした。

 

ゼッタイに、泣かないとは思うが・・・。

 


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