父親が死んでから、何年経つか覚えていない。
おそらく4、5年だと思う。
10月の終わりに死んだ気がする。
墓は建てた。
神奈川県川崎に、立派すぎるほどの墓を建てた。
2回しか行ったことがない。
納骨のときと、母が「行きたい」と言った昨年だ。
友人の尾崎と一緒に行った。
2回とも墓に手を合わせなかったし、拝みもしなかった。
私にとって、父は、そんな対象ではなかったからだ。
家に帰ってこない男。
稼ぎをまったく家に入れない男。
だから、病弱な母は、ずっとフルタイムで働いていた。
誰もが知っているような一流企業に勤めていたのに、外に独りで家を借り、「俺は小説家になる。小説家は、人の道を外れてもいいんだ」とうそぶいていた男。
定年退職したとき、稼ぎが少なくなって、やっと家に帰ってきたが、私は、もうそのとき、結婚して家を出ていた。
だから、接点がない。
母にとっても、年を取ってから帰ってこられても迷惑だったろう。
家での会話は、ほとんどなかったという。
馴染みの寿司屋で食い物を堪能し、近隣の温泉で豪遊することもあった。
70歳前に、父親は、脳梗塞で倒れた。
「長いリハビリが必要ですね。ご家族の協力が必要です」と医師に言われたが、母はそれを拒否した。
私も母の決断を支持した。
独りだけのリハビリ。
ある程度良くなってから、私は父のために、老人ホームを探して、入所させた。
自分のためにだけ金を使った男は、年金も自分のためだけに使った。
独りで貯め込んだ金と年金だけで、ご立派な老人ホームに入所することができた。
入所のときだけ、老人ホームに足を運んだ。
それ以来、母も私も父が死ぬまで老人ホームに足を運んだことはない。
入所から20年間、疎遠だった。
独りで自分勝手に生きてきた男だ。
死ぬときも独りが相応しい。
その男が死んだ。
最期を看取る、などということは考えなかった。
病院から「危篤です」という連絡が来ても駆けつけなかった。
死んでから行った。
葬儀には、呼びもしないのに、私の友人が6人も来てくれた。
こんな男のために・・・と思ったが、友人たちの優しさに触れて、自然と涙が出た。
大粒の涙だ。
あの男のための涙ではないが、娘と抱き合って涙に暮れた。
父親が残した金で、ご立派な墓を建てた。
自分のためだけに金を使う男の最期は、墓も自分の金で建てるべきだろう。
独りだけが眠る墓。
祥月命日や月命日には、代行業者に頼んで、墓参りをしてもらっている。
その金も、父親の貯め込んだ金から出ている。
4年ほど前のことだった。
父親のキャッシュカードが2枚出てきた。
「これ、どうする?」と母に聞いたら、「切り刻んでくださいな」と母は答えた。
切り刻んだ。
おそらく、貯金を分散させていたのだろうが、「ゆうちょ」の金だけで充分供養できると思ったので、その2枚に関しては、母も私も関心はなかった。
独りで勝手に貯め込んだ金を、母は「他人の金ですから」と興味を示さない。
だから、私も興味がない。
家族に関わらない男を反面教師にして、私は家族に濃厚に関わる人生を選んだ。
それを間違っていると思ったことはない。
興味のない男の命日が近づいている。
昨晩、大学4年の娘が私に聞いた。
「なあ、命日が近いんだよな」
誰の?
「じいちゃんの」
一度も抱っこしてもらったことのないじいちゃんだろ? 気になるのか?
「だって、血がつながってるだろ。血って、人間の根本だよな。ボクは、おまえと血がつながっていることを誇りに思ってるぞ」
娘は、私よりも大人だ。
今年は、娘と二人で、父の墓参りに行くことにした。
ゼッタイに、泣かないとは思うが・・・。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます