先週、しずおか地酒研究会の会員宛に、現在制作中の映像ドキュメンタリー『吟醸王国しずおか』の製作支援のお願いを送付しました。
映画づくりに挑戦するには、資金のメドがなければ何もできないし、誰も信用しないだろうと思い、昨年夏から、県酒造組合をはじめ、国や県の地域資源活用補助金制度や、県文化財団の文化事業補助金などをあたりましたが、公的補助金は「無駄な事業に税金は使わせない」という不文律のため、使い道に制限が多く、経済効果を算出しなければならず、相談窓口では、「これを作ったら酒の売り上げがどれだけ伸びるのか?」という質問ばかり。時間がかかっても、しっかりとしたドキュメンタリーを作り、「観る人が感動し、静岡の酒を呑みたくなる映像を作りたい」「静岡の酒造りを通して静岡の水や農業や伝統技術の価値を後世に伝えたい」という自分の志がくじかれるような経験を何度もしました。
最も可能性があった県文化財団の補助金は、年度末までに作品を完成させることが条件でした。酒造りのドキュメンタリー制作は最低でも2~3年かかるので、3年継続で補助をお願いしたいと言いましたが、どんなものであれ、単年度ごとに完成品を仕上げて公開しなければダメで、「映像が無理なら、シナリオや本など映画作りに関連したパブリシティを作ったらどうですか?」とのアドバイスをもらいました。
そこで、私は協力をお願いしていた『朝鮮通信使』の山本起也監督とカメラマンの成岡正之さんに、自分たちのこれまでのキャリアを語り、地酒映画への挑戦表明と、おおよそのプロットをまとめた本作りから始めましょうと呼びかけました。監督にはスケジュールが合わない、自分は映像作家だから本は書かないと拒否されましたが、成岡さんは、「自分は書くのが苦手だから口述筆記してくれるなら」と胸襟を開き、自身の生い立ちからカメラマンを目指し、会社を作って若い映像技術者を育てるまでの歩みをじっくり語り、地域の映像クリエーターが置かれた厳しい環境をなんとかしたい、という熱い思いを披瀝しました。
私はそれを3日間徹夜して3万字の原稿に書き上げ、成岡さんと奥様に見せたところ、「真弓さんの本気さがわかった。感動した」と手放しで喜んでくれました。「読みながら、いろいろ思い出したことや、これだけは言っておきたいということもあるから、自分と女房で少しずつ書き足してみるよ」とさえ言ってくれました。
成岡さんのキャリアについては、本が出版できたときにご紹介できれば、と思いますが、かいつまんで紹介すると、元プロドラマーで、音楽番組に出演していたことがきっかけでテレビ技術者に転身し、日本テレビ系の制作会社で腕を磨き、静岡第一テレビが開局したときに静岡へ異動になり、第一テレビの制作番組をほとんど手がけました。
あるとき、テレビコマーシャルでNY摩天楼の上空から地上に置かれた商品を真俯瞰から急降下でズームアップする映像に魅せられ、その技術を開発したカナダのメーカーを探し、使用ライセンスを持つイギリスの特撮制作会社フライングピクチャーに1年がかりで入社しました。この会社は007シリーズの特撮のために作られた会社で、カメラマンは全員パイロットのライセンスが必要なため、第一テレビを辞め、妻子を日本に残し、サンノゼの航空学校に入ってアルバイトで地元ケーブルテレビの仕事をしながら、1年かかって業務用航空ライセンスを取得したのです。
フライングピクチャー時代はシルベスター・スタローン主演の山岳アクション『クリフハンガー』の特撮チームに入って技術を学び、日本テレビが世界陸上の初中継のためにフライングピクチャーの空撮技術を導入することになって日本に戻り、フライングピクチャージャパンの社長となって、国立競技場の上空から、トラック上のカール・ルイスの疾走をズームでとらえる映像を撮りました。安田成美と中森明菜が共演したフジテレビの月9ドラマ『素顔のままで』のオープニングで空から海岸線に近寄るダイナミックな映像も、成岡さんのカメラです。
成岡さんは、その後、ダイビングのラインセンスも取得し、空中も水中も撮影できる稀有なカメラマンとして、多くのテレビ制作にかかわりました。根っからの職人で、撮りたい被写体や、どうやって撮ったのかわからない映像に出会うと、自分でトコトン確かめずにはいられないタイプ。東京で友人と独立開業したとき、その友人にだまされ、無一文になる憂き目も味わいましたが、平成9年に、第一テレビ時代の仲間の支援もあって、静岡で『オフィス・ゾラ静岡』として再出発。地方の映像プロダクションといえば、テレビ局の系列会社が多い中、ゾラはどんな特撮や急ぎの編集もこなせる独立系プロダクションとして重宝され、映像の仕事を志す若者たちが数多く集まってきています。
ただ、今は、コマーシャルの映像ひとつを作るのにも、制作会社のギャラは、1分1万円という厳しい時代。テレビ局や広告会社の下請をこなすだけでは若者たちが技術を磨けず、モチベーションも上がらず、優秀な人材が静岡を見限って東京へ出てしまうという状況が続いているそうです。いつまでも下請のままではいけない、自分たちが企画し、納品まで一貫して請負えるプロダクトを増やしていかなければ、という切実な思いが、そこにありました。
成岡さんのような、日本に初めての特撮技術を持ち込んだ超一流のカメラマンを1日拘束するだけで、本来ならば莫大なギャラを払わなければならないでしょう。しかし、成岡さんは、喜久酔の若い杜氏や蔵人の真摯な姿勢に感動し、磯自慢では神業とされる麹造りの映像を2度撮り直すなど、この撮影を心から楽しみ、自分の持つ技術をおしみなく投入してくれます。それは、私のため、というよりも、地方で映像の仕事に夢を持つ若者に、映像作りの真の醍醐味や価値を伝えたい、そしてゾラ自身が下請業者から脱却し、地域の映像制作の質を向上させたいという意志の表れのような気がします。
『吟醸王国しずおか』は、そんなカメラマンと、静岡の酒を20年来、愛し、取材し続けるライターが作る、クリエーター発のドキュメンタリー作品です。酒蔵のコマーシャルビデオでもなければ、テレビのグルメ情報番組でもなく、ましてや素人の投稿ビデオ作品とはレベルが違うことだけはご理解ください。
しずおか地酒研究会会員の何人かが、自身のブログ等でこのプロジェクトのことを紹介してくれて、未知の読者もずいぶん増えました。ちょっとしか支援できないけど、と言いつつ、早々に資金カンパをしてくれた会員も何人かいました。カメラマンの山口嘉宏さんのように、実際に現場までかけつけてくれた人もいます。そうやって具体的なアクションを起こしてくれたみなさんに、この場を借りて心からお礼を申し上げます。
『朝鮮通信使』主演の林隆三さんの「好きな芝居で人を喜ばせ、感動させられるなんて、こんなに楽しいことはない」という明快な言葉と、昨日の、金先生の「良心に恥ることのない、純粋な思いで始めたことは、最後に必ずモノになる」という激励を、今は何よりの糧にがんばります。
*吟醸王国しずおか映像製作委員会 会員募集
吟醸王国と謳われる質の高い静岡の酒造りをハイビジョンカメラで映像化し、後世に伝えるプロジェクト。応援してくれる個人・団体を募集しています。会員には、作品完成後、会費に応じた枚数のDVDを進呈。また会費に応じて特典DVD、あるいはご本人出演のオリジナル特典DVDを制作・進呈します。
問合せ・申込みはプロフィール欄の鈴木真弓メールアドレスまでご一報ください。