今日は静岡市民文化会館中ホールで、『朝鮮通信使』の上映会がありました。静岡市製作の作品なのに、市民文化会館でやっとというか初めての上映会。しかも、山本起也監督の『ツヒノスミカ』がスペイン国際ドキュメンタリー賞最優秀監督賞を受賞し、その凱旋記念上映会に便乗した、まさに監督が実力でつかみとった?上映でした。
『ツヒノスミカ』は10時30分、13時30分、19時の3回上映。一方、『朝鮮通信使』は15時15分からの1回のみ。『ツヒノスミカ』は有料(500円)で、事前に2100枚ほど前売り券が売り出されました。私はおつきあいで60枚ほど買い、売った相手に、できるだけ『朝鮮通信使』も観てくれるようお願いしました。平日なので、10時台と13時台は余裕で座れるかなと思ってましたが、フタをあけてみたら、当日券売り場に大行列! 私は13時前に到着したのですが、結果、中ホールのマックス1100席に迫る約1000人が入場しました。前売り券を買い損なった人に「当日でも入れますよ」と案内しちゃった手前、もし入場不可になったらどうしよう…と内心冷や汗モノでした。
私が入り口付近で山本監督と立ち話をしていたら、関係者と思われたらしく、監督が会場内に消えた後、行列に並んでいたおばさまが間髪入れずに近寄ってきて「今の、監督さんでしょ。娘が高校の同級生だったの。よろしく伝えてね」と伝言を頼まれてしまいました。さすが地元上映会!
上映中は近い席のおばさま達が、ずーっとペチャペチャ、茶の間でテレビを見ているようなつもりでしゃべっています。最初は気になりましたが、スクリーンの中のおばあちゃんが、周囲にかまわずマイペースで引越し整理をするのに爆笑し、「あんなに重い荷物を平気で持ってるよ」「階段も軽々上り下りするねぇ」「息子さんはやさしくて辛抱強いねぇ」「あれ、安倍川の花火かねぇ?」といちいち反応するのが、だんだんおかしくなってきて、それがいつのまにか“効果音”にさえ思えてきました。
『ツヒノスミカ』は映画通が集う単館系ミニシアターでの上映が中心です。私が以前観た京都シネマも、映画を学ぶ学生や、メジャーじゃなくても良質の作品を探して選んで観に来るお客さんが集まっていて、上映中に私語を交わすなんてあり得ない雰囲気。今日はその意味で対極的な会場だったかもしれません。それでも観客をおおらかに包み込んでしまう力が、この作品にはありました。映画評論家のようにうまく説明できないのですが、たぶん、この作品が国境を越えても観客を選ばず高い評価を得たというのは、そんな力があってのこと、と感じました。
『朝鮮通信使』の上映時は若干席が空き、上映中、私語を交わす人はいませんでしたが、途中で退席する人、イビキをかく人がちらほら。前列のおばさま達は揃いも揃って首をコックリコックリ。横を見たら、隣に座る母も視線を落として動きません。・・・ったく!
今まで自分が足を使って実現させてきた上映会は、会議室の小さなプロジェクターでの上映ばかりで、画質も音質も最悪でしたが、どの会でも参加者は最後まで目を凝らして観てくれました。それに引きかえ、今日のお客さんは、恵まれた条件で観ているのにこの有様・・・。『ツヒノスミカ』のついでに観ている人が多いので、仕方ないのかもしれませんけど、エンドロールが流れ出したとたん、席を立つ人がゾロゾロ。こういう作品を好んで観る一般市民なんて少数派なんだ…と、まあ、なんともリアルな現実を見せ付けられた気がしました。
唯一の救いは、後ろに座っていたおばさま2人が、エンドロールが流れる最中、「NHKの“その時歴史が動いた”よりもよかったわね」「わかりやすかったわ」と感想を漏らしていたこと。エンドロールのクレジットを熱心に見ながら「あんなにたくさん撮影に行ったんだ」「脚本を書いた人は本当によく勉強したのねぇ」と、まるで私に直接、褒め言葉を掛けるかのように語り合っています。そしてエンドロール最後の山本監督のクレジット名まで見届けた人たちからは、温かい拍手が湧き起こりました。
ロビーに出たときは、「月曜日のアイセル歴史講座で観たときより、よっぽどきれいで見ごたえがあったよ!」と声をかけてくれる人もいました。
100人がそっぽをむいても、こういう言葉を返してくれる人が一人いる…だから映画を作る人はやめられないんだなぁと思いました。
とにもかくにも、1000人規模のホールで、自分の脚本作品が上映されるというのは、地道に努力している映画人たちからみたら、とんでもなく恵まれた話なのかもしれません。そのことを肝に銘じ、家に戻った私は、頭を切り替え、『吟醸王国しずおか』の撮影スケジュール調整とパイロット版台本の修正に取り掛かりました。
…過去の余韻に浸る時間はもうおしまいです。