震災から一週間が経ちましたが、テレビで被災地や避難場所の状況を見るにつけ、いのちが助かった方々が、これ以上生命の危険にさらされないよう、一刻も早く暮らしに希望が持てるよう、ただただ祈るばかりです。
今週は震災ニュースが気になりながらも、お茶の取材で県内外を走り回っていました。いつものペースで仕事や生活をしているつもりでも、やっぱり何か変わってしまった、と感じます。
まずお店から、トイレットペーパー、乾電池、カップ麺、ペットボトル水が消えてしまったこと。ふつうにトイレットペーパーが切れそうになったので近所のドラッグストアに行ったら、棚がガラ~ン。あわてて何軒か回ってもガラ~ン。
一昨日(17日)、取材で国道1号線を浜松方面に向かいながら、ドラッグストアや大型スーパーに片っ端から立ち寄って、トイレットペーパーをゲットできたのは袋井で、そこでも乾電池やペットボトル水はゼロでした。
ガラ~ンとした商品棚を見ると、人間の正直な心理として、「次にいつ買えるか分からない、見つけたらあるだけ買っておこう」という気になってしまいますね。『おひとり様一個限り』の貼り紙がなかったら、たぶん自分も買占めに走っていたと思います。レジに並んだお客さんが一人残らず同じトイレットペーパーを手に提げていた姿にホッとした自分が、ちょっぴり浅ましく感じました・・・。
昨日(18日)は、横浜の元町のお茶カフェ『茶倉SAKURA』の取材。東海道新幹線は通常通りの運行で、元町のある横浜市中区は都市機能が集積した中心市街地ということで計画停電から除外されていたため、静岡から出掛けるのに特段の支障はなかったのですが、余震等で鉄道の足が止まって横浜までたどり着けなかったり帰宅難民になる可能性もあると思い、停電リスクが電車より少ない高速バスを往復使いました。
取材バッグに取材資料のほか、地図、ウインドブレーカー、水筒、菓子パン、携帯充電器等などを詰め込んだら、小旅行並みの荷物になってしまいました。
…結果的には杞憂に終わり、東名高速もまったく渋滞なしで時間通りに移動でき、大荷物がかえって恥ずかしいぐらいでしたが、ビックリしたのは、横浜の街から人の気配が消えてしまっていたことでした。
春休み・連休前の金曜日だというのに、みなとみらい地区には人がまったく歩いていないし、レジャー施設もクローズしていて閑散としていました。
元町の商店街で店が開いていたのは6割ぐらい。営業中の店も照明を落とし、「18時閉店」の貼り紙。行きかう人はまばらで、茶倉のご主人に、つい「静岡の呉服町通りのほうが、まだ賑やかですよ・・・」と吐いてしまいました。
中華街も、通りで見かけるのは必死に客を勧誘する店員さんばかり。いつも台湾の凍頂烏龍茶を買っている『天仁茗茶』に寄ったら、ご主人が、客(私)が入ってきたのに逆に驚くほどで、「こんな状態がいつまで続くのか」と悲壮な顔をされていました。なんだか同情してしまって、いつも100g800円ぐらいのを買うところ、g1500円のをフンパツしてしまいました。
『景気』は“気分”の持ちようだと言いますが、今は本当にどこもかしこも「買い物や外食を楽しむ気分じゃない」のですね・・・。被災地の方々を思うと、同じ日本人として気分が萎える上に、現実問題、余震でいつ電車が止まるかわからない状況では、無用な外出は避けようというのが正直な気分です。
私のような地方在住者の感覚では、「なんやかんや言っても都会の人は、人が集まるところには集まるんだろう」と思ってました。ところがいざ横浜のこんな状態をこの目で見て、日本の景気はどうなってしまうんだろうと、本当に寒気がしてきました。
気分を好転させる方法なんてすぐには見つからないかもしれません。私にできたことは、いつもより高いお茶を買い、いつもより豪華なランチを食べたことぐらいかな。
イベントのような華やかな活動は自粛や延期がやむを得ないとしても、ふつうに外出できて嗜好品の買い物ができる人は、こんなときこそ、いつもより財布のひもを緩めてみる、というのも、回り回って東日本の復興の一助になるのでは・・・な~んて自己弁護してみました。