東京都の金町浄水場の水から、乳児の摂取基準値を超える放射性ヨウ素が検出されたという一報を聞いた時、不謹慎ですが自分には子どもがいなくてよかった・・・と思ってしまいました。もし乳飲み子を抱えていたら、静岡に住んでいても冷静ではいられなかったでしょう。
近所のスーパーでも、トイレットペーパーは入荷されていたけど、ペットボトル水の棚は見事にガラ~ン。仕事先でミネラルウォーターを製造販売している会社の人に会ったら、思わぬ“特需”に複雑な顔をされていました。
その後、放射性ヨウ素の数値が下がり、摂取制限は解除されたそうでひと安心ですが、改めて、水道水をふつうに飲めるありがたさを思わずにはいられません。
今からちょうど9年前の2003年3月16日から23日、京都で『第3回世界水フォーラム』が開催されました。私が広報のお手伝いをしている静岡一区選出の衆議院議員(当時)・上川陽子さんが「おいしい水推進議員連盟」の事務局長を務められていたことから、私も同フォーラムに参加し、世界の水問題について勉強する機会を得ました。
フォーラム初日がイラク戦争開戦日だったことから、会議では「水の利権が石油に代わる時代が来る」「水を巡って戦争が起きるかもしれない」なんてエキセントリックな話ばかりが印象に残ってしまったのですが、このフォーラムに参加する前、足元の水のことをちゃんと勉強しておこうと、おいしい水推進議員連盟の国会議員の方々と一緒に国交省江戸川工事事務所を訪問し、江戸川流域の流水保全水路や金町浄水場を視察したのです。今、振り返っても、フォーラムの話よりも、金町浄水場で飲んだ水道水の美味しさのほうが懐かしく思い出されます。
当時いただいた資料を久しぶりに引っ張り出してみました。
まず江戸川の歴史。江戸川は徳川幕府開府以前は太日川と呼ばれ、渡良瀬川の水が流れていたんですね。江戸時代になり、幕府が江戸の水害対策・新田開発・舟運路確保のため、東京湾に流れていた利根川を銚子へ流路変更させる利根川東遷事業を行いました。関宿から金杉(現・野田市)の間に新しい水路を掘って金杉で太日川につなげたんですね。このときから利根川の水が入ってくるようになり、江戸につながる川として『江戸川』と呼ばれるようになりました。
江戸川は文字通り、肥大化する大消費地・江戸を支える大動脈となります。東北や北関東から米穀、魚介類、木綿、醤油、みりん等の生活物資を運ぶ舟運路として活用され、江戸川流域は物資の集積地として大いに栄えました。
明治に入ると川蒸気船が登場し、明治23年には利根川と江戸川を短絡する利根運河も開通。航路は大幅に短縮され、年平均約2万隻もの船が通行したそうですが、やがて物流は鉄道やトラック輸送へと代わり、舟運は衰退していきました。
現在、江戸川は五霞町と関宿町で利根川から分かれ、茨城県、埼玉県、千葉県、東京との境を南下して東京湾に注ぐ延長約55㎞、流域面積約200平方㎞の一級河川。首都圏760万人の水道用水・工業用水・農業用水を送りだしています。
55㎞の流路上では、たとえば野田には醤油醸造の歴史があり、流山には小林一茶や新選組近藤勇ゆかりの史跡、松戸には小説「野菊の墓」文学碑があり、葛飾には矢切りの渡しや柴又帝釈天が。もともと江戸時代に人工的に開削された川なので、河川敷や堤防が整備され、市民憩いの場として親しまれています。・・・歴史好きとしては一度はじっくり歩いてみたいですね。
肝心の水質ですが、安全でおいしい水を確保するため、江戸川と支川の汚濁水を分離して流す「流水保全水路」というのが作られています。とくに支流の坂川は、高度成長期からの人口急増と都市化によって水質悪化が酷かったことから、平成9年から『江戸川・坂川清流ルネッサンス21』というプロジェクトが始まり、その一環で坂川の汚濁水を古ヶ崎に設けた浄化施設を通すバイパス=流水保全水路が作られました。
この水路、今では市民公募で「ふれあい松戸川」と名付けられ、多くの動植物も生息するようになった市民憩いの小川になっています。ここは実際に歩かせてもらいました。
金町浄水場は、「柴又帝釈天」や「矢切りの渡し」の近くにあります。大正5年から操業しており、視察当時(03年)は日量160万立方メートル急速ろ過方式で浄水していました。首都圏では朝霞、東村山に注ぐ規模です。
今でもよく覚えているのは、オゾンや生物活性炭を使った高度な浄水装置。この処理によってカビ臭は100%、アンモニア性窒素(カルキ臭のもと)も100%、陰イオン界面活性剤(合成洗剤)を80%、トリハロメタン生成能を60%除去します。
浄水の手順は、まず川から取水された水を、沈砂池の中をゆっくり流して砂や土を沈め、水中の浮遊物質を沈みやすいフロックにするために凝固剤(ポリ塩化アルミニウム)を加え、高速凝集沈でん池を通してきれいな水に分離させます。
そこから、オゾン接触池(池の底に散気管を設置し、オゾン化空気を噴出させ、オゾンの酸化作用でカビ臭等を分離除去する)、厚さ2・5メートルもの生物活性炭吸着池(オゾン処理水を活性炭層の上から下へ流し、その間に水中の有機物、アンモニア性窒素等を処理する)を通り、塩素を加えて病原性細菌などを消毒します。急速ろ過池で最終的にフロックや鉄、マンガン等を取り除いて配水池に溜めて置きます。
こうして浄水された水をその場で飲んでみて、日本一美味しい水道水といわれる静岡の安倍川水源の水を飲んでいる私から見ても「ミネラルウォーターと遜色ないじゃん・・・」と思えたほど。金町浄水場で一般市民が2種類のミネラルウォーター(硬水タイプ/軟水タイプ)と一緒に目隠しで試飲したところ、美味しかったと答えたのはミネラルウォーター軟水(35.7%)、ミネラルウォーター硬水(31.6%)、水道水(30.9%)という結果だったそうです。
この視察以来、私は自宅用のミネラルウォーターは買わなくなり、食器洗い洗剤を使うのをやめ、アクリルたわしを常用するようになりました。防災備蓄品として2~3本ストックしておくぐらいで、平時は水道水で十分じゃないかと。
今回の放射線ヨウ素検出の問題は不可抗力だとしても、日本の水道水のしくみは信頼できると思っています。利根川や江戸川は、400年以上前から人々の暮らしに寄り添ってきた水源であり、幾多の困難を克服してきたのです。
せめて乳児のいない家庭では、市販のペットボトルを買いだめする前に、ふだん使っている水道水の浄水場がどこにあり、どういう水源か、また身近な川の自然や歴史や文化に目を向ける気持ちの余裕を持ちたいですね。