杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

アメリカ西部モーターハウス旅行7~インディアンホスピタル

2012-08-31 15:51:18 | 旅行記

 8月13日(月)の午後は、妹が勤務するフォート・ディファイアンス・インディアン・ホスピタルを見学しました。

Dsc00822

 

 妹の香織は、Advanced Practice Nurse (アドバンスド・プラクティス・ナース=大学院修士課程を卒業した高度専門看護師)で、麻酔専門の看護師として勤務しています。日本と違い、アメリカでは看護師も麻酔医の仕事が出来るんですね。

 

 

 彼女は政府系(国防省)の大学院で奨学金をもらって資格取得したので、卒業後10年間は国家公務員として赴任先が決められ、これまでアラスカ、オクラホマ、そしてここアリゾナと転勤して回りました。今年一杯で“ご奉公”が終わるので、来年には西海岸に引っ越して民間の病院(=給料は公務員の倍以上とか!)に勤めながら、大学院博士課程に通うそうです。

 

 

 

 Dsc00816

 彼女はもともと看護師だったわけではなく、沖縄に赴任していた米空軍兵士の夫ショーンとダイビングスクールで知り合って結婚し、夫の次の赴任先だったイギリスで、アメリカの州立大学の通信教育が受けられるということで、30歳を過ぎて一から看護学を勉強し、夫の次の赴任先アラスカで病院勤務をスタート。夜勤ICUなどのハードウォークをこなし、実績が認められ、病院の推薦で給料をもらいながらワシントンDCの国防省系列大学院に入学してAPCになったというわけです。夫はいつ戦地に赴くかもしれない身。海外で夫以外に頼れる身内や知人がおらず、自分の力で生きて行く術を身につけなければ、との覚悟を持っていた彼女には、保守的な医療の世界で有色人種が生き抜くための武器になる資格が必要だったのかもしれません。

 

 

Dsc00815_2
 ちなみにAPCは全米中のナースの1割弱という特異な存在らしく、日本でいえばかかりつけ医、麻酔医、小児科医と同等の能力を持っていて、基本的にナースですから医療行為は医師が帯同しなければ出来ませんが、医師不足の僻地では、APCが臨機応変に対応することもあるそうです。

 

 

 

 

 Imgp0597
・・・とにかく、なんとなく好きなモノ書きの仕事をのほほ~んと続けてきた私とは真逆の生き方をしている子です。私は彼女より3歳上、平野さんは10歳上ですが、旅行中、妹に掃除や料理や英会話をビシビシしごかれ、持病を持つ平野さんは「中途半端な時間に寝ない!」「ビールの呑み過ぎ!」等など妹に健康管理について厳しく指導されてました(苦笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Imgp0660
 さて、妹が勤めるフォート・ディファイアンス・インディアン・ホスピタルは、もともとフォート・ディファイアンスの中心地に1950年代に建てられた病院(右写真=現在は廃墟)で、2002年に移転新築されたとてもきれいな病院です。一般病棟40床、ICU3床、精神病棟40床という規模。正式名はホーツォイ・メディカル・センター(Tsehootsoi medical center)といいます。

Dsc00825
 ホーツォイとはナバホの言葉で「緑の草原」。アンテロープキャニオンやモニュメントバレーの一帯に比べると、確かに緑地帯が多く、どことなくホッとさせられます。フォート・ディファイアンス(反抗砦)という地名は、文字通り、19世紀の白人とインディアンの戦いの名残りなんですね。

 

 

 

Dsc00813
 妹の職場にはパキスタン、プエルトリコ出身の看護師もいます。パキスタン人の彼は、母国では医師だったそうですが、アメリカで医師を続けるにはアメリカの国家試験をパスしなければならず、とりあえずナースの資格を取って働いているそうです。私が持参した松井妙子先生の染色画の絵はがきを嬉しそうに受け取ってくれました。

 

 

 どちらかといえば田舎ののんびりとした病院で、数で多いのはヘルニアや胆嚢の手術とか。見掛けた限り、ナバホの人々はメタボな人が多く、成人病が多い・・・。妹に言わせれば「低所得者層ほどジャンクフードやファストフードばかり食べる。彼らにとってのごちそうは、加工された砂糖や脂の味。大手加工食品メーカーがそういう層をターゲットにしている」とのこと。食生活に気を遣う生活って、ゆとりがなければ無理だよなあと改めて実感しました。

 

 

 政府が2003年にまとめた報告書によると、居留地もしくはその周辺で暮らす先住民の総労働人口80万人余のうち、職に就いている人は40万余り。失業率は49%に達しているとのこと。ナバホ族だけみると37%が貧困線を下回る暮らしを強いられているようです。

 

 帰国してから読んだ鎌田遵氏の「ネイティブアメリカン」(岩波新書)に、こんな記述がありました。

 

 「移民は子孫の代でアメリカ社会に慣れ、貧困から脱出する可能性をもっているのにたいして、この国に一番長く移住する先住民は、長いあいだ貧困から脱却する術を持たず、貧困を再生産しつづけている。格差が大きすぎるため、たいがいのアメリカ人は、居留地の貧困を別世界の問題と考えがちで、アメリカの中の“第3世界”と形容されることがある。連邦政府や州政府は、居留地の貧困について真剣な議論を怠ってきた」

 

 「先住民社会を多く暗い影の要因の一つに、全米一といわれる高い疾病率がある。とくに深刻なのは糖尿病である。(中略)45歳以上の先住民の80%が糖尿病と認定されており、6歳の子供の45%が将来的に糖尿病を患う可能性が指摘される居留地もある」

 

 「連邦政府は1890年代後半に狩猟採集を一定地域で禁止し、生活の糧をなくした大平原部の狩猟民族が餓死する事態を招いた。そのため連邦政府は飢えに苦しむ先住民にラードや小麦粉などの安価な物資を配給した。(中略)部族社会の名物であるフライ・ブレッド(揚げパン)は、先住民の伝統食の一つといわれている。しかし油で揚げたパンは先祖代々先住民に伝わるものではない。高カロリーのフライ・ブレッドと相性のいいコーラは、現代の先住民の間に広がる、糖尿病の主要な原因の一つと考えられている」

 

 「連邦政府は先住民を狩猟がつづけられない状況に追い詰めることで、文化的な伝統を奪い取った。そして、配給制度は先住民社会に連邦政府への依存体質を生みだし、自立を促すしくみを完全に喪失させ、貧困を再生産する構図を造り出した」。

 

 

 私が病院で見かけた多くのメタボな人々の背景には、こういうことがあるのか・・・と心が痛みます。

 

 

 先進医療はカバーできずとも、世界各国から医療従事者が集い、低所得者の人々に必要な治療を提供できる、きれいで整った病院。・・・そこにやってくるのは、貧困がもたらす生活習慣病という矛盾に満ちた患者たち。・・・思い返すと、日本の病院では想像できない光景でした。

 

 

 

 

 私たちがいるときに、ヘリで救急搬送されてきた人がいましたが、この病院は難しいオペに対応できないため、必要な場合はアリゾナ州フラッグスタッフにあるメディカルセンターに移します。ニューメキシコ州に住むナバホなら、ニューメキシコ州都アルバカーキーの総合病院に移すことができるそう。アリDsc00827ゾナとニューメキシコの州境にあるため、どっちの州のメディケイド(低所得者向け健康保険)を持っているかで分けられます。日本のように必要あらば他県の高度医療機関に、というわけにはいかないみたい。

 

 

 アメリカの医療や妹の仕事については、平野さんが熱心にヒアリングしていました。いずれ『たまらん』で紹介してくれると思いますので、お楽しみに。