歴史と伝統とアートに彩られたサンタフェは、全米有数の観光都市であると同時に、高所得者層が引退後に余生を過ごしたい街としても人気があります。ショップやレストランも、ニューヨーク並みにレベルの高いお店が多いそう。そんな中、妹夫婦に連れて行ってもらったのが、『Ten thousand waves』という温泉旅館と、『Shohko Cafe』という老舗の日本料理店です。
『Ten thousand waves』は『萬波』という日本語の看板の、見た目も中身も日本の温泉旅館そのもの。サンタフェ郊外の高級住宅街の一角にありました。16日の朝一番で行ったのですが、銭湯替わりに?通ってくる地元のお金持ちたちで賑わっていました。
内部は男湯、女湯、家族風呂、サウナ、マッサージ、エステ等など、日本のちょっと高級な日帰り入浴施設とまったく同じ。創業者が日本人だったようです。
女湯で一緒になったカナダ人マダムは、神戸に住んでいたことがあったようで、思わぬ“裸談議”で盛り上がりました。
『Shohko Cafe』は、1975年に開業した老舗の日本料理店です。
オーナーは日本人のフクダ・ヒロユキさん&ショウコさん夫妻。私たちはランチタイムに行ったのですが、ショウコさんがカウンターに立って、若いアメリカ人料理人と一緒に鮨を
握っていました。
妹たちは顔なじみだったので、おまかせで刺身や寿司や天ぷらの盛り合わせを出してもらいました。黒海産の本マグロはじめ世界中の厳選漁場から取り寄せたネタは、日本でいただくものと何ら遜色なく、感激しました。この旅行では食事は自炊かハンバーガーorタコスばかりだったので、醤油やわさびの風味がよけいに五臓六腑に染みわたりました。
店内に入って目ざとく見つけたのが、日本酒の瓶棚。メニューを見ると、若竹鬼ころし&花の舞が! サンタフェにまで来ていつも呑み慣れている地酒を頼むのも芸がないと思われるでしょうけど、私も平野さんもごく自然にこの2種をオーダーしました。
若竹は大吟醸、花の舞は純米酒を頼みましたが、酒の管理もちゃんと行き届いていたんですね、いつものとおりの静岡酵母の香味がしっかり確かめられました。
ショウコさんから、娘婿のジェフが自分で日本酒を造っていると聞き、ビックリ。ジェフさんと夕方待ち合わせ、店の裏にある“酒蔵”を見せてもらうことになりました。
ジェフはSAKEマイスターの資格を取って、SAKEジャーナリストのジョン・ゴントナー氏からいろいろ情報をもらいながら独学で日本酒造りを学んだそうです。ジョンはよく知ってますと言ったらとても歓迎してくれました。
酒蔵といっても物置サイズの小さな倉庫に簡易キットを据えたもので、右の写真は蒸し釜です。原料米はアメリカ産、麹は日本から取り寄せ、酵母はアルバカーキーの地ビール酵母を使用とのこと。純米吟醸と熟成純米の2種を試飲させてもらいました。さすがにビール酵母独特のクセが強かったものの、小ロット&直売の良さなんでしょう、日本国内でもしばしば見掛ける、アルコールの角がツンツン立った味気のない酒や、温度管理が悪くて劣化したような酒に比べると格段に呑み応えのある味わいでした。
花の舞の300ml瓶に入っていたのがご愛嬌(笑)。店で出した日本酒の空瓶を再利用しているんですね。
「搾りがうまくいかない、どうしても色やにごりがとれないんだけど」と相談され、搾りのタイミング、活性炭の使い方、搾り袋の材質等など、持てる知識の範囲でアドバイスさせてもらいましたが、きれいな酒に仕上げるには、出来あいの素材&小ロットで造るのはプロでも難しいと思いました。
酒造りって、やっぱり静岡吟醸の取材で学んだ、精米~洗米の段階からすべての工程において完璧が求められる職人仕事なんだと実感します。
それでも、はるかニューメキシコ州サンタフェの地で日本酒造りを志し、限られた条件の中でも懸命に美味しい酒を造ろうと情熱をかたむける青年に出会えたことは、この旅行の中でも無形の財産になったと思います。完璧を要求される静岡吟醸とは別のレベルで、食文化における日本酒のダイバーシティというのか、地球規模の多様性や新たな可能性に、直に触れたような気がします。
「酒」は、単体商品だけでなく、酒の造り方や呑ませ方等、『ソフト』が求められる時代に、確実に来ているんですね。