杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

白隠展を観て

2013-01-11 10:10:01 | 白隠禅師

 正月早々、風邪をひき、1週間以上グジュグジュしています。うがいに手洗い、細心の注意を払っていてもどこかで菌を拾ってきちゃって、菌を追っ払う体力が昔のようにはすぐに戻らない。・・・まったくやっかいな季節です。

 

 

 

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 昨日は取材で上京し、ついでに観たかった渋谷Bunkamuraでの『白隠展』に足を延ばしました(公式サイトはこちら)。

 

 白隠禅師(1685~1768)の書画は、折につけて観ているのですが、白隠作品だけを100点以上もまとめて観たのは初めて。有名な半身達磨図や布袋さんをはじめ、観たこともあるものもないものも含め、白隠さんが若かりし頃から亡くなる直前まで、年齢に応じて変化する画風が一堂に会し、本当に見応えがありました。もっとも白隠さんが生涯で残した書画は1万点以上だそうですから、ほんの一部に過ぎないんですが・・・、とにかく、これらがプロの画家ではなく、禅僧が布教のために、まったく独学で描いたものだということに改めて圧倒されました。

 

 

 

 

 先日、NHKのEテレ『日曜美術館』で特集をやっていたとき、司会者2人が白隠さんの存在すら知らなかったと話していて、ちょっとビックリしましたが、よくよく考えてみると、白隠さんって本職の画家じゃないから美術史ではほとんど取り上げられないし、白隠さんが活躍した18世紀=江戸中期は世の中が大きく動いたって時代じゃないから歴史年表に顔を出すということもない。臨済宗の中では出世を拒否して生涯市井に生きた人だから、京都にゆかりの寺や立派なお墓があるわけでもない。私は幸いなことに静岡で生まれ育って多少なりとも佛教に興味があったから知っていただけで、一般には、よっぽど禅宗に興味がなければ誰?って存在なんですよね・・・。

 

 

 

 

 たぶん、この展覧会も仏画に興味のある通の人しか来ないのかなあと思っていたら、会場は大賑わい!若者や女性も多くて、平日なのにこの人気は何だ!?とビックリでした。そもそもBunkamura主催で白隠展をやるっていうのが面白いマッチングだし、テレビやアート誌の特集効果もあったかも。出展作品にはさすが白隠さんのお膝元・静岡県内の寺院所蔵のものが多く(私が今、バイトに通っているお寺さんからも出品されています!)、ちょっぴり誇らしげでした。

 

 

 

 

 今回の展覧会でとりわけ心に残ったのは、初期(30代)に描いた達磨像が、か細く、薄く、神経質な表情だったこと。40代で描いた達磨も、若干、線は太くなっているものの、どことなく懐疑的な眼をしていました。それが晩年の作品になると、私たちがよく目にする迫力満点の大らかでユーモラスな達磨になる。確か、ピカソも初期の作品はわりと大人しくて真面目な作風だったのが、年齢を重ねるに連れてだんだん弾けてきたけど、そんな感じかな。誰かがに書いていたけど、ピカソに白隠画を見せたかったなあ~としみじみ思いました。

 

 

 

 

 白隠さんが描く観音さまは、みな同じような、下ぶくれの中年女性のようなお顔。図録の解説では、実母をイメージしているのでは、とのことでした。布袋さん、お福さん、すたすた坊主にもモデルがいたのかなあ(自画像との説もあるが)と想像すると愉しいですね。

 私が好きな『動中工夫勝静中百千億倍』の書もありました(こちらの過去記事もぜひ)。意味もさることながら、掛け軸の縦長のレイアウトを効果的に使ったデザインセンスに、改めて唸ります。

 

 

 

 

 

 あらためて、白隠さんの素晴らしさとは、釈迦、達磨、菩薩など佛教世界のみならず、七福神や三国志の英雄や動物など庶民的なモチーフを使い、解る人には深い教えを、一般庶民には親しみやすさを与えてくれること。これはとても難しいことだと思います。

 

 

 自分もモノを伝えるライターの端くれなんで、「難しいことを、易しい表現で伝えること」がいかに難しいか日々痛感しています。その道の専門家を取材すると、専門用語でしか話してくれない人が多くて、取材時にいちいち確認し、自分の理解の範疇で、できるだけ平易な表現に“翻訳”するのですが、書いた原稿を専門家に見せると、やたら直され、専門用語をそのまま使う羽目になって、欄外の注釈がどんどん増える。・・・つい最近もそんな経験をしたばかりです。

 専門家といわれる人の多くは、自分の名前が出た原稿なり作品を、同じ専門家か自分より上の専門家がどう見るか、しか気にしないようです。専門的になればなるほど視野が狭くなってしまうのは仕方ないのかもしれませんが、そう考えると、白隠さんの時代に、〈権威〉から一線を画して、民衆教化に徹することができるって本当にすごいことです。

 

 

 

 残念ながら楽しみにしていた『朝鮮曲馬』(朝鮮通信使の馬上才=曲芸を描いた作品)が出展されていなかったので、作品入れ替えの後期に出来たらもう一度行ってみたいと思います。2月24日まで渋谷BunkamuraB1階ミュージアムで開催中(期間中無休)。詳しくはこちらを。