杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

『獺祭』の躍進と國酒から考える日本の未来

2013-05-31 20:10:15 | 地酒

 5月はブログをあまり更新できませんでしたが、過去記事に訪問してくださったみなさま、本当にありがとうございました。消耗される情報ではなくアーカイブになる記事を、と心がけてきた者として嬉しく思います。

 

 今月ギリギリになってしまいましたが、ここで溜まった酒の話題で締めたいと思います。

 

 5月16日(木)には名古屋で開かれた『東海4県21世紀國酒研究会~國酒から考える日本の未来』に参加しました。5月21日(火)・22日(水)は東広島市で開催された全国新酒鑑評会に、5月26日(日)にはホテルセンチュリー静岡で開かれた『ヴィノスやまざき創業100周年記念・2013地酒フェスティバル蔵会』に参加しました。

 

 

 『東海4県21世紀國酒研究会~國酒から考える日本の未来』は、こちらの記事でも紹介したENJOY JAPANESE KOKUSHUプロジェクトの仕掛け人・佐藤宣之さん(現・名古屋大学教授)が呼びかけた講演会。基調講演に『獺祭(だっさい)』の蔵元・櫻井博志さん、パネリストに知多の地酒『生道井(いくぢゐ)』の蔵元・原田晃宏さん、静岡経済研究所の大石人士さん、国税庁課税部酒税課長の源新英明さん、外務省大臣官房在外公館課長の植野篤志さん、名古屋大学の家森信善さん、名城大学の加藤雅士さん。

 

 仕掛け人の佐藤さんが金融庁から名古屋大学に出向中で、なおかつこのプロジェクトに愛知出身者が多いことから、東海4県を拠点とする学界からの参画をベースにし、なおかつ東海4県にこだわることなく酒造・酒販関係者をふくむステークホルダーの参画を呼びかけた会、だそうです。

 

 

 

 

Imgp1321
 『獺祭(だっさい)』の蔵元・櫻井博志さんは、今、日本で一番、マスコミや講演等に引っ張りだこの“勝ち組”酒造家の代表格ですね。

 

 蔵のある山口県岩国市周東町は人口300人の過疎地で、櫻井さんが社長職を継いだ1984年当時、製造石高は700石、売り上げは年9700万円、従業員は9人だったそうですが、現在は石高1.6万石、売り上げは40億円、社員は100人を超えたとか。30年前、蔵を訪ねる客は年間ゼロだったのが、今は5000人。昨年は海外からも50組のゲストを迎えたそうです。

 

 岩国市周東町って大学の友人の故郷で、岩国市に合併される前、玖珂郡周東町と表記されていた学生当時、遊びに行ったことがあるんですが、本当にのどかな田舎でした。先日、その友人と広島で久しぶりに呑んだのですが、『獺祭』の大メジャー化には地元民もビックリのようです。「今度、送っちゃるね」と言うので、「静岡市内にマークイズ静岡ってイオンみたいなショッピングモールができて、そこの酒屋が獺祭専門店になってるよ」と話したら、またまたビックリしてました。

 

 『獺祭』のこの急成長、櫻井社長の先見の明と一言で片付いてしまうのですが、最も重要なのは、地域酒造業の存在意義をしっかり自覚されていることだと思います。岩国市は山陽ベストコンビナート地帯にあり、戦後は企業誘致によって発展した地域。町の主役は工場で、飲食街の主役は大企業の工場長。地元の人々は彼らを御大臣のように扱い、従順に勤めれば生涯安定、という、悪く言えば奉公人根性のようなものが染み付いてしまったようです。工場の海外移転が進むと、こういう地域はあっという間に沈滞してしまい、近年では山口県内の半導体関連企業の倒産が大問題となっているそうです。

 

 そんな中、櫻井社長は、「酒蔵は、どんなに規模が小さくても地元に本社機能があり、研究開発もブランディングもマーケティングもここで出来る。日本酒のブランディングとはすなわち日本の文化を発信し、守り伝えること。地酒なら、地域の文化を担うこと。そういう使命を持つ企業は、長期的に見たら、地域にとって大きな存在意義を持つ」と考えます。

 

 

 國酒と言われる酒類は、日本に限らず、世界各国で自国内の消費量は落ち込んでいます。フランスでもワインの一人当たりの消費量は3分の1に落ちているようですが、ワインメーカーの売上高は変わりません。国内で売れない分は海外で儲けているからです。日本が恰好のターゲットですね。名だたるワインメーカーやシャンパンメーカーは、京都の店を戦略的にマーケティングしています。

 

 

 京都へよく通う私は、日本酒専門の店しか行かないのでピンとこないのですが、新感覚の和モダン店に限らず高級料亭でも、日本酒よりワインの品揃えを充実させる店が増えているようです。でも「京都の料亭を選んで来る海外のお客さんが、ワインを好き好んで飲むでしょうか。本来は和食に合う日本酒をしっかり置いてもらうべきなのに、放っておけば日本酒が入る余地はなくなります」と櫻井社長。

 

 ワインメーカーに倣って10年前から海外進出を始めた櫻井社長は、「日本で売れないからなんとか買ってくださいと頭を下げるような営業はしない。最高のものを持って行き、これが日本の文化だと堂々と胸を張る売り方をする」と腹をくくり、結局、仕込む酒全量をすべて山田錦原料の純米大吟醸規格にしてしまいました。

 

 

 私は以前、「獺祭は全量山田錦の純米大吟醸だ」と聞いた時、小さな蔵元が勝負に出たんだな、と思ったのですが、今回、製造石高1.6万石と知って聞いてビックリ。山田錦は兵庫県加東郡の特A地区の契約農家から年間4万俵購入。しかも発注したのは4.3万俵。国の減反政策のせいで需給バランスがおかしくなっているんだそうです。櫻井社長、ついこの前、安倍首相に「減反規制を何とかしてくれ、山田錦をもっと自由に作らせないと海外に売れない」と直談判されましたっけ。

 

 過去20年、二桁成長で来ており、ゆくゆくは5万石蔵を目指すとか。そうなると山田錦は20万俵必要になりますが、現在、日本全体で31万俵しかとれないそうです。山田錦は過去、全国で40万俵強、生産していた時代もあり、「栽培適地はまだまだある。新しい適地を開拓する必要もある。そうなると農業のしくみそのものを変える必要がある」と櫻井社長は明言します。

 

 

 「日本酒は最盛期には950万石売れていたが、現在は300万石にまで落ち込んだ。最盛期に二級酒を飲んでいたような消費層は、今、安いワインを飲んでいる。こういう消費者を取り戻そうとしても、並行複式発酵の日本酒は、ワインより一手間多い分、コストで勝てない。根本的に低価格アルコールとの競争には勝てない。そうなると、高付加価値品として売っていくしかない。

 ふだん低価格酒を飲む若者も、海外経験が増えていくと、國酒である日本酒のことを知っておかないとまずい、と解るようになる。彼らに日本酒の美味しさをアピールする仕掛けを、スピード感を持って展開していかなければならない」と締めくくりました。

 

 

 

 

 後半のパネルディスカッションでは、『生道井(いくぢゐ)』の蔵元・原田晃宏さんが、「海外に行くと、日本の酒造業が150年以上続く直系のファミリービジネスだということに、まず驚かれる。低価格酒と同じ土壌に乗るのは確かに厳しいため、海外展開を進め、同時に、地域の米や名城大学と共同開発したカーネーション酵母のような差別化できる技術で、オンリーワンの酒を造っていきたい」と語りました。

 

 

 Imgp1331

 静岡経済研究所の大石人士さんは、『静岡deはしご酒』のイベント紹介をし、「今後は世界遺産登録が決まった富士山を活かす方法を考えていきたい」とアピール。

 冒頭で、客席に並んで座っていた神田えり子さんと私をめざとく見つけて「今日は自分の酒の師匠の女性が2人来ているので話しにくい」と言い、隣の櫻井さんの笑いを誘っていましたが、櫻井さんはどうみても、「酒の師匠の女性」って「飲み屋のママさん」だと思っただろうなあ(苦笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 外務省大臣官房在外公館課長の植野篤志さんによると―

○日本酒の海外輸出額は昨年207億円と過去最高を記録した。

○安倍内閣でもクールジャパン推進会議で、和食・メディアコンテンツ・スイーツと並んで酒類も重点項目に挙げている。

○在外公館で母国から料理人を同伴してくるのは中国と日本だけで、海外では日本の大使に招かれたら日本食と日本酒が楽しめると期待されている。

○これまでワイン一辺倒だったが、ゲストのほうから日本酒はないのか、と聴かれるようになっている。

○一千年近い歴史を持つファミリービジネスであり、コメを原料とした日本の食文化の象徴でもあり、政治家や企業人には造り酒屋出身者が多い。SONYの盛田家も酒蔵である云々、外交官にとって日本酒は外交トークのネタに事欠かない。

 

 

 

 名城大学の加藤雅士さんは「麹菌は“國菌”に認定されている」とし、日本の醸造発酵技術についての再認識・再評価を呼びかけておられました。

 

 國酒という言葉に象徴されるようなグローバルな話題で、故郷の酒をチビチビ呑んでいる自分にとっては遠い世界のような気がしましたが、会場の名城大学駅前サテライトは入室しきれない人でギッシリ。NHKの取材も入っていて熱気にあふれていました。日本酒が、経営や外交の専門家の講演のテーマになっているって、なんだかワクワクしますよね。

 

 

 なお、5月22日の全国新酒鑑評会については、【日刊いーしず】の隔週連載コラム『杯は眠らない』第9回(こちら)で紹介しましたので、ぜひご笑覧くださいませ!