杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

富嶽三十六景と富嶽百景

2010-05-05 11:19:39 | アート・文化

 晴天続きで各行楽地も大いに賑わった今年のGW。昨日(4日)は家に籠って原稿を書くのに暑さと息苦しさを感じ、原稿のテーマのひとつ「富士山」にちなんだ展覧会を観に行くことにしました。遊びじゃない、お仕事で観るんだ!、今日は火曜日なんだ!と言い聞かせながらも、静岡の市街地にやってきたらド派手なサンバカーニバルをやっていて、休日モード全開の街の空気に目眩がしそうでした(苦笑)。

 

 

 駿府博物館で5月16日まで開催中の『富士山に憑かれた男・北斎の152景』。おなじみ富嶽三十六景と富嶽百景を比較展示した展覧会です。

 両者は別々のコレクターの所蔵品で、一度に公開されるのは今回が初めて。とくに三十六景のほうは錦絵版画としてベストな状態のものを全点そろえるのは相当の時間がかかったようで、今回は三十六景全46点に変わり摺り4点が加わり、完璧なコレクションとして一覧できる貴重な機会になりました。駿府博物館でよく企画出来たな(失礼!)と思ったら、釧路市立美術館、盛岡市民文化ホール、青森県立郷土館との共同企画だそうで、静岡展のあと、3か所を巡回展示予定です。

 

 ついでをいえば、最近の駿府博物館の企画展はとても充実していて、ここ数年で県内の博物館美術館では一番よく足を運んでいます。ご近所の葵タワーに新装オープンした静岡市美術館も、年末に『家康と慶喜展』を、来年2月に『棟方志功展』を予定しているようで、駅前で気軽に歴史やアートに触れる機会が増えます。老舗の駿博も企画に磨きがかかることでしょう!

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 1760年生まれの北斎は今年で生誕250年。亡くなったのが1849年というから、芸術家にしてはご長寿だったんですね。富嶽三十六景は天保2年(1831)頃に刊行され、浮世絵業界に名所絵(風景画)というジャンルを確立させた大ヒットシリーズとなりました。

 

 江戸中後期は富士講(集団で富士詣をする)がブームで、版元も、「富士山を描けばヒットする」と北斎に働きかけたわけです。狙いは見事的中。江戸市中をはじめ、相模、駿河、甲斐、信濃等の富士山ビュースポットを紹介したガイドマップとしての魅力はもちろん、今回改めて全点を総覧し、構図の素晴らしさとデッサン力にため息が出ました。

 

 富士山をモチーフにしたのは河村岷雪の『百富士』のほうが早く、北斎も岷雪の図様にヒントを得たとされますが、北斎のプロとしてのスキルがはるかに勝り、富嶽三十六景の大ヒットに結び付いたようです。テーマがいいだけじゃダメなんですね・・・(クリエーターの端くれとしては痛いところを突かれます)。

 

 

 

 私が惹かれたのは、三十六景の後に制作された全3巻の絵本シリーズ『富嶽百景』のほうです。同じ富士山をテーマにしながら、こちらのほうはご神体の木花開耶姫命のお姿からスタートし、富士の神話の世界や富士詣の風俗、旅人、漁師、大工など、庶民の暮らしぶりが見事に構図に組み込まれています。名所スポットを描けという制約がないからでしょうか、構図の奇抜さにはますます磨きがかかっています。

 

 

 たとえば「井戸浚の不二」は、井戸の水をくみ上げて掃除をする職人がモチーフで、桶を滑車で引き上げるために組んだ梯子や丸太や綱がちょうど三角形のかたちになって、その隙間に富士山を配置しています。

 「紺屋町の不二」は、晴れた日に長布を何本を垂直に干して、布の隙間から富士の陵線を配置。「盃中の不二」は、三保の松原と思われる松の木に寄りかかって酒を飲んでいる漁師がモチーフ。富士山は漁師が手にする盃の中にちょこっと映っているだけ。そこが粋ですねぇ。

 「跨ぎ不二」は、樽作りの職人が樽の縁に乗って槌を振り上げる瞬間、開いた股の間に富士山が見える。「網浦の不二」は画面いっぱいに四手網を引く漁師を配置し、網の裏から富士山が透けて見えるという構図・・・。

 文字で説明するのはシンドイので、ぜひ会期中にご覧いただきたいのですが、富嶽シリーズ前に制作した『北斎漫画』のクリエイティブな画風につながっていて、ご本人は三十六景よりもこっちのほうを愉しんで描いたんだろうなぁなんて思いました。

 

 

 『富嶽百景』が発行されたのは北斎75歳のとき。自身を“画狂老人卍”と号したそうです。ちょうどこのころ、広重の『東海道五拾三次之内』の刊行が始まりました。広重は間違いなく、北斎を超える名所絵を描こうと意気込んだことでしょう。

 ガイドマップとして大ヒットを狙ったもの、絵師本人の独創性を生かしたもの・・・当時の浮世絵の世界にも、現代に通じる出版事情みたいなものが垣間見えて、実に心憎い企画展でした。

 

 


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