学研スポーツムック STRIKER特別編集
『サッカー王国静岡』(1994年9月発行)
SPECIAL MEETING IN SHIZUOKA~Jリーガーを育てた指導者座談会
〈座談会メンバー *役職は1994年当時のものです〉
◇長谷川二三氏(藤枝東高校サッカー部監督・静岡県サッカー協会技術委員長・藤枝市出身)
◇井田勝道氏(静岡学園高校サッカー部監督・日本サッカー協会公認コーチ・静岡市出身)
◇前嶋孝志氏(高部小学校教諭・清水市サッカー協会技術委員長・焼津市出身)
◇古川一馬氏(静岡県サッカー協会理事・トレーニングセンター部長・清水市出身)
◇橋本忠弘氏(静岡県サッカー協会専務理事・藤枝市出身)
◇進行役/加藤真久氏(静岡県サッカー協会常務理事・沼津市出身)
(前回より)
(長谷川)静岡県出身選手は外国人に気後れしないんですよ。彼らは海外遠征やSBS国際ユース大会等で、外国チームとの経験を積んでいるから、国際大会にも場慣れし、自分の力を発揮できるという利点を持っている。
(前嶋)外国チームとの交流や対戦経験は、子どもにとって財産です。これはやっぱり静岡県ならではでしょうね。
(加藤)日本サッカー協会の事業報告の資料をまとめていた時、発見したんですが、海外派遣の申請は静岡県が18件で全国一。2位は東京都の13件です。人口の割合からすればすごい数字ですよね。派遣先は、かつては韓国が多かったが、今では南米、ヨーロッパ、オーストラリア、東南アジアと世界中に及んでいます。それだけ県内指導者の考え方が進んでいるということでしょう。長池先生などの指導を受けられた、現在40歳ぐらいの指導者層が大変充実していると思います。
(井田)長池先生の高い技術力に裏付けされた指導方法と、もう一つは堀田先生が清水に少年FCを作り、選抜方法を取り入れ、トレーニングセンターやコーチングスクールを始めた。それも、すべて全国に先駆けて始めたという点が大きいですね。
(長谷川)現在、静岡県内に指導者は800名いて、毎年100人ずつ誕生しています。他県では2年に1回ぐらいしかコーチングスクールをやらないという。川淵さんは今後5年間で3000人の指導者を育成すると言っています。静岡方式でやれば1年で4800人できるわけです。ただ、そうなるとコーチのレベルの問題が出てくる。日本協会で指導者レベルアップの対策を取ってくれればいいのですが、そうなると日本サッカー自体のレベルの問題ですからねえ(苦笑)。
(前嶋)現在、清水でコーチングスクールを受けにくる人のほとんどが、少年指導を目指す人なんです。たまに中学の先生や社会人チームで現役引退しそうな選手が来ますが、少年指導が多い。そうなると少年レベル、ユースレベルと分けて、専門的な講習会を設定してもいいと思う。
(長谷川)そうですね。準指導員は少年団で基本的なことを教える。その上のC・B級指導員は中学・高校レベル、A級はプロというように分けて、柔軟性を持ってやるべきでしょう。
(橋本)他県の足並みがそろうには、3~4年待たなければならないな。
(長谷川)準指導員は何人いてもいいと思います。1チームに何人もいて、選手がコーチを選べたり、場所と時間ごとにコーチを配置できるようになれば、チーム全体に柔軟性が出てくるんじゃないかな。指導の理念に確固たる一貫性があれば大丈夫だと思います。指導者個人のエゴで選手を潰すようなことがあってはいけませんから。
(前嶋)今、清水の少年団でそういう傾向が見られなくもない。もちろん指導そのものは熱心に考えてやってくれるのでしょうが、ちょっと気になっています。
(古川)女子の指導についても、女子専用のカリキュラムが必要です。今の男子対象の講習だけでは問題があるんじゃないでしょうか。
(加藤)そうですね。ところで古川先生、中学生の指導は教育の一環としてやりますから、大変な部分があると思いますが?
(古川)我々のプロジェクト委員会で一番問題になるのが、中学生の指導者不足です。中学チームは学校の先生でなければベンチに入れないんですよ。
今、どこの中学校にもサッカー部があり、生徒数が減ってもサッカー部員は減らないという。当然、先生が付かなければならないが、サッカー経験を持つ男の先生が少ない。17時以降、社会人コーチを頼んでも、その人は試合でベンチに入れない。これは選手にとってたまらなく心細いことです。
一人の指導者がいっぺんに指導できるのは、せいぜい18人です。ところがあまり経験のない先生が、70人も80人も見なければならず、顧問がいても職員会議だなんだと言ってグラウンドに来る時間が少ない。結局、1年生などは、一番ボール感覚が身に着く大切な時期であるにもかかわらず、ボール拾いやランニングで終わってしまうんです。6年前から静岡では1年生大会というのを始めた。最初、進学塾にスポンサーになってもらったものだから、体育協会からこっぴどく怒られまして(苦笑)、まあ、これが定着し、他県に比べれば問題解決に向かっているほうです。また3年生は夏の大会以降、引退という形で公式戦から退いてしまう。この時期はボールを扱うイメージや相手との接触感覚が一番身に着く頃なんですよ。なんとかしてやりたいと思うのですが…。
少年指導においてはトレーニングセンター(以下TC)の目的が、正しく認識されていないという問題もあります。TCはチーム強化やチーム指導に当てはまる選手を育てるのではなく、選手個人の能力を引き出し、これをきちんと指導するのが目的です。あくまでも個が対象なんです。ですから井田さんのような個性を磨いてくれる指導者がTCに来てくれればありがたいんですよ。
(前嶋)TCはどの地域でもやっているんですが、TCで選抜を組むというやり方は少年レベルだとわりとスッと入っていける。静岡県の場合は選抜チームをよく組むから、TC方式は浸透しやすかったのでしょう。
(加藤)TC活動は全国でも活発ですが、静岡は県内まんべんなく行われているのがいいですね。
(前嶋)4年、5年、6年生それぞれ学年別に県大会があるのも静岡の特徴です。いいか悪いかは別にして、ある程度の普及効果や、少年たちの意識向上に役だっていると思う。今まで県中部が主流だったのが、県西部でも組織だった考えが出始めている。地域ごとに少年のレベルアップを考え、中学でも外国の指導者を入れるといった方向に進んでいます。これは歓迎すべき傾向じゃないかな。
(長谷川)それらが定着したところで、その上のレベルを目指す時、どうするかですよね。ブラジルでは8歳ぐらいから目星を付けられ、どのクラブに行くかも決まるという。
(前嶋)静岡県の場合はジュビロ、エスパルスというトップチームがあるのだから、トップクラスの指導者がユースやジュニアユースのレベルに入ってきて、TCの流れの中で選手を育てるという形になればベストだと思う。
(長谷川)日本協会で指導者を個人登録し、少年クラスのチームにも派遣するという形が望ましい。
(古川)そういう柔軟な考えがもっと浸透してほしいですね。選手の登録問題も同様です。クラブチームでプロの技術を学び、希望の高校で選手権を目指したいという子がいくらでもいるのですから。
(加藤)教育的に問題があるとよく言われるが、生徒はその辺、割り切って考えていると思いますねえ。
(長谷川)TCにしても(選抜されることに対して)子どもたちはそんなに抵抗感を持っていません。サッカーは力が勝負の世界だと自覚している。問題はむしろ、我々大人たちが組織や資格に対して、いかに柔軟に対応できるかでしょう。
(古川)TCに所属しなければ上に引き上げてもらえないという状況も問題です。中学3年の夏で引退させられても、サッカーが好きで学校のグラウンドで黙々と練習を続ける子がいる。子どもにとって、いつでもどこでもサッカーができるという環境を作ってやるのが大切じゃないでしょうか。
中1や中3の生徒が思う存分サッカーができない、行きたいクラブや高校でプレーできない、指導者も選べない…静岡だけの問題じゃありませんが、子どもの立場から見ると、まだまだ整備し足りない部分がある。草の根的な運動になるかもしれませんが、誰かが声を出して始めなければ解決しないでしょう。
(つづく)