杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

ワークライフバランス

2008-03-21 10:42:51 | 吟醸王国しずおか

 フリーで長年仕事をしていると、不思議なもので、仕事がひと段落したり、ぽっかり休みが入ったりすると、とたんに風邪を引いたり具合が悪くなったりします。熱や腹痛でしんどいのは仕方ないけど、仕事先に迷惑をかけることなく、休めるのは、天から「休んでいいよ」のサインだと思って、ありがたく休ませてもらいました。

 

 根っからの貧乏性なのか、休みが取れると「このままずーっと休みが続いたらどうしよう…」という不安がもたげます。急病になったり、出産・育児で休みを取るライターさんのピンチヒッターを務め、そのまま自分のレギュラーにしちゃったという経験があるので、休みをゆっくり取るという気分に慣れない性分。「仕事と家庭のワークライフバランスを大事にしましょう」なんてコピーを書きながら、自分自身を振り返ると情けなくなります。自分はもしかしたら、誰かのワークライフバランスの犠牲になっているんじゃないかと被害妄想に陥ることも。でも、「休みが怖い」って感覚、フリーでお仕事している人にはわかってもらえますよね。

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 昨日は久々の外出。磯自慢酒造の皆造(かいぞう=原料米を蒸す甑を終う儀式)の宴席に、『吟醸王国しずおか』のカメラを入れさせてもらいました。

 社長や杜氏さんや蔵人さんが、一人ずつ、今期の造りを振り返って反省点などをスピーチします。若い蔵人が「自分のミスで大事な酒を台無しにする寸前だった。カバーしてくれる先輩や仲間の存在をどんなにありがたく思ったかわからない。自分にも後輩が出来て、いつまでも周囲に甘えていてはいけない」とけなげに語る姿に、寺岡社長が「よく言った」と褒め言葉をかけるなど、蔵内のチームワークのよさが伝わる温かい宴会でした。

 酒杯を進めながらホッとした表情の多田杜氏に声をかけたところ、開口一番「今年は今までで一番しんどかった」。磯自慢酒造の杜氏になって11年、いろいろな意味で、慣れや安定感が出てくる時期、現場に緊張感を持続させることの難しさを実感されたようです。

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 他の蔵人さんに聞くと、多田さんは、現場でこまかな指示や注意などはいっさい出さないタイプのようで、「機嫌が悪いとこっちに八つ当たりしてくるんだよ」と酛屋の菅原さんが言うと、「それで次は菅原さんが俺たちに八つ当たりしてくるじゃないですか~」と若い蔵人が突っ込みます。多田さんも菅原さんもバツが悪そうに笑いますが、「技術ってのは黙って盗んで覚えるもんだぞ」と若者たちに念押しします。その会話の端々に、縁あって一つ屋根の下で、酒造りの厳しさを共有する世代を超えた男たちの目に見えない絆の強さが感じられ、いいなぁと思いました。

 

 岩手からやってきた菅原さんと麹屋の今野さんは、今月一杯で岩手に帰り、多田さんは4月上旬に帰ります。故郷の北上では農業にいそしみ、10月に再び蔵へやってきます。

 地元雇用の若い蔵人は、春~夏には週休3日ぐらいのペースで蔵の雑務をこなし、秋に酒造りが始まると、再び休み無しの厳しい毎日が始まります。

 

 自分とは対照的なワークライフバランスを持つ酒蔵の職人さんたち。中でも多田さんは、50年近く、こういう働き方を続けてこられた職人さんですが、「慣れが怖い」と真摯に語る姿には胸を打たれました。働き方がどうあれ、与えられた仕事にどれだけ責任を持ち、全力投球できるかが大切なんだと教えらたような気がします。

 『吟醸王国しずおか』では、酒造りのドキュメントという以前に、人が働くことの意味や尊さを伝えられたら…と強く思いました。


松崎晴雄さんの地酒サロンご案内

2008-03-17 13:24:34 | しずおか地酒研究会

 先週、13日(木)に県沼津工業技術支援センターで静岡県清酒鑑評会の撮影をし、午後に『喜久酔』の県知事賞受賞を受けて小躍りし、ブログを書いて、ホッとひと息ついたとたん、急に熱が出て、そのままダウン。翌14日(金)は40度近い高熱で起きられず、お腹もゆるくなり、土日は完全にグロッキー状態でした。少しでもモノを口に入れると下痢が収まらないので、何かに当たったかも…と心配になり、今朝一番で最寄の消化器内科に駆け込んだところ、「風邪の腸炎でしょう」とアッサリ。「下痢は気にせず、どんどん食べなさい」といわれてしまいました。下痢は気にせずって言ったって、これじゃ外出できないよ~と泣きたくなりましたが、ただの風邪だとわかったら、急におすしが食べたくなったりして。さすがに酒はしばらく控えようかと思ったら、某蔵元から宅配便でホワイトデーの大吟醸が…。

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  しずおか地酒研究会では、毎年この時期に、鑑評会審査員の松崎晴雄さんに、鑑評会の裏話やその年の新酒の傾向をうかがうサロンを開催します。県知事賞受賞の蔵元もゲストに招いて、受賞酒もしくは同等の酒を試飲させてもらう会員お楽しみのサロン。ちょうど下痢腹を抱えて呻っている間、松崎さんから都合のよい日時の電話が入り、県知事賞受賞の喜久酔さんの都合を調整し、3月27日夜に開催することになりました。

 27日といったらあと2週間もない! 年度末でみんな忙しいだろうし、歓送迎会シーズンだし、早く会場を探して案内を出さないとまずい…。案内には来年度の年会費納入のお願いも書かなきゃならないし、一緒に『吟醸王国しずおか』の資金カンパのお願いを出すつもりだったので、それも作らねば…。ちょっと待て、週明け締め切りの仕事があったんだっけ。

  

 その後は、寝たり起きたりしながらの作業。すしが食べたいという潜在意識が働いたせいか、サロンの会場は静岡駅前の松乃鮨さんにお願いし、『吟醸王国しずおか』の資金カンパ依頼書を作り、会員110人宛てに送付し、週明け締め切りの仕事をちょこっとかじって、またダウン。

 大事な恒例サロンの案内や、『吟醸王国しずおか』資金カンパのお願いを、下痢腹抱えてドサクサ紛れに出さなければならなかったのは一生の不覚でした。

 

 今、思い返すと、20年前、初めて酒蔵取材に出かける前の晩、急に親知らずが痛くなり、歯痛でほとんどきき酒ができなかった私。大地震直前のナマズのように、何か、どでかい渦の中に踏み込む前に、身体の神経が何かを感じ取ったのかもしれません。その渦が、どうか禍ではありませんように!

 

 

*しずおか地酒サロン「松崎晴雄さんの静岡県清酒鑑評会2008打ち明けばなし」

3月27日(木)19時~21時、駅前松乃鮨(静岡市葵区 JR静岡駅前 松坂屋横)にて。会費5000円。

県知事賞受賞の青島酒造蔵元杜氏の青島孝さんも参加します。喜久酔を味わいながら、酒類ジャーナリストで日本酒輸出協会理事長でもある松崎さんの、今年の静岡の酒の傾向、全国の傾向、そして日本酒の国内外での市場動向について興味深いお話をうかがいます。

しずおか地酒研究会会員の参加を優先しますが、このブログをご覧になり、参加希望される方は大歓迎!鈴木真弓(プロフィール欄のメールアドレス)までご連絡ください。研究会入会も受け付けます。


静岡県清酒鑑評会『喜久酔』県知事賞!

2008-03-13 16:01:47 | しずおか地酒研究会

Dsc_0001  今日(13日)は、静岡県清酒鑑評会が10時から静岡県沼津工業技術支援センターで開催され、『吟醸王国しずおか』の撮影クルーとして参加させてもらいました。

 この鑑評会は、静岡県下の蔵元が、昨年9月から今年3月までに醸造した新酒を出品し、味や香り、総合的な出来栄えを競うもので、各蔵元にとっては厳しかった酒造りのゴール地点での、ひとつの集大成といえるもの。静岡県酒造組合が主催して毎年行います。

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  審査は10人の専門家によって厳格に行われ、最優秀には県知事賞が与えられます。昨年までは審査員は5人でしたが、一人あたりの持ち点の割合を下げ、さまざまな階層の専門家に審査してもらうことによって、多様化する市場ニーズに応える結果を出そうという組合の意向で、審査員の構成が変わったのです。内訳は、県沼津工業技術支援センター研究員2名、名古屋国税局鑑定官室長、東京農業大学醸造学科講師、酒類ジャーナリスト、県内蔵元2名、県内杜氏代表1名、県内卸売業者1名、県内小売業者1名です。

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  酒類ジャーナリストというのは、わがしずおか地酒研究会でも講師としてお世話になっている日本酒輸出協会会長の松崎晴雄さん(写真中央)。気になる蔵元2名とは、『小夜衣』の森本均さん(左)と、『杉錦』の杉井均乃介さん(右)。2人とも蔵元かつ杜氏として、実際に酒造りの陣頭指揮を取り、蔵元仲間からも、そのきき酒能力に信頼が寄せられている方です。杜氏代表は『花の舞』の土田一仁さん。県内では地元雇用の社員杜氏としていち早く実績を挙げた功労者でもあります。

 卸売業者は、しずおか地酒研究会の会員でもある『塚本商店』の塚本英一さん。小売業者は函南の『丸屋商店』の大川博之さん。このお2人がどういう経緯で審査員になられたのかはわかりませんが、同業者間から選ばれ、酒造組合が招いたわけですから、相当のきき酒能力をお持ちだと思います。

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  消費者代表はいないの?と思われるかもしれません。よく地酒まつり等のイベントのきき酒コンテストで優勝したり全国制覇をするツワモノがいますが、やはり、プロの審査は次元が違います。

 今回は、県内27社から、吟醸の部に51点、純米の部の52点出品されましたが(各部とも1社最大2点出品可能)、100点余の酒を、「静岡らしい、酢酸イソアミル系のすっきりスマートな香りや、味とのバランスのよさ」を重視しながら、公平に審査していき、2審、3審と絞り込んでいくわけです。これを、10時から14時ぐらいまで、休憩・食事なしでぶっ通しに行います。ふだんから、仕事できき酒をしている人でなければ、まず官能的にも体力的にも持たないでしょう。

 4月に開催される東海4県の清酒鑑評会では、4県分の審査ですから、単純にこの4倍以上の酒をきき酒し、5月の全国新酒鑑評会では、全国から集まる1000点余のきき酒をするのです。今日の審査員の方々は、名古屋や全国での審査経験のある、プロ中のプロ、というわけです。

  

  

  さて、午前中に、カメラマンの成岡正之さん、助手の鈴木慎太郎さんと3人で、新聞社やテレビ局に混じって取材をし、午後に戻って写真を整理していたところ、15時に、酒造組合副会長の橋本謹嗣さん(初亀社長)から、早くも結果がファックスで送られてきました。

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 なんと、この冬、酒造りを撮影し続けてきた『喜久酔』が、見事、吟醸の部で県知事賞!なんだかわが事のように嬉しくなりました。2位以下は、英君、千寿、磯自慢、花の舞の順でした。

 ちなみに、純米の部の県知事賞は『開運』。2位以下は喜久酔、磯自慢、千寿、花の舞の順。

 今冬、撮影をした喜久酔と磯自慢の好成績は、わが『吟醸王国しずおか』の船出としても申し分ない結果となりました。青島さんに早速、おめでとうコールをし、「社員や蔵人さんたちでお祝い慰労会をやるならぜひ撮影させてください」とお願いをしました。

 なお、静岡県清酒鑑評会の出品酒が誰でも無料試飲できる『蔵元自慢の酒きき酒会』が、3月25日(火)12時~14時、もくせい会館(静岡市葵区鷹匠)で開かれます。県知事賞の『喜久酔』『開運』も、もちろん試飲できますが、毎年、受賞酒はあっという間になくなってしまうので、是が非でも試飲したい方は、12時前に会場前でスタンバイしましょう。私も、撮影隊と一緒に入りますので、ぜひお声かけください。インタビューさせていただきますから!


通信使をめぐる瀬戸内の旅その2

2008-03-12 17:09:40 | 朝鮮通信使

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  瀬戸内沿岸のほぼ中央に位置する港町・福山市鞆町は、万葉集で大伴旅人が『吾妹子が見し鞆の浦のむろの木は常世にあれど見し人ぞなき』と詠んだように、古来、潮待ち・風待ちの港として栄えました。

 中世以降、内海の要衝地として政治・経済の舞台となり、全国の廻船が出入りする商家の町として発展し、幕末には坂本龍馬や三條実美ら七卿が足跡を残しています。往時の様子を伝える港の雁木や常夜燈、古い商家が軒を連ねる通りの数々は、映画のセットのように情緒豊かで、町内に仕事場を持つ宮崎駿監督の次回作は、まさにこの町がモチーフになっているそうです。

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  映像作品『朝鮮通信使』のロケでは、当初、通信使が「日東第一形勝(日本で一番美しい)」と絶賛した福禅寺客殿がお目当てでしたが、現地を何度も取材し、通信使と日本人のカルチャーギャップや人間的なふれあいを拾い集め、町内をロケハンするうちに、この町の魅力にすっかりハマってしまいました。

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  小さな町なのに、お寺や酒蔵がたくさんあり、町の名産品といえば保命酒という薬草酒。養命酒のようなクセのある味で、通信使の口にはよく合ったそうで、江戸時代は色絵の徳利に通信使が詠んだ漢詩を染付け、これがプレミア土産になったとか。今、酒のラベルに有名人の書や絵を使うのとおんなじ感覚ですね。

 

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  去年はほとんど観る時間のなかった寺院の数々も、今回はゆっくり訪ねることができました。中でも安国寺の阿弥陀三尊像(国重要文化財)は、『朝鮮通信使』の映像に残さなかったのが悔やまれるほど素晴らしい、鎌倉期の流麗な仏さまでした。

 

 

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   6年前からは、2~3月にかけて、『鞆・町並みひな祭』が開催されています。古い商家の多い鞆では、各家で伝統的なひな祭りを行う風習が残っています。由緒ある立派なお雛さまを、せっかくなら多くの人に見てもらおうと、鞆の浦歴史民俗資料館を中心に、商店や各施設をはじめ、一般住宅でも表通りに見えるように雛人形を飾るイベントに発展しました。雛人形Img_3361_2を呼び水に、鞆という町の魅力を、多くの人に実際に足を運んで触れてもらうというまちおこし運動にもなっています。今年は3月23日まで開催中です。

 去年、ちょうどこのお祭りの時期に鞆を3度訪ねたのですが、雛人形をゆっくり眺める余裕はなかったため、今回は時間の許す限り、あちこちの店や家を訪ねました。

 

 

 

Img_3370  『鞆の津の商家』では、福山市役所のスタッフが商家の旦那衆に扮して甘酒をふるまいます。

 国重要文化財になっている、元・保命酒の醸造元『太田家住宅』では、公家様式の貴重な有職雛。『朝鮮通信使』の取材でお世話になった郷土史家・池田一彦先生のお宅では、ミニチュアの台所セットにホンモノの料理を盛り付けて飾ります。

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 9日夜は、この先生のお宅で、ひな祭実行委員会の皆さんたちの懇親会に混ぜてもらい、熱燗片手に、皮剥きにテクニックが要る茹でシャコや、丸ごとボリボリかじれるサヨリの干物、舌平目の干物、奥様お手製のおいなりさんを腹一杯ご馳走になりました。

 懇親会では、港湾埋め立ての賛成派と反対派が入り乱れ、漁師町らしい威勢のよさと酒の勢いも手伝って、喧々諤々の議論合戦。聞けば、幼なじみや漁師仲間同士でも賛成反対に分かれていて、言いたいことは腹に溜めずにガンガン言い合っています。途中で鼻歌を唄いだす人や、私にさかんに「鞆の男と結婚してここへ住みつけ」と勧めるおじさんやらで、4~5時間があっという間でした。

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 翌10日は、通信使の漢詩の短冊を撮影させてもらった石井六郎さんのお宅へ、撮影のお礼と、昨年暮れにいただいた映画の感想文のお礼に。石井家も、かつて『高鞆』という日本酒を醸造していた酒造家。古くて由緒ある酒瓶がたくさんあり、映像の中でも、さりげなくディスプレイさせてもらいました。

 

  

 『朝鮮通信使』の中で、私と山本起也監督は、林隆三さんの最後の台詞として、家康公に向かって、「あなたが招いた朝鮮通信使がその後200年にもわたって、日本の民衆と平和な交流を続けたことを、あなたはご存知ないでしょう」と語りかける一文を書き加えました。

 朝鮮通信使をきっかけに出会った400年後の私たちが、こんなふうに杯を交わして町の未来を熱く語り合うなんてことも、家康公は、もちろん、ご存知ないでしょうね。

 

 *映像作品『朝鮮通信使』(監督・山本起也、主演・林隆三、脚本・鈴木真弓&山本起也)鑑賞とゆかりの地酒賞味/3月25日(火)18時30分から、静岡市産学交流センターB-nest 6階プレゼンテーションルームにて。酒代&おつまみ代2000円。

申込み・問合せは18日までに、シズオカ文化クラブ事務局 TEL 054-271-3111(財団法人満井就職支援財団内、担当・内田)まで。

 


通信使をめぐる瀬戸内の旅その1

2008-03-11 16:42:25 | 旅行記

 8日(土)午後から、NPO事業サポートセンター常務理事の田中尚輝さんを囲む『NPO塾inしずおか』に参加した後、そのまま、22時静岡駅発の夜行バスに乗って一路神戸へ。翌9日、新幹線に乗り換えて、岡山県立博物館で9日まで開催の『特別展・朝鮮通信使と岡山』を観に行きました。

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  ちょうど1年前、映像作品『朝鮮通信使』の制作で、各地へ撮影または写真フィルムを借りた史料の一部が展示されているとあって、思い出深い再会となりました。実際に撮影に行く時間がなく、フィルムを借りただけの大阪歴博の辛基秀コレクション、想定外の大きさに、撮影に苦労した佐賀県立名護屋城博物館の刷還諭告文など110点あまりの展示に、しばし時間を忘れて見入ってしまいました。

 

  

  初めて存在を知ったものもいくつかありました。名古屋市蓬左文庫蔵の「朝鮮人来朝道通り絵図」は、漢城(ソウル)から江戸までの通信使の行程を示した日本と朝鮮半島の地図。1年前はこの絵図の存在に気がつかず、山本起也監督から「江戸時代の古地図に行程をCGで書き加えたい」と指示され、古地図の図鑑を片っ端からめくって、監督のイメージに一番フィットした地図の写真フィルムを、千葉の国立歴史民俗博物館まで借りに行き、CGの調整に、完成披露上映会の直前まで徹夜でかかったのでした。名古屋のこの地図があれば、そんな苦労もせずに済んだ・・・と無性に悔しさがこみ上げてきました。

  

  監督がどうしても画が欲しいと言っていた新井白石の詩集「白石詩草」も、その存在を突き止めることが出来ず、漢詩研究の大家で知られる石川忠久先生(二松学舎大学長)に新井家子孫の蔵本の紙焼き写真を借りるなど八方手を尽くした挙句、映像上の判断で、静岡県立中央図書館にある活字の復刻本で妥協したのですが、この展覧会には下関市立長府博物館蔵の実物が展示されていました。これを観たときは、悔しさを通り越して涙が出てきました。

 

  もっとちゃんと調べればよかった。時間がないからとカンタンに妥協すべきではなかった。映像として何十年も残るものだもの、しっかり調査して、どこに出しても恥ずかしくない素材を監督に提供することが、なぜできなかったんだろう・・・。

 今となってはどうにもならないことですが、この、「どうにもならない悔しさ」だけは忘れないでおこうと思いました。

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  9日午後からは、福山市鞆の浦で、『朝鮮通信使寄港地シンポジウム~朝鮮通信使、これから』に参加しました。通信使が寄港した瀬戸内海の港町(下関、上関、下蒲刈、鞆の浦、牛窓、室津)の関係者が初めて一堂に介し、各町に残る通信使の遺産の現状と今後のまちづくりへの活かし方を考えるシンポジウム。夢はスバリ、瀬戸内海の世界遺産登録です。

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  昨年、撮影でお世話になった上関の安田和幸さん、下蒲刈の蔦村和雄さん、鞆の浦の戸田和吉さん、牛窓の若松挙史さんはじめ、顔なじみの皆さんにいっぺんに再会できるとあって、楽しみに参加しましたが、話が「世界遺産登録」というスケールに及ぶとは思ってもいなくて、「静岡から見てどうお考えですか?」と意見を求められ、しどろもどろ。

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  信仰の道・熊野古道、銀の道・石見銀山に続き、海の道カルチュアルルートとして朝鮮通信使が往来した瀬戸内海も、確かに未来に伝えたい遺産といえそうです。今後、どんな運動に発展していくのかわかりませんが、通信使研究の有志たちがこのような形で集まったのは今回が初めてらしいので、まずは人的交流から、でしょう。

 とりわけ、鞆の浦は、港湾埋め立ての工事に町が賛成反対で2分されています。この鞆がどうなるかが、瀬戸内海の世界遺産構想を大きく左右するようです。去年の撮影時は見かけなかった、世界遺産を目指す登り旗と工事反対署名コーナーが、港の常夜燈に設置されていました。

  

  静岡でも、先日、県全域で有志が朝鮮通信使研究会を立ち上げました。朝鮮通信使というのは、今の私たちの、地域、立場、階層を超えた縁結びになるんだなぁと実感しました。

  

  実は、前夜、静岡駅に向かうタクシーの中で、同席したNPO関係者から「朝鮮通信使の研究って、韓国朝鮮系の政治団体なんかと関わってるの?」と聞かれ、その言葉の響きにちょっとした違和感を覚えました。世間一般の認識って、まだこうなんでしょうか…。

 

  知れば知るほど奥が深く、いろんな地域の人とつながり、知らないことが悔しくなるようなテーマに出会うチャンスは、なかなかありません。ライターとしてこのチャンスにめぐり合えた幸運を、私は精一杯活かしていきたいし、自分が面白がって追いかけている姿に、一人でも新鮮な興味を持ってくれる人がいれば本望です。やっぱりキーになるのは『人』なんですね。

 

*映像作品『朝鮮通信使』(監督・山本起也、主演・林隆三、脚本・鈴木真弓&山本起也)鑑賞とゆかりの地酒賞味/3月25日(火)18時30分から、静岡市産学交流センターB-nest 6階プレゼンテーションルームにて。酒代&おつまみ代2000円。

申込み・問合せは18日までに、シズオカ文化クラブ事務局 TEL 054-271-3111(財団法人満井就職支援財団内、担当・内田)まで。