4月14日 サンデーモーニング
もしも一人の女性がいなかったら世界の歴史は変わっていたかもしれない。
(イギリス サッチャー元首相)
後戻りしたい人はすればいい
私は決して後戻りしません
“鉄の女”と呼ばれたイギリス初の女性首相マーガレット・サッチャー元首相が
8日(月)亡くなった。
大胆な規制緩和や国有企業民営化などを断行し
“英国病”と呼ばれた深刻な低迷からイギリスをよみがえらせる一方
イギリス領フォークランド諸島をめぐるアルゼンチンとの紛争では
ただちに軍を派遣するなど強い指導力を内外に印象づけた。
そしてもうひとつ忘れてはならないサッチャー氏の功績がある。
(アメリカ オバマ大統領)
「彼女は力と決意があれば冷戦に勝利し
自由の約束を拡大できることを知っていた。」
(ドイツ メルケル首相)
「彼女が冷戦終結に尽力した役割を忘れない。」
第二次大戦後
ソ連を中心とする共産主義国とアメリカを中心とする自由主義国との間で始まった冷戦。
(1959年 ソビエト連邦 フルシチョフ書記長)
共産主義は資本主義を埋葬するだろう
イデオロギーによって二分された世界は緊張に覆われ
ときに一触即発の危機に直面することも。
(1962年 アメリカ ケネディ大統領)
アメリカはキューバにおけるソ連の軍備増強を厳重に関し続ける
1979年 ソ連がアフガニスタンに軍事介入。
その2年後にはアメリカでタカ派のレーガン氏が大統領に就任したことで緊張は強まった。
こうした情勢に危惧を感じたサッチャー氏は
ソ連のゴルバチョフ書記長との対話をレーガン大統領に進言。
これをきっかけにゴルバチョフ・レーガン両氏による米ソ首脳会談が実現。
冷戦終結への流れが出来た。
(1987年 アメリカ レーガン大統領)
ミスターゴルバチョフ この門を開けなさい
ミスターゴルバチョフ この壁を壊しなさい
レーガン氏のこの呼びかけから2年後の1989年
冷戦の象徴となってきたベルリンの壁が崩壊。
さらに2年後の1991年 ソ連は解体し冷戦は終結したのである。
ゴルバチョフ氏はサッチャー氏の死去に際して次のようなコメントを出した。
(ゴルバチョフ元ソ連大統領)
「私たちの関係は時に複雑でいつも平穏とはいかなかったが
私たちはともに真剣で責任を感じていた。
最終的には相互理解に達することができ
ソ連と西側との間の雰囲気の変化につながり冷戦終結がもたらされた。」
戦後約40年にわたって続いた冷戦の終結。
しかしそれは平和で安定した世界の始まりとはならなかった。
軍事力のバランスの中で抑え込まれてきたものが
これによってさまざまな形で噴き出してきたのである。
東側諸国で頻発する民族紛争
イスラム原理主義の台頭
そして唯一の覇権国となったアメリカでも安泰ではないという現実。
冷戦後の世界はテロとの戦いという新たな緊張を抱えたのである。
冷戦下で抑止力とされてきた核兵器もいまや大きな脅威である。
北朝鮮、イランなど自国の存在を誇示するための手立てとして
刻保有を目指す国が増加。
核拡散の可能性が強まってきた。
さらに冷戦終結は国際政治だけでなく経済にも影響を及ばした。
(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 中谷巌理事長)
「世界の流れとして自由競争・市場開放という形になって動き出した。
中国でも小平氏の改革などの影響を受けて
日本経済は低賃金で働く13億人の中国人と競争しなければいけなくなった。」
「日本経済が強くなることは冷戦時代には米国にとって重要だった。
しかしソ連が崩壊して日本は強くなくても大丈夫だよという状況が生まれた。
90年代の構造改革路線で競争原理を持ち込まれて日本の組織は相当傷んだ。」
冷戦終結後の21世紀
それまで隠されてきた様々な問題が世界中で噴き出している。