3月29日 編集手帳
名探偵、明智小五郎の初登場は関東大震災の翌々年、
江戸川乱歩『D坂の殺人事件』である。
探偵業の成り立ちは古き東京の町並みが灰になったことと関係が あると、
評論家の川本三郎さんは言う。
〈東京が都市社会化し、
隣りに誰が住んでいるか分からないという匿名性が生まれてからだろう〉
(平凡社『ミステリと 東京』)。
住まいの防音効果が格段に上がった昨今、
隣人の匿名性は大正時代の比ではあるまい。
外見も物腰も「ごく普通」とあれば、
なおさらである。
名探偵の明察をもってしても犯罪に気づくのは容易でなかろう。
女子中学生を2年間もアパートの自室に監禁していた男(23)である。
思い出す五行歌がある。
〈「どごさ行(い)ぐの?」「銀行…」
「ふ~ ん、積むの? 下ろすの?」
下町の
大きなお世話の中で
暮らす〉。
いまや夢物語の世界とは承知しつつ、
虐待やいじめも含めて隣近所の異変に口出しする “大きなお世話”の世話役でありたいと念じている。
きのうの朝、
駅に向かう道でふと何度か立ち止まった。
すぐそばにどんな獣が潜んでいるか知れない都会の密林に、
人は生きている。