secret boots

ネタバレ必至で読み解く主観的映画批評の日々!

21g[21グラム]

2008-11-16 10:01:22 | 映画(な)
評価点:80点/2003年/アメリカ

監督:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ

21グラム、なんという「重さ」なのだろうか。

心臓の病気をわずらいポール(ショーン・ペン)はドナーと死を待っていた。
クリスティーナ(ナオミ・ワッツ)は夫と娘二人と共に、幸せに暮らしていた。
ジャック(ベニチオ・デル・トロ)は、出所しまともな生活を探すため、牧師の言葉を信じ、キリスト教に傾倒していた。
ある日、クリスティーナの夫と娘二人をジャックが車で殺してしまう。
クリスティーナは落胆しながらも、夫の心臓を提供することに合意する。
ジャックは、自責の念にかられながらもその場から逃げてしまう。
心臓移植を受けたポールは、回復後、提供者をどうしても知りたくなり、探偵に調査依頼し、クリスティーナへとたどり着く。
心臓移植され命を救われた男、一瞬に家族を失った女、罪の意識にさいなまれる男、三者はやがて、導かれるように邂逅する。。。

ミスティック・リバー」で高い評価を得たショーン・ペンの、2003年のもうひとつの話題作。
彼が演じるのは、難しい役ばかりが多いが、この作品も非常に複雑な役に挑戦している。
もう、上手い下手を考える必要もなく、安定した演技力を発揮している。
この作品では、主人公となる三人を演じる三人の役者ともに、最高の演技をみせてくれている。
あとで述べるように、時間を複雑に錯綜させ、短いカットの連続によって構成される本作において、
三人の演技力がなければこの映画は成り立たなかっただろう。

▼以下はネタバレあり▼

まず、時間を錯綜させるという手法について考えてみよう。
この映画は、先に書いたようなストーリーを時系列に展開する事はない。
三人のそれぞれの生活が、時間と空間を越えて入り組んで構成されている。
事件の前、事件の後、そして新たなる事件という大きく三つの「時間」と、三人それぞれの「空間」を、ランダムといえるほど複雑に並び替えられた状態で展開される。

この手法の意味や、効果を考える前に、大前提として確認する必要があるのは、ある一連の事件が制作者の手によって「並び換えられた」というのではない、ということである。
作家でも漫画家でも、映画監督(映画制作者)でも、ある事件が頭の中にまずあって、それを並び替えようという意識で物語を構成しない。
もちろん、人によっては事件 → 構成という順序で考える人もいるかもしれない。
しかし、表現内容と表現手法というものは不即不離であると考えるのが、その受け手としては大前提であろう。
(送り手の構想の具体的順序まで受け手が読み取るのは難しい。結局、受け手は完成されたものから理解するしかない。)
つまり、この手法でなければ、この事件(内容)は語れなかったのである。
よって、手法と内容との関連性を考えなければいけないし、その結束が主題(テーマ)を浮かび上がらせるのである。

そう考えると、この時間構成は、「表層」から「深層」へという構成である事がわかってくる。
時間が複雑に錯綜しているといっても、基本的には、交通事故が起こる前、交通事故により移植が行われた後、そして三人が邂逅するシークエンスへという大きな流れ自体は、時系列にそって展開されている。
しかし、その大きな流れから逸れる、〈入れ替え〉が観客に戸惑いを覚えさせるのである。

冒頭からの早い段階で、二つの事件があったことが示される。
一つは何らかの理由でポールが心臓移植を受けたこと。
その夫の心臓を提供したクリスティーナと肉体関係をもつようになったこと。
ジャックがその犯人らしいということ。
三人が出会ったとき、ポールが銃で「撃たれた」ということ。
などなど、物語の大筋が示されている。

しかし、だからといって物語全部が明らかになるわけでは勿論ない。
その大筋を示しておいて、今度は「返し縫い」のように戻って丁寧に描かれていく。
描かれていく順序がまったくのランダムに見えるが、やはり事件の収束へと進んでいくのは確かだ。
進んでいくうちに、表層的な大筋の物語が、それぞれの心理へと深層的なプロットが示されていくのである。

映画の手法としては、大筋をある程度早い段階で示してしまうことによって、事件全体の伏線を張ることになる。
その伏線の張り方は、あたかも「人生に伏線はないのだ」と言いたいかのようだ。
時間を錯綜させることよって、映画としての伏線を張ってはいる。
しかし、実際の事件というものは、殆んど伏線などという予兆はない。
突然、彼らは事件に巻き込まれ、そして邂逅していったのだ、というメッセージなのではないだろうか。
そう考えれば、あとに考えるテーマにも通じているのである。
人生の真理というものに、伏線などを必要とする「映画」として近づくための、一つの手法なのではないだろうか。
大きく素描しながら、細かくプロットへと描きなおしていく。
この一見無駄で、誤解を生みかねない手法も、「人生」という真理を描き出すための必要な手段だったのである。

さて、次に映画のテーマを考えていこう。
さらりと結論から言ってしまえば、月並みな言葉になってしまうが、「誰のために生きるか」「何のために生きるか」であろう。
さらに言うならば、「大切なものを失ってまで生きる理由は何か」「残された自分の21グラムを何のために費やすのか」である。

ポールは死ぬつもりだったのである。
移植されるまで、彼は死を待つほかない人間だった。
もっと言えば、彼は「死人」と同じだった。
だから、別居していた妻メアリーの、人工授精により子どもを授かろう、という要望に応えたのである。
移植前、彼にとっての21グラムは既になく、ただ無目的に漂っていたのである。
そのつらさを知っているので、移植後の入院を拒否したのである。
入院し、21グラムの重さの使い道を失ってしまうことを恐れたため、彼は入院を拒否したのである。
少なくとも、彼にとってクリスティーナの力になることが、21グラムの新たな使い道だったのである。

その妻メアリーの21グラムは、赤ん坊のためにある。
ポールとメアリーとの関係を丁寧に描いていたのは、メアリーにとっての21グラムを浮き彫りにするためである。
メアリーは赤ん坊を中絶して失ってしまった事に大きな罪の意識と、後悔の念を抱いていた。
だから、彼女は何としてでも子どもを授からずにはいられなかった。
彼女の喪失は、中絶した子どもであり、その後の21グラムは、その喪失を埋めるため、取り返すためだけにあった。
だから、メアリーは夫ではなく赤ん坊の方だけを見ていた。
そんな夫婦が、生活を取り戻せるはずはないのである。
必死に彼女が「子どもさえいれば夫婦生活を取り戻せるわ」とすがる姿は、彼女にとっての子どもという存在の大きさを物語っている。

ジャックは、出所したことを契機にキリスト教に傾倒する。
彼は、自分がしてきたことを取り返すために、必死になって信仰する。
それは若者を必死に説得しようとする姿に表れている。
しかし、くじで当った車によって事故を起こしてしまう。
一度は逃げてしまう彼だが、神を裏切ることは出来ない。
牧師には「神は裏切った」というが、実際のところ、信仰を捨て切れていない。
むしろ、贖罪するために21グラムを使おうと決心する。
しかし、その贖罪の方法が彼にはわからない。
弁護士によって釈放されるが、彼にとって刑務所のほうが楽だったのは言うまでもない。
21グラムの使い道が、彼には具体的にわからないのである。
だから、クリスティーナに対して抵抗しなかったのである。

クリスティーナにとっての「喪失」は、いうまでもなく交通事故である。
彼女は幸せの絶頂にあった。それが突然なくなってしまう。
彼女は「それでも続く人生」に対して、21グラムをもてあましてしまう。
ポールとのやりとりの中で、彼女は喪失と向き合い、そして「復讐」という21グラムを選ぶのである。
人は、「死んだ人は復讐なんて望まないぞ」というかもしれない。
しかし、彼女にとってはそんな一般的で常識的な言葉は、殆んど無意味である。

ポールは、その復讐を叶えるため、銃を用意する。
しかし、彼には撃てない。
なぜなら、彼は21グラムという重さを知っているからだ。
それまで死のふちにいた、そしてまた死のふちにいるポールにとって、生の重みはとてつもなく重い。
結末で、彼は銃を自分の止まりかけた心臓に向ける。
彼の21グラムは、その重さをジャックとクリスティーナに教えるために使われる。
殺しても、殺されても、21グラムは残されたものにとって、残酷なほどの重さをもって迫ってくることを教えたのである。
それは「死んだ人は復讐なんて望まないぞ」という言葉をはるかに凌ぐ説得力を持っている。

21グラムとは、生きるものにとっての重さである。
もっと言えば、残されたものにとっての重さである。
「それでも人生は続く」という重さなのである。
献血を望むクリスティーナは、妊娠の事実を知らされる。
彼女はまた、21グラムの使い道を見出すだろう。
人生、何が起こるかわからない。人生に伏線や予兆など存在しない。
大切なものを失ったとしても、それでも人生は続く。
言葉にしてしまうと、なんとありきたりな羅列だろうか。
しかし、この映画にはそうとしか言いようのない重すぎる21グラムが描かれている。

この作品で不満に思ったのは、ポールの仕事上の設定。
数学の教授であるのだが、もっと教授的な部分を出すべきだった。
そのほうが、「21グラム」という数字に意味を込められた気がする。

(2004/6/21執筆)

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