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ネタバレ必至で読み解く主観的映画批評の日々!

町田康「告白」

2019-04-24 18:58:52 | 読書のススメ
河内音頭でも有名な、河内十人斬りを題材にした小説。
朝日新聞の平成の30冊のなかに選ばれていることもあり、買ったままにしてあったのを探し出して手に取った。
大阪市内でサイン本として売られており、町田康のファン(あんまり読んでいないけど)なのでとりあえず買っておいたものだ。

城戸熊太郎は子どもの頃から甘やかされて育ち、妙な自信をもっていた。
しかし、周りとのやりとりの中で自分がそれほど能力が高いのではないのではないかと思うようになり、しかしそれがばれてしまうのがいやだったので虚勢を張るようになった。
あるとき角力をみんなでとっているとき、姑息な技で勝てることを知り、調子に乗っていた。
そこへ見知らぬ少年が、調子に乗ったことを言ったので、熊太郎と勝負をすることになった。
調子に乗った台詞を吐いた割には、その少年(森の子鬼と名乗っていた)は、あっさりと負け、しかもその腕が折れてしまった。
焦った熊太郎は弁解を重ねるが……。

映画化とはほど遠い「パンク侍」も映像化されたので、こちらも映像化して欲しいな、と読みながら思っていた。
大阪、というより河内出身の人なら絶対に読むべき本だと思う。
私は、河内に生まれたことを殆ど初めて「良かった」と心底思った。

出身者なら思うが、大阪でも特に河内にルーツのある人は、他の地域(他の関西の人)から「ちょっとmenfithさん言葉きつくないですか?」(ちょっとmenfithさん、ことば汚いですよ)と言われることが多々あるからだ。
それくらい、関西の中でも目立つ言葉遣いをしている。らしい。

逆にそうでない人、特に関西弁に触れたことがない人は、この作品の本当の意味での面白さに気づけないかもしれない。
でも、読んでみてほしい。

▼以下はネタバレあり▼

おもしろい。
この語りを読み進めていくと、自分がいかに漂白された言語で思考していたのかがよくわかる。
私の第一言語は、河内弁であることがよくわかる。
それを一度標準語という思考のパターンに変換して、私は物事を整理しようとしていたのだと痛感させられる。
だから、全く違う性格であるはずの熊太郎と、ぴったりと同化してしまう瞬間に気づかされる。

「告白」というタイトルがまた絶妙である。
この話は決して熊太郎の「告白」ではない。
語り手は非常に危うい立ち位置に立ちつつ、熊太郎その人に語らせることはしない。
熊太郎はあくまで視点人物であり、語り手ではない。
だが、時よりほとんど語り手であるかのように内部から語られ、それでいて「あかんではないか。」という語り手からの評釈が入る。
それによって、乗りつつしらけつつ、熊太郎との距離を縮めたり離したりしながら読むことができる。
明らかに間違っていることを笑いながら、それでもそこに至る経緯が必然でのっぴきならないことのように体験する。

この語りが絶妙なのは、熊太郎という人物がそれを要求する人物として描かれるからである。
酷く思弁的で自分の考えと行動、態度が矛盾することが多々あり、その悩みを誰にも相談したり打ち明けたりすることができない。
自分を客観的にみながら、それでも自分の理想や考え通りに行動することができない袋小路の中を常にさまよっている。
その様子を笑いながら、それでも共感できる思いが、恐らく誰にでもある。

それはまるで語りを標準語という形に乗せながら日々生きながら、いやなんか違うねんけど上手く言われへんからもうええか、と諦めと矛盾を抱えながら生きる私たちと重なるのだろう。
河内弁だけの問題ではない。
私たちは言葉と思考をぴたりと一致させながら生きているようで、理想と現実、感情と言語を一致させたように自分を納得させていると勘違いすることによってのみ、日常生活がアンビバレンツであることを捨象して生きることができる。
そんな示唆を与えてくる。
だからこそ、十人斬りという残酷で特殊な出来事を起こした熊太郎が私たちの中の普遍性を浮かび上がらせてくるのだろう。

熊太郎は阿呆だったと抽象化してしまえばいいのかもしれない。
けれども文庫で850ページもある彼の思弁は、やはりそれだけの生き方を描いている。
どこまでも抽象化して、上から目線で、あるいは外からの目線でえらそうなことは言える。
けれども、それは生きると言うことではない。
生きると言うことはその場、その時間において生きると言うことであって、その人の言語で生きると言うことだ。
すぐに大上段に、アカデミックに、達観した台詞を吐きたくなるが、それはその場を生きる人には通用しない。
そういう重さを私はこの本を読んで痛感した。

町田康の語りを、少なくともかなりの精度で頭の中で寄り添うことができた、それだけでも私は無上の喜びを感じている。
それくらいの作品だ。





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