重々しく鳴る鐘の音に続き、母へ呼びかけるジョンのせつない歌声で始まる曲、それが「Mother」です。
その歌声には、姿の見えない母親を子供が精一杯探しているような、寂しげな様子が感じられます。
この曲が収められているアルバムは『ジョンの魂』。
この頃のジョンの作品は、自らの怒りや苦悩がストレートにさらけ出されていて、それはまるでジョン自身の私小説のようでもあります。
ジョンが生まれて1年半後には、父は姿を消しました。ジョンは母ジュリアの姉妹、つまり伯母のミミに預けられます。
ジョンが5歳の時に父が再び現れましたが、その時にジョンは父を選ぶか母を選ぶかを迫られたようです。小さな子供にとっては荷の重すぎる選択だったでしょう。ジョンはおそらくはあまり意味の分からないまま父を選ぶのですが、母ジュリアがジョンを連れ戻しに来ます。その母もジョンと一緒には暮らすことはできず再びミミ伯母に預けるのです。そして父はまたも蒸発するのです。
しかしジョンは、母のところへは行き来していたようで、ジョンに音楽を勧めたのも母だということです。
母はジョンのすることを何でも大目に見ていました。放任主義と言えば聞こえはいいけれど、実際のところ彼女は完全に子育てを放棄し、ジョンをミミに押し付けていたのです。
その母は、ジョンが14歳の時に、ジョンの友人の目の前で交通事故のため亡くなりました。ミミのところへ泊まりに行っていたジョンを訪ねて行ったその友人が、車のブレーキ音に思わず振り返ると、ジョンの母が倒れていたそうです。
こうした少年時代を過ごしたことが、冷酷さと優しさの入り混じったジョンの複雑な内面が形作られた理由のひとつではないでしょうか。
彼はいつも不安や孤独を感じていたようです。おそらくそれが、理解してくれる人、愛情を注いでくれる人をいつもジョンが求めていた理由なのだと思います。
たぶん、ジョンは、ヨーコの中に「母」を求め、「母」をみつけようとしていたのではないでしょうか。
クラウス・ヴーアマンのベースとリンゴ・スターのドラムス、そしてジョン自身の弾くピアノだけをバックに歌われたこの曲、歌詞もアレンジも、ごくシンプルです。シンプルなだけに、揺れ動くジョンの想い、もろさを抱えたジョン自身の気持ちがじゅうぶんに表れているような気がします。
とくに、エンディングのリフレインで聴かれるジョンのシャウトは、ジョンの心からの悲痛な叫びのように聴こえるのです。
両親に対する愛憎が相半ばしたようなこの曲ですが、憎しみや怒りが強いということは、それだけ「もっと自分を愛して欲しい」という強い気持ちの裏返しだということが言えるのではないでしょうか。
ジョンはビートルズ時代に、母の名を冠した「ジュリア」という曲を歌っています。ジョンの心に根付いている母ジュリアのイメージをそのまま歌にしたような優しい作品です。
ジョン・レノン『ジョンの魂』
この曲の1番は母に、2番は父に歌いかけています。
3番では子供たちに、「僕のしたことを繰り返してはいけない。僕は満足に歩くこともできなかったのに走ろうとしたんだ」と歌いかけています。これは、ジョンが自分の子供たちに向けて歌っているというよりは、「子供である全ての人々」に対して向けたメッセージではないだろうか、と思うのです。
離婚する親たちが珍しくなくなったこの時代ですが、その両親の間にいる子供たちの辛さは、いつの時代でも変わりはないのです。
ORIGINAL CONFIDENCEが、10~40代の男女を対象に、「世代別・母の日に贈りたい曲」のランキングを発表しています。ジョンのこの曲は洋楽としてはただ1曲、40代の10位にランキングされています。
[歌 詞]
[大 意]
母さん 僕はあなたのものだったけれど あなたは僕のものじゃなかった
僕はあなたを求めていたのに あなたは僕を求めてはいなかった
だから僕はあなたにこう言う さよなら さよなら
父さん あなたは僕を捨てた 僕にはあなたが必要だったのに
あなたには僕なんか必要じゃなかったんだ
だから僕はあなたにこう言う さよなら さよなら
子供たちよ 僕のしたことを繰り返してはいけないよ
僕は歩くことも満足にできなかったのに 走ろうとしたんだ
だから僕はこう言う さよなら さよなら
母さん 行かないで
父さん 家に戻ってきて
◆マザー/Mother
■歌・演奏
ジョン・レノン/John Lennon
■シングル・リリース
1970年12月28日
■作詞・作曲
ジョン・レノン/John Lennon
■プロデュース
ジョン・レノン、オノ・ヨーコ、フィル・スペクター/John Lennon, Yoko Ono, Phil Spector
■収録アルバム
ジョンの魂/John Lennon/Plastic Ono Band
■録音メンバー
ジョン・レノン/John Lennon (vocal, piano)
クラウス・フォアマン/Klaus Voormann (bass)
リンゴ・スター/Ringo Starr (drums)
■チャート最高位
1971年週間チャート アメリカ(ビルボード)43位