山下洋輔は、ぼくの好きな文章家のひとりです。
ミュージシャンらしいユーモアと乾いた狂気のようなものが混然となった文章は、とても愉快で面白い。
山下氏の名はかなり以前から知っていました。でも彼の音楽がフリー・ジャズということで腰が引けてしまい、聴いてみるまでにはいたりませんでした。
ある日、書店で山下氏の本を見つけました。
ミュージシャンが書いた本だから音楽のことにも触れているだろうと思い、手に取ってパラパラめくってみたら、これが面白いのなんの。すぐ山下ワールドにハマってしまいました。
もちろんマジメな音楽論もありましたが、山下流ギャグ満載のエッセイのエネルギーに圧倒されてしまいました。
著作を読んで山下氏に親近感を覚えたことで、ようやく氏の音楽にも触れてみようと考えたぼくが最初に買ったのが「キアズマ」です。この一風変わったタイトル、細胞分裂に関係した生物学用語らしいです。
「キアズマ」には、1975年6月6日、ドイツのハイデルベルク・ジャズ・フェスティヴァルでの山下洋輔トリオのパフォーマンスが収録されています。
フリー・ジャズなんて今でも「分かる」とは言えませんが、この「キアズマ」を聴いた時、そのエネルギッシュな音にはただただ圧倒されました。
爆発的な山下氏のピアノ、坂田明氏のサックスの咆哮、轟き渡る森山威男氏のドラム、この三者が互いの音に触発し、反応し合い、時には情念のおもむくまま全力で疾走しています。そこから湧き上がるエネルギーの凄いこと。
フリー・フォームなジャズは、大別すると空間や音の隙間を生かすものと、音で空間を埋め尽くすものに分かれると思うのですが、この山下トリオの演奏はもちろん後者。フリー・ジャズが分からなくても、その爆発的なエネルギーを感じることはできます。ちょっと乱暴な言い方ですが、ヘヴィ・メタルなどを聴く時のような高揚感と解放感に近いものがあるでしょうか。即興で演奏するからこそ生まれるパワフルな空気が次々と聴いているぼくに降りかかってきます。このノイズとメロディーの詰まった空間がとにかく気持ちいい。
また、分からないなりにも、山下トリオの演奏からは歌が聴こえてくるような気がするのです。だからこそ何度も繰り返して聴くことができるのかな、なんて思ったりしました。
チンプンカンプンだろうと思ったフリー・ジャズでしたが、山下トリオのこのアルバムに限って言えば、分からないなりにも面白く聴くことができたと思います。
曲も、それぞれに短いながらもテーマがあるので、全く分からない、ということもありませんでした。
聴衆の反応も凄いです。1曲終わるごとの拍手と歓声の大きなこと、やはりヨーロッパのジャズ・ファンは聴きどころをよく知っているのでしょうね。
しかしこのパワフルな演奏、まさに山下氏の文章そのままではないでしょうか。
◆キアズマ/CHIASMA
■演奏
山下洋輔トリオ
■プロデュース
ホルスト・ウェバー/Horst Weber
■録音
1975年6月6日 ハイデルベルク・ジャズ・フェスティヴァル(ドイツ)
■リリース
1976年
■収録曲
① ダブル・ヘリックス/Double Helix (山下洋輔)
② ニタ/Nita (山下洋輔)
③ キアズマ/Chiasma (山下洋輔)
④ ホース・トリップ/Horse Trip (森山威男、山下洋輔)
⑤ イントロ・ハチ/Intro Hachi (森山威男)
⑥ ハチ/Hachi (森山威男)
■録音メンバー
山下洋輔(piano)
坂田明(alto-sax)
森山威男(drums)
■レーベル
MPS Records