親はわが子を厳しく育てているのに、おじいちゃん・おばあちゃんは孫を甘やかす。
こういう不満を話される親御さんは結構います。
まして、その親御さんにとって祖父や祖母が義理の関係であるときには、「やめてください」とは強く言えないことが多いようで、ストレスがたまる原因になることもあります。
晩ごはんの前なのに、おじいちゃんは部屋に呼んで、孫にお菓子を食べさせる。
晩ごはんの前なのに、おじいちゃんは部屋に呼んで、孫にお菓子を食べさせる。
寝る前なのに、甘いものを食べさせる。子どもは「おいしい」と喜んでいる。
子どもが欲しがるものを親はガマンさせているのに、おばあちゃんが買い与え、子どもは喜んでいる。
あんなことをわが子がしていたら、お父さんがしかるのに、おじいちゃんは「いいよ、いいよ」と何でもOKにする。・・・・・
祖父母が実の親である場合は、親の要望を「こうしてよ」と言えるですが、そのときでも別の感情がわいてきます。
「自分の子ども(いまの父、母のこと)には厳しく接していたのに、孫になるとほんとうに甘いんだから もう!」
このような矛盾やギャップを感じて、おかしい、しつけができないと思う親御さんもいます。
じっさい、私にも孫がいますが、おじいちゃんやおばあちゃんにとって、孫は「かわいい」のひとことに尽きると思います。それしかありません。
なぜ、祖父母と父母では、このようなちがいが生まれるのでしょうか。
それはおそらく、視点がちがうからだと思います。
親は子どもの「将来」をみています。でも、祖父母は「いま」を見ています。
つまり、親は将来この子が大人になったとき、困らないように育てたいという思いです。
子どもが欲しがるものを親はガマンさせているのに、おばあちゃんが買い与え、子どもは喜んでいる。
あんなことをわが子がしていたら、お父さんがしかるのに、おじいちゃんは「いいよ、いいよ」と何でもOKにする。・・・・・
祖父母が実の親である場合は、親の要望を「こうしてよ」と言えるですが、そのときでも別の感情がわいてきます。
「自分の子ども(いまの父、母のこと)には厳しく接していたのに、孫になるとほんとうに甘いんだから もう!」
このような矛盾やギャップを感じて、おかしい、しつけができないと思う親御さんもいます。
じっさい、私にも孫がいますが、おじいちゃんやおばあちゃんにとって、孫は「かわいい」のひとことに尽きると思います。それしかありません。
なぜ、祖父母と父母では、このようなちがいが生まれるのでしょうか。
それはおそらく、視点がちがうからだと思います。
親は子どもの「将来」をみています。でも、祖父母は「いま」を見ています。
つまり、親は将来この子が大人になったとき、困らないように育てたいという思いです。
ところが、祖父母は「いま、目の前にいる孫を喜ばせたい」という気持ちです。「虫歯になったらこまる」ことなどどうでもいいことなのです。
私自身も三世代同居の家に生まれ、祖父母と一緒に子ども時代を過ごしましたが、祖父母から厳しく叱られたという思い出は皆無です。
そこで、私は思うのですが、子育てには両面が必要なのです。
私自身も三世代同居の家に生まれ、祖父母と一緒に子ども時代を過ごしましたが、祖父母から厳しく叱られたという思い出は皆無です。
そこで、私は思うのですが、子育てには両面が必要なのです。
子どもが健やかに育つためには、どちらも必要なのです。
子どもが幼いときは、親は子育てのなかで、「やめなさい」と制止したり、しかったりすることは必ずあります。
このとき、多かれ少なかれ子どもは落ち込んだり、しょぼんとしたりします。
子どもが幼いときは、親は子育てのなかで、「やめなさい」と制止したり、しかったりすることは必ずあります。
このとき、多かれ少なかれ子どもは落ち込んだり、しょぼんとしたりします。
すると、一時的でも子どもの「自尊感情」や「自己肯定感」が下がります。
それを回復させてくれるのが、おじいちゃんやおばあちゃんの「いいんだよ、大丈夫」という言葉なのです。
親としては、わが子が将来幸せにならないことを望むような人はいません。
親としては、わが子が将来幸せにならないことを望むような人はいません。
ただし、子どもが幸せになるためには、「将来」と「現在」の両方の見方が必要なのです。
中学生なら、親の言うことと祖父母が言うことに齟齬や矛盾があっても、理解しています。もう、そういう年齢です。
たとえば、「寝る前にチョコレートを食べたことは、お母さんには黙っておくね」と、おじいちゃんやおばあちゃんにそっと伝える器量をもっています。
でも、幼い子でもある程度大きくなると理解できるようになります。
お父さん・お母さんとおじいちゃん・おばあちゃんのルールがちがっていても、「たまに」だからいいのだなと、子どもなりにわかるのです。
ということなので、お母さん・お父さんは、「なぜ、夜に甘いものを食べさせないのか」をシャカリキになって子どもに伝えなくてもいいのです。
自分が思う価値観を穏やかに子どもに話せばいいのです。
おじいちゃん・おばあちゃんを引き合いに出して子どもに話したり、否定する必要もありません。
なおかつ、お母さん・お父さんが、おばあちゃん・おじいちゃんの価値観に迎合する必要もないのです。
両面が必要なんだと思えば、親にストレスはたまりません。
ということなので、お母さん・お父さんは、「なぜ、夜に甘いものを食べさせないのか」をシャカリキになって子どもに伝えなくてもいいのです。
自分が思う価値観を穏やかに子どもに話せばいいのです。
おじいちゃん・おばあちゃんを引き合いに出して子どもに話したり、否定する必要もありません。
なおかつ、お母さん・お父さんが、おばあちゃん・おじいちゃんの価値観に迎合する必要もないのです。
両面が必要なんだと思えば、親にストレスはたまりません。
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