波乱万丈 乳がん転移ライフ!

39歳で乳がん ステージⅢ告知。術後1年経たずに肝臓、骨に転移。そこから始まる長い転移ライフ!

サンドの「病院ラジオ あの子どうしてる」~病気に負けない明るい子供たちから受ける力

2020-06-27 00:40:47 | 感動の出来事(テレビ番組)

ちょうど1年前に、サンドウィッチマンが「国立成育医療研究センター」内に開設したラジオ局で、
難病の子供や家族とトークするというNHKの単発番組を観て感動したことをブログに書きました。

出演していた子達や家族の明るい印象が強く残り、それぞれの出演者のこともよく覚えています。

今週「病院ラジオ あの子どうしてる?」というタイトルで、前回出演した子供たちや家族と1年ぶりに再会し、
リモートながら改めてその後のことをトークしたり、リクエスト曲を流す番組が放送されました。

今回、改めて難病を抱えた子供たちや家族が、病気を日常のこととして普通に付き合いながら、
明るく前向きに生活している様子が伺え、また個性豊かな子供たちにも再会できて嬉しかったです。

1年ぶりに再会した子供たちは、退院していたりまだ入院中だったり、進学や就職など、
環境もそれぞれに変化していましたが、改めて感じたのはとにかく明るく逞しいということ・・・

病気だから・・・というのではなく、相当大変なことを普通に日常のこととして生活している強さや、
病気も含めてそれが自分そのものなんだと自然に受け入れている前向きさ・・・

太陽光に弱く紫外線をカットするシールドを被って日傘をさして生活していた小学校1年生の子が、
「なんでそうなの?」って訊く友達に「これが〇〇(名前)なんだよ」って答えたことが驚きでした。

今は2年生になりましたが、外で出来ないにも関わらず体育が好きで、時々意地悪する友達に対しても、
「悪いことをしなければ、実はいいやつなんだ」と考えるカッコよさは変わっていませんでした。

3人の子供全員が肝臓の病気を抱える母親は、今年息子に肝臓を提供する予定だったのですが、
母親の分は先々のためにとっておいた方がいいと、おじいちゃんが肝臓を提供したようです。

病院の中にある学校に行きたくないと言っていた子が、前回の約束通りにちゃんと学校に行っていたり、
高校に進学した子は、番組をきっかけに新しい友達が病気に興味を持ってくれたり気遣ってくれたり・・・

身体的な成長を阻害されている女の子は、入退院を繰り返しながらも通信制の大学に進学していて、
将来はプログラマーになることを目指して勉強に取り組んでいるようです。

オペラ歌手を目指して音楽を勉強中の女の子は元々の病気に加えて新たな病気も発症していましたが、
ずっと病院コンサートも行っていて、前回の放送でも素晴らしい歌唱を披露してくれました。

今回も透き通ったソプラノで「オーバー・ザ・レインボー」を歌って感動させてくれましたが、
歌で何を伝えたいかとの質問に「感謝」と「未来が拡がるイメージを持ってもらえたら」と・・・

多分、自分でも未来が拡がるイメージを頭に描きながら歌っているんでしょうね。
彼女の屈託のない明るさと透き通った歌唱は、病院でも多くの人に勇気を与えているのだと思います。

大変なことを抱えながらも自然で明るく前向きな子供たちのエネルギーと生命力を感じていると、
コロナごときの大変さなんてどうってことない・・・とさえ思えてきます。


2020年6月26日

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「世界一の楽器の町」の歴史を知るとピアノが愛おしい~ブラタモリ「浜松」編を観て

2020-01-31 21:06:52 | 感動の出来事(テレビ番組)
1月27日に誕生日を迎え、また1つ加点されました。取り敢えずは100点を目指して気持ちも新たに・・・

誕生日が正月に近いこともあり、昔から1年の目標は正月に決めずに誕生日に決めることが多いのですが、
今年の目標はもう半年前に決まっています。息子が留学から戻ったら華麗なピアノ演奏を披露すること・・・

去年の8月から始めた完全ど素人の「ピアノレッスン」ですが、あれからもう半年が経ちました。
最初の3ヶ月位は指が筋肉痛になったり、腕や肩が痛くなったり、まあ無駄な力が入りまくっていましたが、
最近はリズムを刻む左手とメロディーを弾く右手の異なる動きが、割と自然に出来るようになってきました。

とは言え、曲の途中で指が迷子になってしまったり、指を見ていると譜面の場所が分からなくなったり・・・
まだまだ初心者の域を脱していないので、短時間であっても毎日ピアノを弾くようにしています。

ところで、先日の「ブラタモリ」で「浜松編~なぜ世界一の楽器の町になったのか?」が放送されました。
「浜松」は、世界的なピアノ作りの町として有名ですが、何と今では4種類の楽器で「世界シェア№1」

ピアノは40%の世界シェアを誇り、それ以外の「世界シェア№1」は、電子ピアノ、鍵盤ハーモニカ、管楽器・・・
鍵盤楽器はピアノの派生として当然としても管楽器まで№1とは知らなかったので、新しい発見でした。

まず、「浜松」は戦国時代に徳川家康が17年間居住し、浜松城を建てたことで城下町として発展しました。

江戸時代には、温暖な気候風土から綿花の栽培が盛んとなり、綿花と綿織物の一大産地となっていきますが、
当然、織物のためには木製の織機が必要となり、織機を作る木工職人もたくさん集まって町が栄えました。

その後、明治へと時代が変わり、唱歌教育が行われる中で小学校に米国製のオルガンが導入されました。
当地で機械器具全般の修理を行っていた「山葉寅楠(やまはとらくす)」氏(後の「ヤマハ」創業者)が、
米国製オルガンの修理を請け負ったことから、その構造を学び、日本初のオルガン作りを始めます。

会社を起こした山葉氏は、渡米視察によって今度はピアノ作りを学び、日本初のピアノ作りも始めますが、
ピアノを作るためには多くの種類の木材と、その木材をしっかりと乾燥させる必要があります。

「浜松」は天竜川によって南アルプスの木材が運ばれる集積地でもあり、元々木材が豊富で、
常に乾燥した空っ風が吹き下ろし、木材の乾燥にも適していてピアノ作りの条件が揃っていたようです。

こうして「浜松」がその地理的条件と木工職人の腕で、世界一のピアノ作りの町として発展していくことになります。

番組では、薄い板を重ねて独特の形に曲げていく、グランドピアノの製造現場を見ることが出来ましたが、
ものづくり自動化全盛の今の時代に、職人によって一台一台丁寧に手作りされていることが新鮮な驚きでした。

グランドピアノの形を上から見ると、まさにPianoの「P」をガバッと広げたような形だなと思ったことがありますが、
薄い板を何枚もくっつけての手作業であの独特の曲線の形に作り上げていく作業工程は美しかった・・・

多種類の木材を重ねることで良質の音色を生み出せ、最高級のグランドピアノは何と完成に3年もかかるそうです。

そして、その後戦争の時代となりますが、「浜松」は東京と大阪のちょうど中間にあることや、
平らな土地が広がり滑走路を作るのに適した場所でもあったことから、航空自衛隊の最初の基地が作られました。

ピアノ作りの技術が、当初木製だった戦闘機のプロペラ作りに活かされ、その後プロペラが金属製になることで、
今度はその金属の加工技術が管楽器作りに活かされていく・・・という連鎖があったようです。

世界の管楽器の3分の1を製造する工場も見ることが出来ましたが、ここでも一台一台手作りされていました。
脈々と続く歴史と、地形、気候風土、多くの職人の腕と音へのこだわりにより、浜松が「世界一の楽器の町」に・・・

家にあるのは残念ながらグランドピアノではなくアップライトですが、こういう背景を知るとグッと愛おしくなります。
元々アッピアが子供の頃に使っていたピアノなので、弾き手は「アッピア⇒息子⇒私」と家族の歴史でもあるし・・・

益々レッスンに気合いが入りそうですが、そろそろ調律もやって労ってあげないと・・・

2020年1月31日


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「難病と闘う子供たちの強さ」~NHKの「サンドウィッチマンの『病院ラジオ』」より

2019-05-03 10:46:28 | 感動の出来事(テレビ番組)
ついに「令和時代」の幕が開けましたね。新時代・・・開けましておめでとうございます!
今回初めての「生前退位」を経験し、改めて天皇の「日本国民統合の象徴」と言うことが実感出来ました。

私が、憲法第一条の条文を習った時は、その意味するところが良く分かりませんでした。
当時はまだ子供だったので仕方ありませんが、最初は皆ほとんど同じような感覚なのでは・・・

それが、国民に寄り添われ常に国民のことを考えて行動された平成天皇によって、敬愛の念を感じることができ、
国内及び世界の各地で様々な交流を続けられたことが、「日本国民統合の象徴」の体現なのだと感じました。

平成天皇に感謝しつつ、子供の頃から馴染みのある令和天皇と共に新しい時代の日本に自分なりの貢献をして行きます。

さて、令和時代最初の投稿となりますが、今回はたまたま観たテレビ番組に感動したと言う話です。
それは、「病院ラジオ」と言うNHKの単発ドキュメンタリー番組・・・

サンドウィッチマンの二人が病院に2日間限定のラジオ局を開設し、患者や家族とトークすると言うもので、
去年の夏にも別の病院での放送があったようですが、それを知らず今回たまたま観て心地よい感動を貰いました。

今回は、小児・周産期における高度先進医療を行っている「国立成育医療研究センター病院」が舞台でした。
様々な難病を抱える子供たちが治療を受けている病院としては、日本で最大・最先端の病院です。

ゲストで登場した子供たちは、小学生~大学生までと年齢は幅広く、息子と同じ10代半ばの子も数名いました。
病気は本当に様々で、小児がんの子もいれば、紫外線に当たることが出来ない子、目や肝臓に障害を負う子、
成長を阻害されている子など・・・

3人の子供全員が治る見込みのない肝臓の病気を煩っている母親・・・
夫婦の遺伝子の組み合わせによって、たまたまそう言う状態が引き起こされるのだそうです。

母親は既に長女に肝臓移植のための肝臓を提供し、父親は長男に肝臓を提供する予定・・・
血を分けたどころか臓器をも分けた、こう言った究極の命の繋ぎ方もあるんですね。

目の病気により片眼の視力を失った10代半ばの女の子・・・
オペラ歌唱が上手く、その物怖じしない歌いっぷりに感動し、絶対に諦めずに夢を追って欲しいと思いました。

また、ある子は生まれる前に病気が判明していて、生後2時間くらいしか生きられないかも知れないと・・・
それでも、母親は「2時間でもいいから我が子を見たい」と産む決断をしたそうです。

難病と闘っているその子の「産んでくれたことに感謝しています」と言う言葉は、ずしんと心に響きました。

この番組のいいところは、こう言う話を重く伝えるのではなく、サンドウィッチマンとの軽妙なトークを通して、
視聴者に重すぎず軽すぎずサラッと伝えているところ・・・

これは、いい歳まで苦労した下積み生活の長いサンドウィッチマン二人のキャラクターがあってこそ・・・
この二人との会話を通して伝えるからこそ力みがなく、ちょうど良い塩梅ですっと心に入って来ます。

また、我が子の話をラジオを通して聞いている親や、親の話をラジオで聞いている子供たちの様子も交えて、
それぞれの家族の様子も窺え、「ラジオ」と「テレビ」の融合による新しい表現のしかたや伝え方にも感心しました。

尚、当番組は5月5こどもの日の午後4時10分より再放送されるようです。
難病を抱えながらも明るく前向きに生きている子供たちの強さに感動し、そしてきっと励まされます。

2019年5月3日


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「3年A組-今から皆さんは、人質です-」~息子と一緒にハマったドラマ

2019-03-15 23:46:33 | 感動の出来事(テレビ番組)
「ミッコ」さん、いつも温かいコメントを有難うございます。
これからも男二人の生活を中心に書いていきますので、よろしくお願いいたします。

さて、季節的には春となり、年明けに始まったドラマもそろそろ最終回を迎えています。
いつものことながら、ドラマ好きの息子は一通りのドラマの第一話を観てから何を見続けるかを決めています。

今回、息子の心を掴んだドラマは珍しくたった一つだけで、私も第一話をチラ見して以来ハマってしまったのが、
「3年A組-今から皆さんは、人質です-」・・・

菅田将暉と永野芽郁のダブル主演とも言えるドラマでしたが、二人の高い演技力と共に、
共演者全体の演技力も高く、毎回予想外の展開にワクワクドキドキしながら観ていました。

ずっと息子とこの学園ミステリーに釘付けになり、二人でああだこうだと言いながら驚いたり楽しんだりしましたが、
先週末ついに最終回を迎えました。

あまりにもインパクトの強いドラマでしたので、未だにそのドラマの様々なシーンが思い浮かんで来ますし、
菅田将暉の狂気を帯びた教師像と、生徒達の迫真の演技と個性、リアルな人間関係・・・

それらが、閉ざされた教室という独特の空間が醸し出す雰囲気と相まって上質のミステリーとなっていました。

高校3年生のとあるクラスの担任である美術の教師が、半年前に自殺した一人の女子生徒の真相を曝くために、
クラスの生徒全員を人質に取り、生徒自らに考えさせながら真相を浮き彫りにしていくと言うストーリー・・・

荒唐無稽な設定ながら、卒業までの10日間生徒一人一人が自殺に追い込んだと考えられる原因をあぶり出され、
その内容を追求していく過程で、それまで封印して来たことに向き合い、物事の本質を考え始める。

毎回、クローズアップされる生徒が替わり、その生徒の行為こそが自殺の原因だと他の生徒が一斉に責め立てる。
本人は「違う!」と必死に弁明するが、全員から疑いの目を向けられるとあたかもそれが真の原因だと思えてくる。

そう言った展開を繰り返しながら、生徒は物事を深く考え始め、それぞれに成長していく。
そして、女子生徒を自殺に追い込んだ真の原因を考えるようになり、最後は教師を手助けするようになる。

そして、最終回でついに女子生徒を自殺に追い込んだ真の原因が曝かれるのですが、
それは正にSNSが巨大なメディアに成長した現在のネット空間に書き込まれる根拠のないデマや誹謗・中傷・・・

このドラマは面白いだけでなく、デマがあたかも真実のように簡単に変わって行く過程を描き、
ネットやSNSは使い方によっては善にも悪にもなる・・・そう言うことに警鐘を鳴らして幕を閉じました。

この便利で誰もが平等に使える空間で自分を見失わないこと、真偽や本質を見極めること・・・
家庭教育としても学校教育の一つとしても、今の時代に不可欠なことと言えそうです。

2019年3月15日


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8年振りに完賞の朝ドラ「半分、青い。」~好奇心に満ちた人生に終わりなし

2018-10-05 23:04:37 | 感動の出来事(テレビ番組)
☆アッピア夫です。

もう10月となり、毎週末のように台風が押し寄せてくるものの、本格的な秋到来・・・
朝ドラ「半分、青い。」が、先週末で最終回を迎えました。

朝ドラは夜に録画を観るとは言え毎日観るので、どうしても思い入れが強くなりますね。
今回は、岐阜弁の温かさに癒やされていたので、それが聞けなくなることがちょっと寂しい思いです。

実は朝ドラを最後まで観たのは、「カーネーション」以来8年振り・・・

退院したのがちょうど朝ドラが始まった直後の4月の頭でしたが、
自宅療養のためゆったりした朝を迎えることになり、自然な流れで見始めることになりました。

実は、結婚するまで朝ドラとは縁がなく、驚異的な視聴率で有名な「おしん」位しか知らなかったのですが、
アッピアが好きだったこともあり、結婚を機に私も見始めました。

最初は「ちゅらさん」・・・そして「ほんまもん」「さくら」「まんてん」「こころ」「てるてる家族」と、
3年続きましたが、その後は仕事も子育ても忙しくなりご無沙汰に・・・

それから8年後に、何がきっかけかは覚えていませんが「ゲゲゲの女房」で復活・・・
その後「てっぱん」「おひさま」「カーネーション」と2年続きましたが、またまたご無沙汰に・・・

そして今回、また8年を経て「半分、青い。」で復活することに・・・
なぜか、私の朝ドラとの関わりは8年間隔と言う法則になっています。

まあそれはともかく、毎回飽きることなく好奇心に満ちて終わりのない人生を楽しく観ていました。

夢と挫折を繰り返しながら成長し、大人になってもなお新たな夢を追い続ける鈴愛(すずめ)の人生は、
好奇心に満ちあふれた波瀾万丈なもので、どこまでも終わりのない魅力的な人生だなと・・・

同じ日に生まれ、病院で隣同士に寝っ転がっていた鈴愛と律の関係がどう展開していくのかも興味深く、
周りの人間関係がどんどん変化しながらも、結局最後は何もかもを超越した関係でしたね。

最初はあまり興味を持っていなかった息子も、夏休み頃から一緒に見始め、
最後の1ヶ月は、毎日感想を言い合うなど親子ですっかりハマっていました。

やりたいと思ったこと、思いついたことをすぐやる好奇心の塊の鈴愛と、優秀で堅実、決して冒険をしない律。
性格の違う二人でいるからこそ引き立つお互いの個性・・・そして堅実な律がついに冒険を始める。

最終回を観ながら思い返していたのが、最初に登場し二人の幼い頃を象徴する「糸電話」・・・
二人の糸電話は成長するにつれて糸が絡み合い、いつの間にか上手くほどけない状態に・・・

それが、時を経て自然と絡み合った糸がほどけ始め、最後にまたピンと張って終わった・・・
そんなすっきりした感じでドラマは終わりました。

物事や人間関係はいつも糸のようにすぐに絡み合う・・・
その絡み合った糸がほぐれるかほぐれないかは当人しだい・・・そして最後は運命・・・

そんなことを思いながら、オフィスや家の窓から見える秋の澄み切った青空を眺めています。

2018年10月5日


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「高野山は『空海テーマパーク』」~「ブラタモリ」で地元の高野山が3週連続放映

2017-09-29 22:49:08 | 感動の出来事(テレビ番組)
☆アッピア夫です。

「ミッコ」さん、コメントを有難うございました。
ドラマは本当にスッキリしない結末でしたね。

また、ご主人と「ダンケルク」談義をしてみたい気持ちになります。
映画の後でアッピアと「ああだこうだ」と言えないのが少し寂しい気がします。

さて、この9月に、「ブラタモリ」で私の地元の「高野山」が何と3週続けて放映されました。

「どうやって標高800mの山上の地を生活の場として機能させて行ったのか」・・・
など興味深い話もあり、3週間じっくりと楽しむことが出来ました。

番組で「高野山」を表現した言葉が「空海テーマパーク」・・・
宿坊に泊まり、精進料理を食べ、お寺やお堂を観て回る・・・日本人も外国人も楽しめる場所ですね。

なかなか上手く言い表した言葉だと思いますが、良い機会ですので私が持っているイメージを含めて、
地元の「高野山」について書きたいと思います。

「高野山」は必ず歴史で習いますが、「空海」が真言宗の修行のために平安時代に開いた仏教の聖地・・・
よく山の名前と勘違いされるのですが、「高野山」と言う名称の山はないんですね。

紀伊山地の一つの山の上に作られた宗教都市全体のことを「高野山」と言います。
当時の天皇から土地を譲り受けたことからも、「空海」という人の凄さを感じますね。

山上と言っても広大な平地の中に町が築かれていますので、行くまでは参詣道の山道を登るか、
南海電鉄の「極楽橋」と言う駅からケーブルカーで登った後は、ほぼ平坦な土地となります。

町が開かれてから今年でちょうど1200年目となりますが、その間、空海の思いがずっと継承され、
景観も当時のまま独自の発展を続けて来ました。

修行中も含め住人の3人に1人がお坊さんで、小学校から高野山大学まで、更に学生寮もあり、
全国からお坊さんを目指す若い人が集まり、学校で学びお寺で修行しながら暮らしています。

因みに「世界文化遺産」は、「高野山」を含む3つの霊場とそこに続く参詣道(「熊野古道」など)
を含めた和歌山、奈良、三重の3県に及ぶ広大な地域にまたがり、
「紀伊山地の霊場と参詣道」と言うのが正式な登録名です。

有名な「熊野古道」に繋がる道は「那智勝浦」や「新宮」と言う和歌山県南部まで続き、
「高野山」は和歌山県北部となりますので、和歌山県を縦断するくらいの広い範囲となります。

私からすると、地元を含め和歌山県全体が世界遺産に登録されたようなものでしたので、
登録された当時は「これは凄いことになった」と大興奮したものです。

「高野山」には子供の頃から何度も行っていますが、何度行っても飽きない特別なところです。
心を清められるような独特の雰囲気はもちろんのこと、私が一番好きなのは、
空海が眠ると言われる「奥の院」へと続く沢山のお墓が並ぶ長い参道・・・

そこには左右に30万を超えるお墓や供養塔が並びますが、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康などの
有名な戦国大名はもちろんのこと、皇室や歴史上の有名な人物のほとんどのお墓があり、
私は勝手に「歴史の散歩道」と呼んでいます。

「あれは、〇〇の墓」「こっちは〇〇の墓」・・・と言いながらキョロキョロして歩くのが楽しく、
「空海テーマパーク」もありですが、私としては「歴史テーマパーク」の方がしっくり来ます。

以前にも書きましたが、地元では人が亡くなると喉仏の骨を「高野山」に納めに行きます。
高野山と共にあるところですので、「後世は高野山で眠る」と言う思いが染みついています。

私自身もいずれは父親とアッピアが眠る和歌山のお墓に入ることになりますが、
いくら故郷から離れて暮らしていても、「後世は高野山で眠りたい」・・・と言う思いがあります。

「還る場所がある」と言うのは「安心して生きられる」こと・・・
生まれついてそう言う場所があることに感謝しています。

2017年9月29日


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ドラマ「ラヴソング」にハマる男二人~福山君にではありません

2016-05-21 00:58:04 | 感動の出来事(テレビ番組)
☆アッピア夫です。
今、久々にドラマにハマっています。フジテレビ月9の「ラヴソング」・・・福山ファンは多分観ているであろう「福山雅治」主演のドラマですが、何にハマっているかと言うとヒロインの「藤原さくら」・・・最初は石原さとみが若返ったかと思ったくらい似ている、去年歌手デビューしたばかりでドラマ初出演の20歳の新人シンガーソングライター・・・

私は、ほとんどドラマを観る習慣がないのですが、アッピアは大好きで新しいドラマの始まる時期はいつもウキウキしていましたし、その影響からか息子も大好きです。以前は、アッピアが観ているドラマをチラ見している内に、たまにその面白さに惹かれて私ものめり込んで行くのがパターンでした。今回は、息子が観始めたこのドラマをチラ見している内に、最初は、少しハスキーな声で歌う軽快な主題歌に惹かれ、徐々にドラマの内容に引き込まれて行きました。

吃音という障害を持ちながらも歌が得意な彼女の成長物語と、元プロミュージシャンで今は音楽から離れている(いまだに「君づけ」で呼べる貴重な存在の)福山君が、彼女と出会って再び音楽の世界に引き戻されていくと言う物語。音楽がテーマのドラマでもあり、主題歌の他にもとにかく音楽がいい・・・

主題歌は、作詞・作曲が福山雅治で「藤原さくら」が歌う「soup」と言う曲・・・最初は福山君の作った曲とは知らなかったので、それを知った時は純粋に驚きました・・・「こういう曲も書くんだ!」

彼女がライブハウスで始めて歌った曲が「500マイル」と言う曲・・・これは原曲が60年代の(同年代の人は知っているはずの)「ピーター・ポール&マリー」・・・過去にも色々な人がカバーしている名曲。これをドラマの中で聴いた時は鳥肌が立ちました。「久し振りに聴いた!」と言う感激と「今までのカバーの中で一番いい!」と言う感動・・・

そして、ドラマの中での彼女のデビュー曲となるであろう「好きよ好きよ好きよ」・・・これも福山君の書いた曲で、これもなかなか味のあるいい曲です。また、彼女の少しハスキーな低めの声は、ささやくような独特の心地よさがあります。

早速、ユーチューブで「藤原さくら」本人の曲も聴いてみたところ、昔夢中になった60年代の匂いがするブルージーな曲がいっぱい・・・ビートルズ的なメロディアスなロック、心地よいフォーク、そして黒人音楽をベースとしたブルースとジャズ・・・様々なジャンルが融合し、音楽そのものが全盛であった60年代に引き戻されて、懐かしい感覚に浸れます。

60年代なんてまだ良く知らない息子もそれぞれいい曲だと思っているようで、音楽は時代を超えるんだな・・・と思いつつ、最近はスマホで海外の音楽を聴き始めている息子に、様々なジャンルの音楽に夢中になった自分の中学~高校時代がダブって来ます。

☆「お父さんが、これから昔のいい曲をいっぱい教えてあげるよ」
★「昭和の曲は古いからいらない!」
☆「歌謡曲じゃないよ!海外の色んなジャンルの曲だよ・・・」
★「大丈夫!自分で聴きたい曲を聴くから・・・」

どうも余計なお世話だったようで・・・

2016年5月20日 アッピア夫


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