日曜美術館のアートシーンでも紹介された「和歌と美術」展を観に行ってきました。
人麻呂さんの肖像画がかなりあり、見比べるだけでもかなり興味深かったです。
最初の人麻呂像を描いたのは誰なのだろうと、好奇心がわきました。きっと、その人の描いた人麻呂像がモデルになって延々と描き続けられたのだろうと思いました。最初に描かれた人麻呂の特徴を押さえつつ、画家のオリジナリティも感じられるのが面白いです。
どの表情を見ても、ちょっとたれ目で人が好さそうです。歌を詠むくらいだから教養も高く、感性の優れた人なのだとは思いますが、でも、なんとなく弱そうです。情けないような表情でいます。だけど、そんな人麻呂さんの画像の軸を飾って歌会をしたというのもすごい出来事だと思います。
やっぱり、亡くなって、軸に描かれて、人に祀られるというのは、すごいことだと、当時の風俗画をみて思いました。昔の人で、実在の人物で、今も祀られているような人はいませんから、その偉大さはいかなものかと感じるばかりです。
歌は歌でも歌手ですが、美空ひばりはすごい歌手でした。だけど祀られて、歌を志す人の信心の対象になったとは聞きませんからね。そこいくと人麻呂さんは祀られて、お供え物もあって、その前で偉い人たちが歌を詠んだのだから、どれほど崇拝されていたかと言うことになりますよね。
それに、当時は情報ネットワークだって、今とは比べものにならないはずなのに、どのような手段で人麻呂さんの肖像画が伝播していったのでしょうね。そこ突っ込みたくなりますし、そもそも本人に似ているのかさえ疑わしく思えますが、当時の人は「これが人麻呂だ!!」って信じて祀ったのでしょうね。すごいことです。
また、人麻呂さん以外にも、貝合わせやカルタが展示されていますが、その精緻な作りにただただ驚くばかりです。老眼になりつつある眼ではその精緻さを観ようとするときに、メガネを外して観るのか、離れながら焦点を合わせるのか、ガラスケースの向こうのそれを詳細に見つめるには老眼鏡が必要であることを痛感しながら、日本人の手先の器用さと、細部にまでこだわるテクニックに改めて感心するばかりでした。
そして、貝合わせでは、京大の大野先生の貝体新書の実践を思い出し、今度は貝に絵を描くことを取り入れても面白いのではないかと思いながら観ていました。
私としては、江戸時代の鈴木剘一(剘の字が違うかも?)の三十六歌仙の軸と花と鳥を描いた屏風が好みでした。同じ題材を扱っても描き手の創意工夫で違うものとなり、それぞれに味わい深いものになることを改めて思いました。花鳥風月を愛でる日本人の心は今も昔も変わらないけれど、その時々で表現の様式には変化があり、その変化は、画家の感性もあるけれど、時代の人々の感覚の変化や時代の要請もあったのだろうと並べられた作品から考えることができました。そういう意味でも、私にとっては、充実した鑑賞になりました。
みるみるの会員である廣田学芸員がお薦めの展覧会であると宣伝していた通りでした。まだ、観ていない方は、観に出かけてくださいませ。
次の KIMONO BEAUTY も楽しみです。
人麻呂さんの肖像画がかなりあり、見比べるだけでもかなり興味深かったです。
最初の人麻呂像を描いたのは誰なのだろうと、好奇心がわきました。きっと、その人の描いた人麻呂像がモデルになって延々と描き続けられたのだろうと思いました。最初に描かれた人麻呂の特徴を押さえつつ、画家のオリジナリティも感じられるのが面白いです。
どの表情を見ても、ちょっとたれ目で人が好さそうです。歌を詠むくらいだから教養も高く、感性の優れた人なのだとは思いますが、でも、なんとなく弱そうです。情けないような表情でいます。だけど、そんな人麻呂さんの画像の軸を飾って歌会をしたというのもすごい出来事だと思います。
やっぱり、亡くなって、軸に描かれて、人に祀られるというのは、すごいことだと、当時の風俗画をみて思いました。昔の人で、実在の人物で、今も祀られているような人はいませんから、その偉大さはいかなものかと感じるばかりです。
歌は歌でも歌手ですが、美空ひばりはすごい歌手でした。だけど祀られて、歌を志す人の信心の対象になったとは聞きませんからね。そこいくと人麻呂さんは祀られて、お供え物もあって、その前で偉い人たちが歌を詠んだのだから、どれほど崇拝されていたかと言うことになりますよね。
それに、当時は情報ネットワークだって、今とは比べものにならないはずなのに、どのような手段で人麻呂さんの肖像画が伝播していったのでしょうね。そこ突っ込みたくなりますし、そもそも本人に似ているのかさえ疑わしく思えますが、当時の人は「これが人麻呂だ!!」って信じて祀ったのでしょうね。すごいことです。
また、人麻呂さん以外にも、貝合わせやカルタが展示されていますが、その精緻な作りにただただ驚くばかりです。老眼になりつつある眼ではその精緻さを観ようとするときに、メガネを外して観るのか、離れながら焦点を合わせるのか、ガラスケースの向こうのそれを詳細に見つめるには老眼鏡が必要であることを痛感しながら、日本人の手先の器用さと、細部にまでこだわるテクニックに改めて感心するばかりでした。
そして、貝合わせでは、京大の大野先生の貝体新書の実践を思い出し、今度は貝に絵を描くことを取り入れても面白いのではないかと思いながら観ていました。
私としては、江戸時代の鈴木剘一(剘の字が違うかも?)の三十六歌仙の軸と花と鳥を描いた屏風が好みでした。同じ題材を扱っても描き手の創意工夫で違うものとなり、それぞれに味わい深いものになることを改めて思いました。花鳥風月を愛でる日本人の心は今も昔も変わらないけれど、その時々で表現の様式には変化があり、その変化は、画家の感性もあるけれど、時代の人々の感覚の変化や時代の要請もあったのだろうと並べられた作品から考えることができました。そういう意味でも、私にとっては、充実した鑑賞になりました。
みるみるの会員である廣田学芸員がお薦めの展覧会であると宣伝していた通りでした。まだ、観ていない方は、観に出かけてくださいませ。
次の KIMONO BEAUTY も楽しみです。