書評 BOOKREVIEW
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中国史が四千年というのは誰が考えた大嘘なのか?
中国が誕生したのは1949年でしかない。
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宮脇淳子『歴史から観る中国の正体』(徳間書店)
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中国4000年の歴史などというのはすばらしい捏造技術で、でっちあげられた出鱈目だが、多くの日本人は漫然と信じてきた。
本当の「中国」なる国家は辛亥革命の翌年、つまり1912年に誕生し、中国のナショナリズムは1919年から始まった。評者(宮崎)は「辛亥革命」とは『心外革命』だと比喩してきたが、建国の父とかいわれる孫文はハワイで遊んでいた。
習近平主席は、「中華民族の偉大なる復興」というスローガンを掲げている。チンギスハンもモンゴル族なのに「中華民族」でごっちゃにし、鮮卑系の隋唐も一緒くたにして中国史に埋め込んでしまった。「正史」の伝統とは歴史の創作である。客観性がないというより史実を尊重しない。したがって日本軍と戦った中華民国軍は「偽軍」、満州は「偽満州国」という。
この場合、中国語の「偽」は日本流に言えば、「本物」という意味である。
「中華民族」なるものは明らかな「創作」である。
中国は日清戦争の敗戦を契機として、多くの清国の学生が日本に留学し、その歴史は独立性を失い、「日本によって東アジア文化圏に組み込まれたのである」と宮脇さんは言う。
もう一度重要な歴史的転換点を確認しておこう。
中国は「日本によって東アジア文化圏に組み込まれた」のだ。これが宮脇史観の真骨頂にある。
1949年に誕生した中華人民共和国は、中華民国とは別の国家だが「略称」が同じ中国だから中国と中国人は昔から存在したかのように馴致されているだけなのだ。
中国暦代皇帝の四分の三は、非漢人である。
日本人に正確に理解されていない中国の歴史を、いったん根源に立ち返って、「中国というキメラのように捻じれてしまった国家イメージをただすべきだろう。歴史を知らずに、中国という国家の本質は理解できない。そのために 必要なえりすぐりの歴史知識が本書には詰まっている」と著者はいう。
かくして「漢人(中国人)は、そもそも歴史の始まりから、血統や生業や言語を同じくする民族であったことはなく、これらの諸種族が接触・混合して形成した都市の住民のことだった」
つまり漢字を学べば漢人となる、「文化上の観念」であって、人種的には夷狄の裔である。
もやもやがすっきりする簡潔な中国史、その解釈を逐条論じつつ、曖昧模糊だった中国史の闇のヴェールが剥がされる。
漫画が大ベストセラーとなった『三国志』は創作、それもスパイと裏切りの興亡劇だから奇想天外にして面白さ抜群、日本人は本当にあったこととしているが、正史が『三国志』、日本人がしっている三国志とは『三国志演義』のことである。
後者は幸田露伴訳を皮切りに吉川英治が現代語になおし、近年では北方謙三、宮城谷昌光らが小説にした。一番売れたのは横山光輝の漫画である。
中国史を論じる場合、文献は粉飾されているし、証拠は焼却されているし、後世の解釈は殆どが自己正当化、他者悪魔化の基本姿勢がある。そもそも『魏志倭人伝』にしても、伝聞ばかりで実際に使節が来たのは対馬から伊都までである。
かくして中国なる国家の正体が白日の下に晒された。
頭がすっきりする愉快な書物である。
「宮崎正弘の国際情勢解題」
令和七年(2025年)1月28日(火曜日)弐
通巻第8625号 より
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成程、つい「正史」とは「正しい歴史」のこと、と思ってしまうけれど、以前に書いたように「正とは一を以て止む」、「それしかない」と言う意味だ。
それ以外は民間伝承や噂話をまとめた「稗史(小説)」とか「外史(民間で書かれた)」だから、信憑性に欠ける。民間伝承や噂話は史実かどうか分からないんだから。
「史実をまとめ上げた『正史』こそが本物」。
そう思ってしまうけれど、官のまとめた「正史」は「一つしかない」と言うだけのことで、そこに書かれているものだって史実かどうかは分からないんだ。何故なら「国家の正統性」を主張するためにだけ「正史」はあるのだから。
【「正史」の伝統とは歴史の創作である。客観性がないというより史実を尊重しない。】