長島充-工房通信-THE STUDIO DIARY OF Mitsuru NAGASHIMA

画家・版画家、長島充のブログです。日々の創作活動や工房周辺でのできごとなどを中心に更新していきます。

256. 房総の山中の私設美術館

2016-08-12 18:56:37 | アートコレクション・...

話は遡って今年の春のこと。工房に一通の手紙が届いた。その文面によると「私は千葉県の房総山中のYという集落に私設美術館を開設し美術品をコレクションじているKと申します。この美術館は千葉県出身の美術家の作品をコレクションし、紹介していこうというコンセプトで開館しました。特に最近は現代版画のコレクションに力を入れています…以前より貴兄の作品を県内の美術館やギャラリーなどで拝見し、コレクションに加えさせていただき個展を開催したいと思っています」という内容が書かれていた。

最近では、まとまった数で版画作品をコレクションしてもらうということは極めて少ない。渡りに船、すぐに連絡をとった。館長のK氏はメールも携帯電話も持たないので普通の電話での連絡だった。電話口で手紙には書ききれなかったコレクションへの想いや展覧会企画の話など伺うが、やはり僕の方が一度会場を見てみたいということとなり、後日、一度実際に伺うということとなった。

実は南房総のYという集落の名は千葉県の山を紹介するガイドブックで20代の頃より知っていた。その本には「秘境」とか「房総のチベット」などと表現されていた。さらに歴史的には平家の落人伝説や豊臣の落武者伝説なども伝わっているとされていた。そして現在でも、T大学の広大な演習林が隣接し、K山山系に包まれた山深い自然環境にあることで知られていた。「本当にこんな山奥に美術館などあるのだろうか?」まともに想像し疑問が湧いてくる。まぁ、もう約束をしてしまったのだから「百聞は一見にしかず」とにかく一度、訪れてみるしかない。

5/30の月曜日、朝から雨天の中、車に作品の資料を積み込み、普段から仕事を手伝ってもらっている連れ合いの運転で工房のある千葉県北東部から、ひたすら地道を南下して行った。千葉の中央部にある茂原市を抜け、南下すること3時間ほどでK市の山間部に入る。いきなり右側が谷、左側が断崖絶壁になっている細い山道となった。対向車があったら逃げられない。バックするしかないだろう。いよいよ「秘境」に近づいているのが解る。この山道、結構長かったが運良く対向車には合わないで済んだ。事前にK氏より聞いていた山中のトンネルを抜けるとY集落にたどり着いた。あらかじめ情報は得ていたのだが美術館の位置が解らない。しかもこのあたり山深く携帯電話の圏外地区となっていて連絡が取れない。迷った行き止まりの集会所に人の気配がしたのでここで場所を尋ねた。一本入る道を間違えていた。

細い仕事道をゆっくりと入っていくと道端に美術館が見つかった。工房を出てから同じ県内といっても長いアプローチだった。車を降りて入口の戸をたたき中に入ると狭いチケット売り場のような場所に館長のK氏が座っていた。自ら水彩画家でもあるK氏はパウル・クレーの「造形思考」を読んでいるところだった。自己紹介をして中に通されるとウッディな山小屋のような雰囲気の空間である。杉の木の香りがプーンと鼻を衝く。館内ではちょうど千葉県出身の風景画家による水彩画の個展が開催中だった。まずは一巡して展示を観せていただく。美術館は全てK氏の手造り、床がユニークで杉と竹の丸太の集合材が敷き詰められていた。この土地を切り開いた時にたくさん出た端材を使用したとのことだった。

珈琲を入れていただいたので休憩室でしばらく歓談する。K氏が県内の小学校の図工教員を退職してから、この土地に巡り合い美術館を一人で建設するまでのこと。なぜ千葉県出身の画家、版画家にこだわってコレクションをし始めたのかということ。Y集落での山間の生活や自然のことなど。興味深い内容ですっかり聞き入ってしまった。建物の外ではホトトギスがさかんに鳴いている。こうした充実した時間はあっと言う間に過ぎていく。時間もせまってきたので持参した作品資料や実物の版画から購入してもらうものを選んでもらう。お互い言葉も少なく緊張した時間が流れていく。想像していたよりも数多い作品に購入希望の付箋が貼られていった。

いつの間にか日も暮れタイムリミット。しばらくしてから来年の個展の打ち合わせも兼ねて僕の工房にも来ていただく約束をして美術館を出た。この「秘境」の山中の美術館で、どんな版画個展となるのか今から楽しみにしている。画像はトップが美術館の内部。下が向かって左からY集落風景、美術館外観、美術館入り口、美術館の床、美術館内部4カット、庭に咲いていたウツギの白い花。