近年、東京周辺での美術館の企画展はどれも充実した内容で、行ってみたいと思うものが多い。日本の美術館側の対応が世界的に水準が高いのだろう。もちろんその全てを見ることは不可能であるし、また仕事にも支障をきたす。
と、いう訳で六本木の国立新美術館で今月始めまで開催されていた『フランス国立クリュニー中世美術館所蔵 貴婦人と一角獣展』に行って来た。今回も会期ギリギリの滑り込みセーフである。一角獣と言えば幻想絵画好きの人達は、ドイツ文学者で美術評論も数多く手がけた種村季弘氏の『一角獣物語』を思い出すだろう。そして絵画作品ではなんと言っても19世紀フランス象徴主義の画家ギュスターブ・モローの『貴婦人たちと一角獣』を思い浮かべるだろう。一角獣(Unicorn)という白馬の体に長い一本角を持つ空想上の動物は西洋で15世紀まで実際にアフリカ、インド、中国などに生息していると信じられていた。そして古い探検記や動物誌に挿絵入りで紹介されている。シルクロード文化圏ではこれが長い時間の交易により中国に伝わり『麒麟』になったのではないかとも伝えられている。東西文化圏といっても結局はつながっているんだねぇ。西洋では一角獣は告知、啓示、純潔、精神などの象徴であり、絵画などの主題として貴婦人とのペアで表されることが多い。
ひさしぶりの新美術館。展覧会も終盤で混んでいるのではないかと思ったが、それほどでもなかった。上野の山の美術館よりはずっと空いている。会場に入って圧倒されたのは今回のメイン作品である『貴婦人と一角獣』」の6面のタピスリーである。高さ、幅共に3mを超えるその大きさもさることながらさまざまな寓意を盛り込んだ煌びやかで緻密な画面は圧巻でひとつの部屋を囲むように展示されているのだが、物語世界の深い森に迷い込んだような錯覚さえ覚えるような空間を演出していた。原画の作者は15世紀パリで活動していたジャン・ディープルという画家だという。今までもいくつかの中世ヨーロッパ作品の企画展でタピスリーは見てきたが、これほど圧倒されたことはない。デザイン的にも真っ赤な背景に一角獣や貴婦人を中心として周囲に数多く散りばめられ織り込まれた花々、木々、動物、鳥類など時間をかけて何度も回りながら見たのだが飽きることはなかった。タピスリーは織物工芸に属するものだろうが、そんなジャンル分けなど忘れてしまうほど絵画性と密度を併せ持った作品群であった。最後に20世紀初頭に、このタピスリーを見て感動したリルケの連作詩の中から翻訳されたその一部をご紹介しよう。
…彼女たちはその獣を穀物で養うのではなく、
ひたすらに、それが在るという可能性を糧として養った。
そしてそれこそが獣にその身から
額の角を生いはやす力を授けたのだ、一本の角を。
獣は一人の処女の許へと迫りより、
銀の鏡のうちまた彼女のうちに存在した。
-ライナー・マリア・リルケ『オルフォイスによせるソネット』第二部第四歌より
画像はトップがタピスリー『一角獣と貴婦人」部分図(展覧会図録より) 下が同じくタピスリー部分と国立新美術館内部。