長島充-工房通信-THE STUDIO DIARY OF Mitsuru NAGASHIMA

画家・版画家、長島充のブログです。日々の創作活動や工房周辺でのできごとなどを中心に更新していきます。

153.大判木版画を制作する。

2014-07-23 21:09:46 | 版画

今月は日増しに暑さが厳しくなる中、木口木版画の連作と並行して大判木版画の制作をしている。版画家によっていろいろな考え方があると思うが、僕の場合ここ十年ぐらいの傾向として作品のサイズによってテクニックを変えている。大作は板目木版画、中ぐらいのサイズは銅版画、小作品やミニアチュールは木口木版画を主に制作している。

先月中旬から構想を練り、下絵をつめていたもので、画題としては深山幽谷を飛翔するイヌワシである。このサイズの作品となると版画でも絵画でも下絵に時間がかかる。パネル張りした真っ白な画用紙に鉛筆で描画していくのだが、簡単には仕上がらないので、気にいらないと消しゴムで消し、また描いて、また消して…という繰り返し。なかなかアイディアがまとまらない時にはエンドレスな時間が流れて行く。しかしずっと不調ということはこの世界にはない。いつのまにか全体像が見えてきて構想がぱっとまとまる瞬間がある。ここまでくればしめたものだ。

あとはあらかじめ準備しておいた同サイズの版木に完成した下絵をトレースする。彫り跡が解り易いように版木を水彩絵の具などの濃い色で着色してから彫刻刀で彫り始めるのだ。僕は木版画でも銅版画でも彫りの作業が一番好きである。下絵の段階はひたすら産みの苦しみで忍耐の時であり、摺りの作業は単純に労働である。板目木版画の大きな作品を彫り始めた頃はサイズが大きめの彫刻刀でザクザクと彫っていたが、この木版画特有の彫り跡にはまってしまうといわゆる木版画調のステレオタイプの作品になりがちである。いろいろと自分の表現を試行錯誤していった結果、だんだんサイズが小さく刃先の細かい彫刻刀の使用が増えてきた。作業が進み傍らのゴミ箱に木の彫りクズがたまってくるのだが、改めて観察してみると依然と比べてかなり細かくなっている。

画面が大きく、彫りが細かいので制作の進み具合は割合スローペースな方だと思う。朝から夕方まで長時間にわたり、集中力と忍耐力を持続させサクサクと彫っていくことが大切だ。あとは細部を彫るのに必要な低倍率の拡大鏡と心地よいBGMがあれば鬼に金棒である。梅雨明け宣言もされ、さらに暑さが厳しくなる中、そろそろ彫りの作業も一段落となった。あとは上質の和紙に丁寧に本摺りをとるだけである。摺りあがった版画作品は展覧会場で観てください。画像はトップが工房での彫りの作業をする僕。下が左から工房の別方向から写したカット、版木上の彫刻刀、彫刻刀による彫りクズ。

 

      


152.足袋を履く。

2014-07-17 20:07:59 | 日記・日常

絵画や版画の制作をしていると、毎日、食事などの時間を除いて8~10時間ぐらいほとんど同じ体制で座りっぱなしの生活である。

こうした生活を始めた頃はTシャツにジーパン、それに絵の具やインクの汚れ防止に大きめのエプロンというスタイルだった。それが動きにくく感じた頃、ツナギに換えた。これは版画の摺りの作業などには都合が良かったが、まだ動きにくい。と、いうわけで現在は作務衣の上下となった。これが実に快適である。なにより袖と裾がオープンになっているというのがとても楽である。ところが靴下だけは履いていた。一日中座りっぱなしだと、運動不足も重なって靴下のゴムの部分がむくんできて具合が悪い。草履も履いてみたのだが、指の間が痛くなる体質であるらしい。何か良い手はないものかと考えていたところ、連れ合いが「足袋を履いてみたらどうなの?」とアドバイスしてくれた。「…足袋ねぇ、子供の頃の祭の時以来だなぁ、まあ物は試しで履いてみるか」

というわけで、ホームセンターを探し回るがなかなか見つからない。困った時、迷った時のネット頼み。パソコンで検索するとすぐに出てきた。さっそくネット上で購入し履いてみた。初めは床の感触がダイレクトに伝わってくるようで違和感があったのだが、履き慣れてくると、これがクセになる。長い間、悩まされていた足首の浮腫みも治まってきた。この頃では毎日足袋を履く生活である。朝から、上下作務衣に足袋を履き、頭にはラーメン屋の大将が汗よけに巻くターバンのような和風バンダナをして準備完了。この姿で住宅地内を分別ゴミの袋を持って、ごみ捨て場までショタショタと歩いて行く。「おはようございます!」 近所の人は怪訝そうな表情をして「…(絶句)」である。「角の家の長島さんは、平日に家にいて妙ないでたちをしているが、いったいどんな仕事をしているんだろう」と顔に書いてある。ここであえて言わしてもらいますが「けっして怪しいものではございません、善良な市民の一人であります」 足袋効果はてきめんで毎日の作業生活がかなり快適になった。でも、まだ何かできそうだな…お次は下着を『越中〇〇〇〇』にしてみるか、日本人男性にはとても合うらしい(笑)。画像はトップが足袋を履いている両足を上から撮影したところ。下がハゼ(ホック)をはずしたアップ。

 

 


151.『超絶技巧!明治工芸の粋』展

2014-07-10 19:21:19 | 美術館企画展

先月19日。東京の三井記念美術館で開催中の『超絶技巧!明治工芸の粋』展を観に行ってきた。

テレビの某国営放送の美術番組にも出演していたが、監修がM大学教授のY氏である。Y氏と言えば確か江戸時代後期の奇想絵画がご専門だった。今から20数年前、知人の画家を通じて知り合ったのだが、当時は僕も伊藤若冲や曽我蕭白に興味を持っていて、個展のご案内を出したところ観に来てくださり氏の若冲論をお話しいただいたことがあった。最近では美術雑誌やテレビの美術番組出演などでご活躍されていてすっかり大御所になってしまった。そのY氏が珍しく『明治工芸』の企画展の監修である。人とは違った着眼点をお持ちの方なのでこれは普通の工芸展ではないだろう。今まで工芸にはそれほど興味を持ったことがなかったが一度観て置く必要がある。

お恥ずかしい話、日本橋にある三井記念美術館も初めてである。東京駅から歩いてしまったので一汗かかされることになった。ビジネス街や古い建築が立ち並ぶ街区を抜けて美術館入口にたどり着いた。エレベーターで会場に上がり会場に入ると整然と展示された工芸品の数々が出迎えてくれた。七宝、金工、漆工、牙彫、薩摩、印籠など、どれも精緻で驚くべき技巧を施した品々に思わず息をのんで見入ってしまった。どの作品も想像していたよりもかなり小さいものが多く、ポケットに忍ばせておいた近距離用の単眼鏡が威力を発揮してくれた。

展示作品の多くが海外への輸出用に制作されたもので、手の込んでいる作品は一年間ほどかけて制作されたものもあるようだ。なんとも辛抱強い話であるが、その分ギャラもかなり高かったということだ。「職人魂」というのだろうか、細部へのこだわりと完璧と言っても良い手技はどれも圧巻であった。内容が濃すぎて全てを語ることはできないが、その中で特に僕の印象に残ったものは宝石細工のような有線七宝の『桜蝶図平皿』、『刺繍絵画』と称されるリアルな刺繍工芸の数々、気の遠くなるような細かい絵付けの『花紋飾り壺』などなど…。それほど広くない会場にぎっしりと凝縮した細密表現が詰め込まれ、一つの宇宙を構成していた。随分時間をかけて観終ると深いため息が出た。今展をきっかけに明治工芸に目覚めそうな予感がしている。展覧会は今月13日まで。その後、静岡の佐野美術館と山口県立美術館に巡回する。まだご覧になっていない方はこの機会に是非観に行ってください。画像はトップが有線七宝『桜蝶図平皿』。下が左から『花紋飾り壺(部分)』、刺繍絵画『獅子図(部分)』以上展覧会図録からの複写。三井記念美術館建築外観。

 

      

 

 

 


150.ビュランを砥ぐ。

2014-07-04 20:43:30 | 版画

昨年の後半から版画作品の制作を続けている。年末の東京での個展をスタートラインに来年にかけて、地方都市の企画画廊での個展が続く予定となっている。自ら『個展キャラバン』と称している。ブログにアップしようと思うのだが、新作の下絵ができては版を彫り、紙に摺る、その繰り返しなので記事としては単調なものとなってしまう。それから作品は個展会場でリアルで観てもらいたいので、できるだけデジタル画像は載せないようにしている。なので今回は版画の道具の話題である。

版画作品のうち、小品に関して最近は木口木版画を中心に制作している。木口木版画は18世紀のイギリスで生まれた版画技法だが、版を彫る彫刻刀に『ビュラン・Burin』と呼ばれる一般にはあまりなじみの薄い道具を使用する。日本の木版画用の彫刻刀とはデザインが全く異なり、むしろ金工で使用する鏨(たがね)に近い形をしている。それもそのはずこのビュラン、もともとヨーロッパで金銀細工や銅版画の彫刻に使っていたものなのだ。刃先はとても細かく繊細、そして鋭利である。このビュランの砥ぎがなかなか難しい。随分失敗もしてきた。うまく砥ぐには長い間の修練が必要だ。

僕が学生時代、銅版画を習ったH先生は常日頃、学生に「版画というものは半分が画家の仕事で、残りの半分は職人の仕事です」と繰り返し言っていた。このビュランの砥ぎの作業をなどをしていると、この言葉が脳裏に浮かんでくる。まさに職人技そのものである。フランスで1970年代に出版され和訳されたビュランの技法書にも「ビュリニスト(ビュラン作家)は制作に忍耐を要し、その作業は労働であり職人技を必要とする」という意味のことが書かれている。

梅雨の最中、ひさびさにまとめてビュランを砥いだ。長年使い込んだオイルストーンに椿油を塗り、ゆっくりと集中して砥いでいく。いろいろな補助工具も使ってみたが、やはり最も信用がおけるのは、経験と椿油がしみこんだ自分の指先の間隔である。さあ、砥いだビュランも勢揃いしたことだし、新作の彫りに向かうことにしよう。画像はトップがオイルストーンでビュランを砥いでいるところ。下が左からビュランを握る左手、砥ぎの固定用補助工具、道具箱の中の各種ビュラン。