今月は日増しに暑さが厳しくなる中、木口木版画の連作と並行して大判木版画の制作をしている。版画家によっていろいろな考え方があると思うが、僕の場合ここ十年ぐらいの傾向として作品のサイズによってテクニックを変えている。大作は板目木版画、中ぐらいのサイズは銅版画、小作品やミニアチュールは木口木版画を主に制作している。
先月中旬から構想を練り、下絵をつめていたもので、画題としては深山幽谷を飛翔するイヌワシである。このサイズの作品となると版画でも絵画でも下絵に時間がかかる。パネル張りした真っ白な画用紙に鉛筆で描画していくのだが、簡単には仕上がらないので、気にいらないと消しゴムで消し、また描いて、また消して…という繰り返し。なかなかアイディアがまとまらない時にはエンドレスな時間が流れて行く。しかしずっと不調ということはこの世界にはない。いつのまにか全体像が見えてきて構想がぱっとまとまる瞬間がある。ここまでくればしめたものだ。
あとはあらかじめ準備しておいた同サイズの版木に完成した下絵をトレースする。彫り跡が解り易いように版木を水彩絵の具などの濃い色で着色してから彫刻刀で彫り始めるのだ。僕は木版画でも銅版画でも彫りの作業が一番好きである。下絵の段階はひたすら産みの苦しみで忍耐の時であり、摺りの作業は単純に労働である。板目木版画の大きな作品を彫り始めた頃はサイズが大きめの彫刻刀でザクザクと彫っていたが、この木版画特有の彫り跡にはまってしまうといわゆる木版画調のステレオタイプの作品になりがちである。いろいろと自分の表現を試行錯誤していった結果、だんだんサイズが小さく刃先の細かい彫刻刀の使用が増えてきた。作業が進み傍らのゴミ箱に木の彫りクズがたまってくるのだが、改めて観察してみると依然と比べてかなり細かくなっている。
画面が大きく、彫りが細かいので制作の進み具合は割合スローペースな方だと思う。朝から夕方まで長時間にわたり、集中力と忍耐力を持続させサクサクと彫っていくことが大切だ。あとは細部を彫るのに必要な低倍率の拡大鏡と心地よいBGMがあれば鬼に金棒である。梅雨明け宣言もされ、さらに暑さが厳しくなる中、そろそろ彫りの作業も一段落となった。あとは上質の和紙に丁寧に本摺りをとるだけである。摺りあがった版画作品は展覧会場で観てください。画像はトップが工房での彫りの作業をする僕。下が左から工房の別方向から写したカット、版木上の彫刻刀、彫刻刀による彫りクズ。