8/19(日)。千葉県千葉市にある千葉市美術館に於いて開催中の『木版画の神様 平塚運一展』の関連イベント・スペシャル講座に講師として出かけて来た。講座のタイトルは『小さな木版画 - 木口木版画の魅力』というもの。展覧会の版画家である平塚運一氏が若い頃から憧れていた西洋の木版画技法である「木口木版画」について彫り、摺りの実演も交えながら一般の参加者に解説するという内容である。
話は今年の春に遡る。以前、銅版画の制作と作品展示によるワークショップを開催した東京の町田市立国際版画美術館の担当学芸員の方から連絡をいただき「千葉市美術館の平塚運一展の担当学芸員の方が地元千葉県在住で木口木版画技法の解説ができる版画家を探しているのですが長島さん、お引き受け願えないでしょうか?」と尋ねられた。今までにいくつかの美術館や公共施設でこうした解説は行ってきたのでその場で「いいですよ、前向きに考えます」とお返事した。しばらくしてから千葉市美術館の担当学芸員のN女史からメールをいただいたり、工房に来ていただいたりして内容を詰めていったのだが「一般の方にはなじみの薄い版画技法であり、解説だけではなかなか理解しずらいので彫りや摺りの実演も行いましょう」ということに決定した。
その後、講座に向け当日までに平塚運一展を2回観て、僕の祖父母の年代にあたる、この偉大な木版画家の木口木版画作品を中心にじっくり観て彫り方や画面構成を分析した。やはりこの人は大正時代から昭和の初期に起こった「創作版画運動」の中心的な版画家なので木口木版画の彫り方も西洋の伝統を踏まえつつも自由自在な表現となっていた。この創作版画の人たちが唱えたのは「自画(自身で原画を描き)、自刻(自身で版を彫り)、自摺り(自身で摺りあげる)」ということと「彫刻刀を絵筆のように使い絵画を描くように自由に版を彫る(表現する)」ということがその精神であった。
この分析結果から、自分自身が講座で話す内容がほぼ決まった。「では、平塚氏が憧れた原点となった西洋の木口木版画の歴史、伝統まで遡ってこの魅力を浮き彫りにしてみよう」
展覧会案内には、講座への申し込みは美術館への事前申し込みとなっていて定員は40名。応募多数の場合は抽選とする、とされている。ただ、どちらかと言えば地味でマニアックな内容である。当日まで「5人から10人ぐらいの申し込みだったらどうしよう…」と不安だったが、当日の昼、N女史から「定員の倍、80名以上の応募があり半分の希望者が抽選に外れました」と聞いた時、自分でも意外な感じがして内心、ビックリした。
講座は午後の2時から約2時間ほど。途中休憩を入れて前半と後半に分けて解説と実演内容を変えて行った。各内容は以下の通り。
<前半 木口木版画の発祥と歴史・彫版の実演>
・18C末、イギリスの版画家、トマス・ビューイックからこの技法が始まり、19世紀にヨーロッパ中で木口木版画入り挿画本が大流行となったこと。その中心の超人気画家、フランスの画家ギュスターヴ・ドレの作品コピーを用いて描かれている物語の内容と共に技法を解説。引き続きその流行が飛び火してアメリカでもさかんに制作されるようになったことを作品の資料と合わせて解説。そして何故この技法が流行となったか?発祥した原因、必然性まで分析し解説した。さらに日本に伝わった明治期のことや平塚運一の技法についても分析し解説する。
そして、各種ビュランを用いた彫版の実演。僕が15年程前に出会った昭和30年代まで木口木版画の仕事をしていた彫り師のH氏から口伝され譲り受けたビュランによる彫り方なども実演してみせた。
ここで休憩と摺り場の準備。
<後半 木口木版画の摺りの実演>
・板目木版画との摺り用具、摺り方の違いを説明し、実際の版を使用しての摺りの実演を時間いっぱい行った。この時使用した版は僕自身の作品と合わせて彫りのところでも話した彫り師H氏が昭和30年代に新聞などのコマーシャル分野で制作した版(譲り受けたもの)の摺りも行った。
前半、後半と夢中になって話し実演、2時間という持ち時間を30分ほどオーバーしてしまったが、講座中、終了後も参加者から数多くの質問をいただき盛会のうちに終了することができた。
今回、貴重な機会の橋渡しをしていただいた町田市立国際版画美術館の学芸員の方、そして講座の事前打ち合わせや会場設営などでお世話になった千葉市美術館の担当学芸員の方々、そして酷暑の中、ご応募、ご参加いただいた参加者のみなさんにこの場をお借りして御礼申し上げます。ありがとうございました。
※千葉市美術館の『木版画の神様 平塚運一展』は9/9(日)まで開催しています。初期の浮世絵版画に学んだ色彩木版画、小さく繊細な木口木版画、晩年の力強い白黒板目木版画等、たいへん見応えのある良い展覧会です。まだご覧になっていない版画ファン、アートファンの皆様、この機会をお見逃しなく。
画像はトップがスペシャル講座の会場のようす。下が向かって左から講座風景、平塚運一展ポスター、千葉市美術館外観など。
話は今年の春に遡る。以前、銅版画の制作と作品展示によるワークショップを開催した東京の町田市立国際版画美術館の担当学芸員の方から連絡をいただき「千葉市美術館の平塚運一展の担当学芸員の方が地元千葉県在住で木口木版画技法の解説ができる版画家を探しているのですが長島さん、お引き受け願えないでしょうか?」と尋ねられた。今までにいくつかの美術館や公共施設でこうした解説は行ってきたのでその場で「いいですよ、前向きに考えます」とお返事した。しばらくしてから千葉市美術館の担当学芸員のN女史からメールをいただいたり、工房に来ていただいたりして内容を詰めていったのだが「一般の方にはなじみの薄い版画技法であり、解説だけではなかなか理解しずらいので彫りや摺りの実演も行いましょう」ということに決定した。
その後、講座に向け当日までに平塚運一展を2回観て、僕の祖父母の年代にあたる、この偉大な木版画家の木口木版画作品を中心にじっくり観て彫り方や画面構成を分析した。やはりこの人は大正時代から昭和の初期に起こった「創作版画運動」の中心的な版画家なので木口木版画の彫り方も西洋の伝統を踏まえつつも自由自在な表現となっていた。この創作版画の人たちが唱えたのは「自画(自身で原画を描き)、自刻(自身で版を彫り)、自摺り(自身で摺りあげる)」ということと「彫刻刀を絵筆のように使い絵画を描くように自由に版を彫る(表現する)」ということがその精神であった。
この分析結果から、自分自身が講座で話す内容がほぼ決まった。「では、平塚氏が憧れた原点となった西洋の木口木版画の歴史、伝統まで遡ってこの魅力を浮き彫りにしてみよう」
展覧会案内には、講座への申し込みは美術館への事前申し込みとなっていて定員は40名。応募多数の場合は抽選とする、とされている。ただ、どちらかと言えば地味でマニアックな内容である。当日まで「5人から10人ぐらいの申し込みだったらどうしよう…」と不安だったが、当日の昼、N女史から「定員の倍、80名以上の応募があり半分の希望者が抽選に外れました」と聞いた時、自分でも意外な感じがして内心、ビックリした。
講座は午後の2時から約2時間ほど。途中休憩を入れて前半と後半に分けて解説と実演内容を変えて行った。各内容は以下の通り。
<前半 木口木版画の発祥と歴史・彫版の実演>
・18C末、イギリスの版画家、トマス・ビューイックからこの技法が始まり、19世紀にヨーロッパ中で木口木版画入り挿画本が大流行となったこと。その中心の超人気画家、フランスの画家ギュスターヴ・ドレの作品コピーを用いて描かれている物語の内容と共に技法を解説。引き続きその流行が飛び火してアメリカでもさかんに制作されるようになったことを作品の資料と合わせて解説。そして何故この技法が流行となったか?発祥した原因、必然性まで分析し解説した。さらに日本に伝わった明治期のことや平塚運一の技法についても分析し解説する。
そして、各種ビュランを用いた彫版の実演。僕が15年程前に出会った昭和30年代まで木口木版画の仕事をしていた彫り師のH氏から口伝され譲り受けたビュランによる彫り方なども実演してみせた。
ここで休憩と摺り場の準備。
<後半 木口木版画の摺りの実演>
・板目木版画との摺り用具、摺り方の違いを説明し、実際の版を使用しての摺りの実演を時間いっぱい行った。この時使用した版は僕自身の作品と合わせて彫りのところでも話した彫り師H氏が昭和30年代に新聞などのコマーシャル分野で制作した版(譲り受けたもの)の摺りも行った。
前半、後半と夢中になって話し実演、2時間という持ち時間を30分ほどオーバーしてしまったが、講座中、終了後も参加者から数多くの質問をいただき盛会のうちに終了することができた。
今回、貴重な機会の橋渡しをしていただいた町田市立国際版画美術館の学芸員の方、そして講座の事前打ち合わせや会場設営などでお世話になった千葉市美術館の担当学芸員の方々、そして酷暑の中、ご応募、ご参加いただいた参加者のみなさんにこの場をお借りして御礼申し上げます。ありがとうございました。
※千葉市美術館の『木版画の神様 平塚運一展』は9/9(日)まで開催しています。初期の浮世絵版画に学んだ色彩木版画、小さく繊細な木口木版画、晩年の力強い白黒板目木版画等、たいへん見応えのある良い展覧会です。まだご覧になっていない版画ファン、アートファンの皆様、この機会をお見逃しなく。
画像はトップがスペシャル講座の会場のようす。下が向かって左から講座風景、平塚運一展ポスター、千葉市美術館外観など。