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昭和正論座

2012-07-21 23:56:55 | インポート
 京都産業大教授・若泉敬 昭和55年12月17日掲載

■財政再建 “国の破産”回避に勇断を
 ◆政治目標厳しく限定せよ
 国家指導者として成功するための条件として、文明史家アーノルド・トインビーは第一に勇気、第二に私欲のないこと、第三に他人の考えや気持ちを敏感にとらえる直観力、そして第四に厳密に限定された目標を迷わずに追求することをあげている(傍点筆者、『日本の活路』より)。 わが国が直面する内外の試練と課題は山積しており、いずれも容易ならざるものがあるだけに、一体どこからどのように手をつけたらよいのか、真剣に考えれば考えるほど思案投げ首になりかねない。こうした状況下で、国民の命運を担う一国の宰相にとって肝要なのは、大局的観点から国策の優先順位を明確にし、トインビーの言うごとく、自己の為(な)さんとする政治目標を厳しく限定することであろう。そして一旦決めたその目標は、不退転の決意で断じてやり遂げることである。
 「河を渡り、橋を焼いて落としてしまったから、国債二兆円減額は絶対に成し遂げる」(十二月一日、内閣記者会との懇談で)と財政再建にかける決意のほどを語った鈴木総理は、十二月四日には予算編成に苦慮している大蔵省に自ら乗り込んで訓示、激励したという。マスコミ等では政治理念もリーダーシップも稀薄(きはく)だと批判されてきた鈴木総理だが、最近の言動をみていると財政再建に賭ける並々ならぬ意欲が感じられる。そのことを心強く歓迎する筆者は、総理の全政治生命を「財政再建」の一点に絞って献身してほしいと切に願う次第である。多くの識者が、いま抜本的な施策を講じない限り、数年先には財政の破綻のみならず、やがて国家的破産状態が到来するのは目にみえていると言う。そのようなカタストロフィー(大破局)は何としても回避しなくてはならない。
 ◆既得権に大ナタ振るえ
 財政再建が至難の大事業であるのは、管見をもってすれば、戦後三十五年間の経済成長至上主義下で培われてきた国民の“精神構造”に根ざす本質的なところに由来しているからである。既得権にしがみついて離さないすさまじいエゴイズムや際限のない物質的欲望の追求などは、末期的なガン細胞の異常増殖を思わせるものがある。そうした選挙民の歓心を買わなければ票の取れない政治家は、なりふり構わぬ圧力団体に屈し、調子のいい公約を乱発して国民の甘えやタカリの心理を増幅させ、これらによる悪しき相乗効果は、肥大化する補助金、ばらまき福祉、水ぶくれした公共事業等をもたらし、構造的な財政赤字をいよいよ致命的なものにしていく。
 もしそうだとしたら、何としても、真綿で国民の首を締めるこの怖(おそ)るべき悪循環にいま歯止めをかけなくてはならない。国家指導者には、時には「出来ないことは出来ない」とはっきり言い切る勇気が求められる。「子孫のため、生活水準を切り下げてでも暫(しば)し我慢してもらいたい」、「何でもすぐ国に頼るのではなく、まず自助独歩の努力をしてほしい」といった訴えも必要であろう。それらのことは同時に、われわれが戦後見失っていた貴重な何物かを回復しようという呼びかけでもあるといえよう。
 「入るを量りて出ずるを為す」べきだと筆者は素朴に信ずる者である。もちろん、真の財政再建とは、これから一九八〇年代の苛烈な国際環境に生き抜く日本の国家戦略の策定がその大前提をなすもので、そこから基本的に財政の果たす役割と方向づけが示された上でのものでなくてはなるまい。「財政再建法」の制定が求められる所以(ゆえん)である。
 しかし、当面の必須課題は昭和五十九年度までに赤字国債をゼロにすることであり、そのため不可欠なのは既得権に大鉈(なた)を振るう荒療治である。まず、いかなる抵抗をも排し思い切った行政改革(つまりチープ・アンド・スモール・ガバメント)を断行する。新経済社会七カ年計画も根本から見直す。歳出の合理化と圧縮のため三K赤字は言うまでもなく、公共事業や医療等に鋭くメスを入れ膿血を出し切る。教育も防衛もすべてにわたって聖域は一切認めないことだ。国が破産してから、福祉や文教を、安全保障や国際的役割を論じてみても始まらないではないか。
 生真面目でその誠実な人柄に好感が持たれ、また“調整能力”に定評のある鈴木総理は、冒頭の四条件のうち、第二、第三は充足し得るように見受けられる。要は、鈴木「財政再建」内閣に徹して、大いなる勇気と指導性を発揮し実践躬行してもらうことだと考える。総論賛成でも、各論に及ぶと猛反発が予想され、おそらく総理(および蔵相)は四面楚歌(しめんそか)、とても「和の政治」どころではなくなるだろう。
 ◆窮状率直に語りかけよ
 そこで最後に一つ、具体的な提言を試みたい。昭和五十六年を本気で「財政再建元年」にしようとするのであれば、新しい年の初めに当たって、鈴木総理は自らテレビ・ラジオを通じて、直接、国民に面と向かって(恒例番組『総理と語る』の如く評論家相手の横顔スタイルでなく)、率直大胆に実情と展望を語り、必要な犠牲と代償に基づく協力を求めるアピールを行ってはどうだろうか。先憂後楽の心境で、自らその“人柱”たらんとの決意を秘めて真摯(しんし)に語りかけるならば、心ある国民は必ずや傾聴し呼応するであろうと筆者は信じて疑わない。後世の歴史から責任を問われるのは、決して為政者だけではないからである。(わかいずみ けい)

 【視点】調子のよい公約を乱発し、国民の甘えやタカリの心理を増幅させ、そして肥大化する補助金、ばらまき福祉、水ぶくれした公共事業が国家をダメにする。以上は若泉敬氏が、当時の鈴木内閣にぶつけた警鐘だった。有権者の歓心を買おうとする政治は、民主党政権になっても変わらない。財源を無視してバラマキ・マニフェストを掲げた民主党はそれ以上か。野田内閣が修正して消費税増税を狙うと、党内バラマキ派が「国民生活が第一」の呪文とともに分派して新党をつくった。集票のためには「入るを量りて出ずるを為す」などは考えない。これに対して、国家のために不退転の決意で、大ナタを振るえと若泉氏はいっている。