9月3日(土)は、小田原駅から歩いて15分程で行ける相模湾の「御幸の浜海岸」にある「荒久の灯台」に行ってみました。
これまで「御幸の浜海岸」は、今年6月の「小田原宿場祭り~松原神社」などで行ったことはありますが「荒久の灯台」に行くのは初めてです。
尚、御幸の浜(みゆきのはま)は、明治6年(1873)、明治天皇と皇后がお揃いで、当海浜において漁夫の地引網をご覧になり、以来、「御幸の浜」と呼ばれるようになったみたいです。
<小田原駅>
小田急線小田原駅の改札階に着きましたが、今日はイベントの展示物はありませんでした。
取り敢えず、小田急ロマンスカーVSEパネルを撮ってみました。
駅のコンコースに出ると、小田原提灯があったのでアップで撮ってみました。
ベストリアンデッキの手前に、二宮尊徳(金次郎)像が建っていました。
折角なので、金次郎像と解説をアップで撮ってみました。
ベストリアンデッキに出ると、モミジアオイ(紅葉葵?)の鉢植がありました。
取り敢えず、モミジアオイ越しに小田原城を撮ってみました。
折角なので、小田原城を倍率を上げて撮ってみました。
ラスカ小田原をバックに、モミジアオイをアップで撮ってみました。
折角なので、鉢植えのモミジアオイをアップで撮ってみました。
別角度からモミジアオイをアップで撮ってみました。
近くにあった周辺案内図で「御幸の浜海岸」を確認しました。
取り敢えず、小田原駅東口からバス通りを通って、東海道(国道1号線)に出ることにしました。
<交差点「小田原市民会館前」に向かう>
商店街を歩いていると、店前に忍者がいる「ういろう駅前調剤薬局店」がありました。
折角なので、店前に行って忍者をアップで撮ってみました。
国道255号線沿いの市営駐車場の前に遣って来ると、ここにもモミジアオイがありました。
折角なので、モミジアオイをアップで撮ってみました。
⇒ モミジアオイは小田原と関係あるのですかね!?
国道の向かい側に、唐破風入母屋造りの日本料理店「だるま」があったので撮ってみました。
国の有形登録文化財に指定されている「だるま料理店」をアップで撮ってみました。
国道255号線が東海道と合流する交差点「小田原市民会館前」に着きました。
交差点に、中央労働金庫小田原支店があったので撮ってみました。
ギリシャ神殿風の銀行建物をアップで撮ってみました。
尚、この建物は、旧明和銀行の本店として使われていたようです。
近くに、「江戸時代の小田原」・「周辺案内図」があったので撮ってみました。
取り敢えず、周辺案内図で「御幸の浜海岸」を確認しました。
<御幸の浜海岸に向かう>
東海道に出て5分程歩くと。小田原宿「なりわい交流館」に着きました。
「なりわい交流館」に行ってみると、小田原蒲鉾「食べ歩きグルメマップ」があったので撮ってみました。
「食べ歩きグルメマップ」には、食べ歩き蒲鉾を販売しているお店12軒が載っていました。
帰り掛けに、時間があれば蒲鉾の食べ歩きをしてみます。
折角なので、「なりわい交流館」の休憩室を撮ってみました。
「なりわい交流館」の前に、小田原宿・周辺案内図があったので「御幸の浜海岸」を確認しました。
東海道の先に行って、最初の通りを左に曲って「御幸の浜海岸」に行ってみました。
<徳常院(とくじょういん)>
通りを暫く歩くと、右側に曹洞宗の徳常院があったので入ってみました。
境内に入ると、稲荷社があったので撮ってみました。
案内板「徳常院(曹洞宗)の大仏」があったので撮ってみました。
この案内板には、大仏がここにある謂れが書かれていました。
この大仏には、江戸駒込八百屋お七の恋人、吉祥寺の寺小姓吉三郎がお七の菩提を弔う為に造った大きな地蔵尊と云う伝説があります。
又、ご覧のようなお地蔵さんがあったので撮ってみました。
折角なので、本堂に行ってお参りすることにしました。
扁額が掛かっている本堂の正面を撮ってみました。
取り敢えず、山号「龍珠山」をアップで撮ってみました。
本堂でお参りしてから内部を撮らせて頂きました。
ついでに、祭壇も撮らせて頂きました。
本堂でお参りしてから、大仏が祀られている地蔵堂に行ってみました。
地蔵堂に、扁額「延命地蔵尊」が掛かっていたので撮ってみました。
別称「吉三地蔵」をもつ銅製の延命地蔵尊をアップで撮ってみました。
境内に、ご覧のような六地蔵があったので撮ってみました。
又、大きな桜(?)の木があったので撮ってみました。
<御幸の浜海岸>
徳常院を後に先に行くと、「御幸の浜海岸」に出れるトンネル「海への扉」がありました。
尚、トンネルの上には西湘バイパスが通っています。
トンネルに着いたので入り口を撮ってみました。
取り敢えず、トンネルの内部をアップで撮ってみました。
トンネルを出ると、左側に岩場があったのでアップで撮ってみました。
正面に、ご覧のような相模湾が見えたので撮ってみました。
折角なので、海辺に打ち寄せる波を撮ってみました。
更に、打ち寄せる波を倍率を上げて撮ってみました。
ご覧のような海辺を歩いて「荒久の灯台」に行ってみることにしました。
海辺は、小石がゴロゴロして歩きづらいので波打ち際を歩くことにしました。
取り敢えず、波打ち際を撮ってみました。
振り返ると、三浦半島が見えたので倍率を上げて撮ってみました。
折角なので、波打ち際を倍率を上げて撮ってみました。
ついでに、歩いて来た波打ち際をアップで撮ってみました。
海岸線の先に「荒久の灯台」が見える海辺に遣って来ました。
折角なので、倍率を上げて撮ってみました。
小石がゴロゴロしている海辺をアップで撮ってみました。
「荒久の灯台」が見える海辺に遣って来たので倍率を上げて撮ってみました。
ついでに、波が打ち寄せる海辺を撮ってみました。
「荒久の灯台」に人がいたのでアップで撮ってみました。
<荒久の灯台(あらくのとうだい)>
「荒久の灯台」の階段の下に着きましたが、「御幸の浜海岸」を歩き始めてから15分程でした。
階段を上ると、ご覧のようなタイルが敷き詰めらていました。
タイル画の富士山をアップで撮ってみました。
折角なので、歩いて来た海岸をアップで撮ってみました。
取り敢えず、「荒久の灯台」を撮ってみました。
灯台の近くに行って、「荒久の灯台」をアップで撮って見ました。
灯台に漫画が描かれていましたが、誰の漫画なのか分かりませんでした。
灯台の先に行って岩場を撮ってみました。
ついでに、岩場をアップで撮ってみました。
折角なので、灯台の先に見えた相模湾を撮ってみました。
相模湾の右側に、釣り船が見えたのでアップで撮ってみました。
倍率を上げて撮って見ましたが、釣り船「海真丸」のようでした。
右側に、相模湾が見えたのでアップで撮ってみました。
灯台通路の波消ブロック(?)が見えたので撮ってみました。
歩いて来た海岸が見えたのでアップで撮ってみました。
ついでに、左側の波消ブロックを撮ってみました。
海岸の奥に、西湘バイパスの遮音壁(?)が見えたのでアップで撮ってみました。
西湘バイパスの奥に、早川ICが見たのでアップで撮ってみました。
「荒久の灯台」からは、歩きづらい海辺に戻らないで西湘バイパスの方に行ってみました。
<御幸の浜通り>
西湘バイパスの下に着いたので、西湘バイパスの下を撮って撮ってみました。
反対側に、「御幸の浜海岸(?)」の絵があったので撮ってみました。
西湘バイパスの下にあった階段を上って「御幸の浜通り」に行ってみました。
「御幸の浜通り」に出ると、周辺案内図「御幸の浜」があったので現在地(左中央下)を確認しました。
「御幸の浜通り」を小田原城方面に行って、「かまぼこ通り」に出ることにしました。
<妙泉寺(みょうせんじ)>
「御幸の浜通り」を暫く歩くと、妙泉寺の山門があったので入ってみました。
参道を通って、妙泉寺の境内に行ってみました。
参道を歩いていると、仁王様の像があったので撮ってみました。
境内に着くと、正面に毘沙門天堂があったので撮ってみました。
毘沙門天堂内には、大毘沙門天王が安置されているようでした。
毘沙門天堂の扁額「普光苑」を撮ってお参りをしました。
毘沙門天堂の前に、大毘沙門天王(?)があったのでアップで撮ってみました。
左側に、日蓮上人像と虎(?)の置き物があったのでアップで撮ってみました。
毘沙門天堂の左側に、本堂があったので入り口を撮ってみました。
本堂に掛かっていた山号「大恩山」をアップで撮ってみました。
お参りしてから、虹梁の上の龍の彫り物をアップで撮ってみました。
境内に、観音菩薩と不動明王(?)があったのでアップで撮ってみました。
大木の後ろに、ご覧のよう霊山閣釈迦堂がありました。
珍しい形の霊山閣釈迦堂だったのでアップで撮ってみました。
境内の奥から本堂が見えたので撮ってみました。
<かまぼこ通り>
妙泉寺を後に「御幸の浜通り」の先に行くと、「かまぼこ通り」があったので行ってみました。
案内板「かまぼこ通り」が出ていましたが、蒲鉾の食べ歩きは出来そうにありませんでした。
仕方がないので、東海道に出て来た道を戻ることにしました。
小田原駅東口の近くに遣って来ると、寿司店「魚がし」があったので久しぶりに入ってみました。
今回の「小田原:御幸の浜」は、初めて「荒久の灯台」に行けて良かったのですが、蒲鉾の食べ歩きが出来なかったのは残念です。
又、炎天下の中を歩いたので途中で何回か頭がクラクラ(初期の熱中症?)しました。
尚、万歩計は、それなりに歩いたので17,000歩を超えていました。
これまで「御幸の浜海岸」は、今年6月の「小田原宿場祭り~松原神社」などで行ったことはありますが「荒久の灯台」に行くのは初めてです。
尚、御幸の浜(みゆきのはま)は、明治6年(1873)、明治天皇と皇后がお揃いで、当海浜において漁夫の地引網をご覧になり、以来、「御幸の浜」と呼ばれるようになったみたいです。
<小田原駅>
小田急線小田原駅の改札階に着きましたが、今日はイベントの展示物はありませんでした。
取り敢えず、小田急ロマンスカーVSEパネルを撮ってみました。
駅のコンコースに出ると、小田原提灯があったのでアップで撮ってみました。
ベストリアンデッキの手前に、二宮尊徳(金次郎)像が建っていました。
折角なので、金次郎像と解説をアップで撮ってみました。
ベストリアンデッキに出ると、モミジアオイ(紅葉葵?)の鉢植がありました。
取り敢えず、モミジアオイ越しに小田原城を撮ってみました。
折角なので、小田原城を倍率を上げて撮ってみました。
ラスカ小田原をバックに、モミジアオイをアップで撮ってみました。
折角なので、鉢植えのモミジアオイをアップで撮ってみました。
別角度からモミジアオイをアップで撮ってみました。
近くにあった周辺案内図で「御幸の浜海岸」を確認しました。
取り敢えず、小田原駅東口からバス通りを通って、東海道(国道1号線)に出ることにしました。
<交差点「小田原市民会館前」に向かう>
商店街を歩いていると、店前に忍者がいる「ういろう駅前調剤薬局店」がありました。
折角なので、店前に行って忍者をアップで撮ってみました。
国道255号線沿いの市営駐車場の前に遣って来ると、ここにもモミジアオイがありました。
折角なので、モミジアオイをアップで撮ってみました。
⇒ モミジアオイは小田原と関係あるのですかね!?
国道の向かい側に、唐破風入母屋造りの日本料理店「だるま」があったので撮ってみました。
国の有形登録文化財に指定されている「だるま料理店」をアップで撮ってみました。
国道255号線が東海道と合流する交差点「小田原市民会館前」に着きました。
交差点に、中央労働金庫小田原支店があったので撮ってみました。
ギリシャ神殿風の銀行建物をアップで撮ってみました。
尚、この建物は、旧明和銀行の本店として使われていたようです。
近くに、「江戸時代の小田原」・「周辺案内図」があったので撮ってみました。
取り敢えず、周辺案内図で「御幸の浜海岸」を確認しました。
<御幸の浜海岸に向かう>
東海道に出て5分程歩くと。小田原宿「なりわい交流館」に着きました。
「なりわい交流館」に行ってみると、小田原蒲鉾「食べ歩きグルメマップ」があったので撮ってみました。
「食べ歩きグルメマップ」には、食べ歩き蒲鉾を販売しているお店12軒が載っていました。
帰り掛けに、時間があれば蒲鉾の食べ歩きをしてみます。
折角なので、「なりわい交流館」の休憩室を撮ってみました。
「なりわい交流館」の前に、小田原宿・周辺案内図があったので「御幸の浜海岸」を確認しました。
東海道の先に行って、最初の通りを左に曲って「御幸の浜海岸」に行ってみました。
<徳常院(とくじょういん)>
通りを暫く歩くと、右側に曹洞宗の徳常院があったので入ってみました。
境内に入ると、稲荷社があったので撮ってみました。
案内板「徳常院(曹洞宗)の大仏」があったので撮ってみました。
この案内板には、大仏がここにある謂れが書かれていました。
この大仏には、江戸駒込八百屋お七の恋人、吉祥寺の寺小姓吉三郎がお七の菩提を弔う為に造った大きな地蔵尊と云う伝説があります。
又、ご覧のようなお地蔵さんがあったので撮ってみました。
折角なので、本堂に行ってお参りすることにしました。
扁額が掛かっている本堂の正面を撮ってみました。
取り敢えず、山号「龍珠山」をアップで撮ってみました。
本堂でお参りしてから内部を撮らせて頂きました。
ついでに、祭壇も撮らせて頂きました。
本堂でお参りしてから、大仏が祀られている地蔵堂に行ってみました。
地蔵堂に、扁額「延命地蔵尊」が掛かっていたので撮ってみました。
別称「吉三地蔵」をもつ銅製の延命地蔵尊をアップで撮ってみました。
境内に、ご覧のような六地蔵があったので撮ってみました。
又、大きな桜(?)の木があったので撮ってみました。
<御幸の浜海岸>
徳常院を後に先に行くと、「御幸の浜海岸」に出れるトンネル「海への扉」がありました。
尚、トンネルの上には西湘バイパスが通っています。
トンネルに着いたので入り口を撮ってみました。
取り敢えず、トンネルの内部をアップで撮ってみました。
トンネルを出ると、左側に岩場があったのでアップで撮ってみました。
正面に、ご覧のような相模湾が見えたので撮ってみました。
折角なので、海辺に打ち寄せる波を撮ってみました。
更に、打ち寄せる波を倍率を上げて撮ってみました。
ご覧のような海辺を歩いて「荒久の灯台」に行ってみることにしました。
海辺は、小石がゴロゴロして歩きづらいので波打ち際を歩くことにしました。
取り敢えず、波打ち際を撮ってみました。
振り返ると、三浦半島が見えたので倍率を上げて撮ってみました。
折角なので、波打ち際を倍率を上げて撮ってみました。
ついでに、歩いて来た波打ち際をアップで撮ってみました。
海岸線の先に「荒久の灯台」が見える海辺に遣って来ました。
折角なので、倍率を上げて撮ってみました。
小石がゴロゴロしている海辺をアップで撮ってみました。
「荒久の灯台」が見える海辺に遣って来たので倍率を上げて撮ってみました。
ついでに、波が打ち寄せる海辺を撮ってみました。
「荒久の灯台」に人がいたのでアップで撮ってみました。
<荒久の灯台(あらくのとうだい)>
「荒久の灯台」の階段の下に着きましたが、「御幸の浜海岸」を歩き始めてから15分程でした。
階段を上ると、ご覧のようなタイルが敷き詰めらていました。
タイル画の富士山をアップで撮ってみました。
折角なので、歩いて来た海岸をアップで撮ってみました。
取り敢えず、「荒久の灯台」を撮ってみました。
灯台の近くに行って、「荒久の灯台」をアップで撮って見ました。
灯台に漫画が描かれていましたが、誰の漫画なのか分かりませんでした。
灯台の先に行って岩場を撮ってみました。
ついでに、岩場をアップで撮ってみました。
折角なので、灯台の先に見えた相模湾を撮ってみました。
相模湾の右側に、釣り船が見えたのでアップで撮ってみました。
倍率を上げて撮って見ましたが、釣り船「海真丸」のようでした。
右側に、相模湾が見えたのでアップで撮ってみました。
灯台通路の波消ブロック(?)が見えたので撮ってみました。
歩いて来た海岸が見えたのでアップで撮ってみました。
ついでに、左側の波消ブロックを撮ってみました。
海岸の奥に、西湘バイパスの遮音壁(?)が見えたのでアップで撮ってみました。
西湘バイパスの奥に、早川ICが見たのでアップで撮ってみました。
「荒久の灯台」からは、歩きづらい海辺に戻らないで西湘バイパスの方に行ってみました。
<御幸の浜通り>
西湘バイパスの下に着いたので、西湘バイパスの下を撮って撮ってみました。
反対側に、「御幸の浜海岸(?)」の絵があったので撮ってみました。
西湘バイパスの下にあった階段を上って「御幸の浜通り」に行ってみました。
「御幸の浜通り」に出ると、周辺案内図「御幸の浜」があったので現在地(左中央下)を確認しました。
「御幸の浜通り」を小田原城方面に行って、「かまぼこ通り」に出ることにしました。
<妙泉寺(みょうせんじ)>
「御幸の浜通り」を暫く歩くと、妙泉寺の山門があったので入ってみました。
参道を通って、妙泉寺の境内に行ってみました。
参道を歩いていると、仁王様の像があったので撮ってみました。
境内に着くと、正面に毘沙門天堂があったので撮ってみました。
毘沙門天堂内には、大毘沙門天王が安置されているようでした。
毘沙門天堂の扁額「普光苑」を撮ってお参りをしました。
毘沙門天堂の前に、大毘沙門天王(?)があったのでアップで撮ってみました。
左側に、日蓮上人像と虎(?)の置き物があったのでアップで撮ってみました。
毘沙門天堂の左側に、本堂があったので入り口を撮ってみました。
本堂に掛かっていた山号「大恩山」をアップで撮ってみました。
お参りしてから、虹梁の上の龍の彫り物をアップで撮ってみました。
境内に、観音菩薩と不動明王(?)があったのでアップで撮ってみました。
大木の後ろに、ご覧のよう霊山閣釈迦堂がありました。
珍しい形の霊山閣釈迦堂だったのでアップで撮ってみました。
境内の奥から本堂が見えたので撮ってみました。
<かまぼこ通り>
妙泉寺を後に「御幸の浜通り」の先に行くと、「かまぼこ通り」があったので行ってみました。
案内板「かまぼこ通り」が出ていましたが、蒲鉾の食べ歩きは出来そうにありませんでした。
仕方がないので、東海道に出て来た道を戻ることにしました。
小田原駅東口の近くに遣って来ると、寿司店「魚がし」があったので久しぶりに入ってみました。
今回の「小田原:御幸の浜」は、初めて「荒久の灯台」に行けて良かったのですが、蒲鉾の食べ歩きが出来なかったのは残念です。
又、炎天下の中を歩いたので途中で何回か頭がクラクラ(初期の熱中症?)しました。
尚、万歩計は、それなりに歩いたので17,000歩を超えていました。