今日は雨の予報でしたが、晴れています。
空模様が気になりながらも、洗濯物を干し、畑の草引きです。
目標が近づき、楽しくなっています。
今日は楽しくない話題で恐縮ですが、苦手な方はスルーしてください。私自身の無知の反省文です。
小さな花と実が見えますか?
テレビで、家族に認知症患者の居られる お医者様のお話がありました。
認知症の確定は難しいと言います。本人には解らないと言いますが、「そうでは無い。」と仰います。
自分でも自分のことが、変である。行動に自信が持てないなどの自覚がある。そうです。
自分で自分が変?って感じる事は、さぞ不安な事でしょう。
ハハ(姑)も、「このままだと変になる。家にばかり居たらいけない。デイサービスに行く。」と、言い出したのです。
不安な思いで、どうにか解決を、、でも認知症と認めたくない。ましてや家族に、そう思われたくはない。
一人悶々としていたのだと思います。
それまでハハ(姑)との付き合いを出来るだけ避けていました。そのいきさつは後日、
絶ったのではなく、出来るだけ、係わらないでおこう、行く度、悔しい思いをしていましたから、、
そんな中、不思議と思うことが増えてきました。
今までは、義妹にもとハハ(姑)に言付ければ、義妹が立ち寄った時に渡してもらえたのです。
義妹に、ついでの時にといっておけば、買い物などのついでに寄るなど、、それで済んでいました。
それが負担になったようなのです。義妹から、「直接貰いによるから、預けないで、」と言われました。
それが、どんな状態だったのか、深く聞くこともしませんでしたが、何故?でした。
今思うと、預かった事を忘れてしまう、覚えていられない。義妹が取りにきても思い出せない。
預かったものを見ても、なんなのか?何故ここにあるのか解らない。
覚えてる自信がなくなって、不安で仕方なかったのでしょうね。
掛かってきた電話に出られなかった。と、我が家からの電話では?と確認の電話が頻繁になりました。
義妹宅には勿論、他の親戚にも確認の電話をするようになったのです。
で、着信記録が付いた電話に換えしました。
けど、使い方を覚えられない。 これは、たんに機会に弱いと片付けておりました。
で、家にいることの多い私が、その都度呼びつけられ、着信記録の確認をするのですが、
ずっと、着信は無いのです。
私達もですが、たぶん義妹たちもハハ(姑)に電話しないようにしていました。
もし行き違いがあって、ハハ(姑)を不安にさせてはいけないと思ったからです。
「着信は無いようですよ。」 と、言っても、ハハ(姑)は納得せず、私が操作出来ないからと決め付け、
「どうせ解らんと思た。」の捨て台詞、
呼びつけられ、叱られたのでは、私にしても不愉快です。
『思ったんだったら、呼ばなきゃ良いでしょ』って、心の叫びです。認知症や幻聴などとは思いも寄りませんでした。
ちょうどハハ(姑)ンチの勝手口で立ち話中、電話が掛かってきたことがありました。
ハハ(姑)に、「電話ですよ。」って、言っても聞こえないようなのです。不思議な顔をして出ようとしません。
仕方がないので、私が駆け込んだのですが間に合わなかったことがありました。
この音が聞こえないの、、、どういうこと?
ハハ(姑)はハハ(姑)で、確かに聞いた電話が誰のものか解らず、掛かってもいないと言われ
たぶん、自分ではすぐに出たつもりの電話も応答がないってことが度重なっていたのでしょう。
だったら不安ですよね、だから、あんなに、しつこく掛けた先を調べようとしたのだと納得できます。
更に、その医師の話し、
そんな自分の行動を隠そうとするのだそうです。
その点も納得できます。私が操作を知らない所為と決め付ける事で自己防衛してたのでしょう。
その時、もっと認知症の知識があれば、「私が掛けたけど、大した用事じゃなかった。」とか、
「知らない番号だから、間違い電話でしょう。」とか、、言ってあげる知恵があれば、
少しは不安を取ってあげられたのに、と思ったのでした。