ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

気仙沼だよおッ母さん

2015-02-06 08:11:59 | 雑談
母の葬儀を終え、気仙沼に来ています。

葬儀には石巻や気仙沼からもお花や弔電を頂き、伊豆の教え子たちも何人か参列してくださいました。まことにありがとうございました。この場を借りて御礼申しあげます。m(__)m

普段お寺とはおつきあいのない ぬえ家。突然の死だったもので、慌ただしいことではありましたが、それでも見ず知らずのお坊さんに母をゆだねる事が ぬえにはどうしてもできず、ぬえの発案で伊豆で懇意にさせて頂いている願成就院の小崎祥道住職さまに わざわざ東京までお出まし頂き、葬儀の導師をお勤め頂きました。子ども能からのご縁で ぬえが個人的に長くおつきあいをさせて頂いている願成就院さまですが、これはまったくの偶然で、ぬえ家と同じ宗派のお寺だったのです。

小崎住職さまには心のこもった美しい法名を頂き、遠方からお出まし頂いたのにお疲れの色も見せず法要をお勤め頂き、親族一同も大変喜んでおります。

それにしても。。親を亡くすということが、こんなに悔いの残ることだとは想像もしていなかったです。自分を責め続けてしまって。

そんな気分のまま気仙沼に来てしまいました。以前からの計画だったとはいえ、どうなることかと思ったけれど。。ひとつにはお花を頂いた方々へお礼のご挨拶をすることができまして、これはよかったです。もちろん みなさん全員にお目に掛かることはできず、鹿折復幸マートの由美子しゃんと、いつもプロジェクトの活動に献身的に協力してくださり、「気仙沼支部事務局長」にまで上り詰めた(笑) 緑さん、それから児童劇団「うを座」の夏帆さんにご挨拶に廻らせて頂きました。

マートでは由美子しゃんが連絡してくださり、急遽 ゆかぽんがマートに急行、お目にかかることができました~



なんだ、楽しそうじゃん。

不思議なこともありました。昨日、マートの うどん屋さん「団平」でランチを食べたのですが、一人で店に入ったのにもかかわらず おしぼりとお茶が2人分出されまして。。



お店を出るとき、そっと理由を尋ねたのですが「あ、なんだか、2人だな、と思い込んじゃって。。おひとりでしたね」と、まあ、談笑して終わったのですが。

そして昨夜、ある人から「なんというか。。facebookで ぬえさんがアップした お花が供えられた祭壇の画像を見ていたら。。 ”一番手が掛かったけれど一番かわいい息子なんですよ” と声が聞こえたような気がして。。」「お母さんは喜んでいると思いますよ」と言って頂きました。

ぬえ、この言葉を誰かに言って欲しかったのだと思います。。ちょっとだけ気が楽になりました。

そんなわけで、今朝 東京からそっと持参していて、これまで開けられなかった箱をとうとう開けました。
葬儀社から遺族である ぬえの、兄弟それぞれに贈られた母の写真。ここが気仙沼ですよ。みんなが優しくしてくれた街なんです。



今朝は気仙沼で初めて泊まった宿にまだおりますが、絵に描いたような「ボラ宿」。。被災建物を借りて1階を店舗に、2階を相部屋のボランティア用宿舎に改装したもの。。まだこうしたボラ宿が残っていたのですね。ぬえには住み慣れた環境ではありますが、母にはキビシイか。(笑)





これから四十九日の法要がありますが、足が悪い父の希望で納骨はすこし先。。暖かくなってからに延ばすことになりました。そして四十九日の法要は、やはり伊豆の願成就院さまにお願いしたいと思っています。これから今日は仙台でワークショップを行い、夜行バスで東京に帰ってその朝に再来週に迫った『富士太鼓』の能の稽古を師匠につけて頂き、翌日は子ども能の稽古のために伊豆へ。このときに葬儀の導師をお勤め頂いたお礼のご挨拶を兼ねて、四十九日法要のお願いもしてみようと思っています。

ご高齢の小崎住職さまに何度も東京までご足労頂くわけにもいかず、そうなると法要は伊豆で、となるのですが。。すると今度は喪主である父はおろか、兄弟・親族も参列できないことに。。しかし、どうも母の死に対して遺族の中で一番”キて”しまっているらしい ぬえを慮ったのか、父はじめ兄弟も「ぬえの気の済むようにやりなさい」と言って賛成してくれました。

いろいろなところにご迷惑をお掛けしている ぬえのわがままをどうかお許しください。