起きました。2014年の元朝。寒い寒い元日の朝は曇り空でした。
今日は朝から2カ所の神社で初詣を兼ねて舞囃子を奉納する予定です。
が。。だ~れも起きて来な~~~い! 出発予定時刻が近づき、さすがに心配になって2人の出演能楽師に電話してみましたが。。どちらも出な~~~い! さすがに午前3時まで飲んでたからなあ。。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/43/c6/bc5254ccd10073c4900939e8c33254cf.jpg)
やがて太鼓の大川さんとフルートの浩乃ちゃんが起き出してきました。音楽チームはこの日の活動はなく、この朝に自然解散の予定でしたが、せっかくなので浩乃ちゃんに撮影班として能楽チームに加わってもらうことを提案。日出子さんは やっぱりまだ眠ってる、というので別行動になる承知だけはしてもらうよう言い残して、ぬえは一人で先に出発。いえ、今朝の奉納の先である五十鈴神社に向かったのではなく、宿の陸前高田・矢作の駐在所に向かったのでした。
じつは今回の活動で気仙沼市内では宿泊できず、ようやくこの陸前高田・矢作に宿を確保したとき、宿の周辺に陸前高田市の仮設住宅が散在していることに気がついて、それで、せっかく矢作に宿泊するのも何かのご縁と考えて、元日の午前中にはこの仮設で活動することも考えました。
ところが陸前高田市では過去に仮設で活動したことがなく、また知己の方もいないので情報が足りず。。プロジェクトの活動を仮設住宅で行うには、ある程度広い集会所が併設されていることが必要ですし、その仮設住宅にどれほどの世帯の住民さんが入居しておられるのかも知っておいた方がよい。。この情報をどうやって集めるのか。。いろいろ考えた末、地図検索をして見つけた1軒の駐在所に直接電話をして地域の情報をお知らせ願うことにしました。
それが矢作駐在所です。仮設住宅の隣りに立地していることがまず目を引きましたが、その仮設だけではなく地域の仮設住宅を訪問して住民さんを気遣ったりもしておられるでしょう。いろいろ調べるうちに矢作駐在所が大船渡警察署の管轄だとわかり、電話番号も調べることができました。
年末も押し迫っているというのに、突然の電話にもかかわらず、若い声の駐在さんは ぬえの説明を聞くと矢作周辺の仮設住宅の現状を詳しく教えてくださいました。大きな集会所がある仮設住宅ならここが良いのではないか、大晦日にどこにも行かず仮設にとどまる住民さん。。? はい、たくさんおられますよ。
。。あまつさえ駐在さんは、上演のときには私も見に行きますよ、とまで言ってくださいました。
…結局、陸前高田市の社協に連絡してみたところ、元日の午前中は朝寝坊する住民さんも多いので受け入れは難しい、とのご判断で、矢作での活動は実現しなかったのですけれども、これほど親身になってくださった駐在さんにご挨拶をしないで立ち去ることはできず、この朝駐在所に向かったのでした。
じつを言えば、ぬえは12月30日に矢作の旅館に投宿しましたから、そのときすぐに駐在所に行ってみたのです。しかし駐在所の玄関にはパトロール中の看板が出されてあって駐在さんは不在。その後ももう一度訪ねてみましたが、このときも不在。
さらには大晦日の深夜、唐桑での活動を終えて矢作に帰る途中、コンビニで夕食と朝食を買い込んでいるところに、たまたま1台のパトカーがコンビニの駐車場に入ってきました。これは ひょっとして。。? と考えた ぬえはパトカーに近づいて、乗っていた警察官の方に矢作駐在さんですか? と声を掛けたのですが。。大船渡警察署の方ではありましたが別の警察官の方でした。親切にして頂いた事情を話して翌日もう一度駐在所を訪ねてみるつもりです、と話しましたが、深夜にいきなり声を掛けられて警察官の方もびっくりしたかも。
そういうわけで、この朝が矢作駐在さんを訪ねる最後のチャンスだったのです。早朝でもあり、やはり玄関は閉じられたままでしたが、思い切って住居部分のチャイムを鳴らしてみると。。若い駐在さんが出て来られました!
ぬえはこの時初めて会う駐在さんに電話での親切にお礼を言い、結局矢作での活動は実現しなかったこと、今日は急いで気仙沼に行かなければならないけれど、今後また機会を見つけて陸前高田市で活動をしたいと思っていること、を伝え、東京から持参したワイン。。本当は大晦日の唐桑の仮設で開けるつもりだったのですが、お酒を召し上がる住民さんがおられなかったため残ったものなのですが。。をお渡ししました。 もちろん「今朝は もうお酒はしばらく見たくもない気分でしょうけど」と付け加えるのは忘れませんでした~。(^。^)
今日は朝から2カ所の神社で初詣を兼ねて舞囃子を奉納する予定です。
が。。だ~れも起きて来な~~~い! 出発予定時刻が近づき、さすがに心配になって2人の出演能楽師に電話してみましたが。。どちらも出な~~~い! さすがに午前3時まで飲んでたからなあ。。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/43/c6/bc5254ccd10073c4900939e8c33254cf.jpg)
やがて太鼓の大川さんとフルートの浩乃ちゃんが起き出してきました。音楽チームはこの日の活動はなく、この朝に自然解散の予定でしたが、せっかくなので浩乃ちゃんに撮影班として能楽チームに加わってもらうことを提案。日出子さんは やっぱりまだ眠ってる、というので別行動になる承知だけはしてもらうよう言い残して、ぬえは一人で先に出発。いえ、今朝の奉納の先である五十鈴神社に向かったのではなく、宿の陸前高田・矢作の駐在所に向かったのでした。
じつは今回の活動で気仙沼市内では宿泊できず、ようやくこの陸前高田・矢作に宿を確保したとき、宿の周辺に陸前高田市の仮設住宅が散在していることに気がついて、それで、せっかく矢作に宿泊するのも何かのご縁と考えて、元日の午前中にはこの仮設で活動することも考えました。
ところが陸前高田市では過去に仮設で活動したことがなく、また知己の方もいないので情報が足りず。。プロジェクトの活動を仮設住宅で行うには、ある程度広い集会所が併設されていることが必要ですし、その仮設住宅にどれほどの世帯の住民さんが入居しておられるのかも知っておいた方がよい。。この情報をどうやって集めるのか。。いろいろ考えた末、地図検索をして見つけた1軒の駐在所に直接電話をして地域の情報をお知らせ願うことにしました。
それが矢作駐在所です。仮設住宅の隣りに立地していることがまず目を引きましたが、その仮設だけではなく地域の仮設住宅を訪問して住民さんを気遣ったりもしておられるでしょう。いろいろ調べるうちに矢作駐在所が大船渡警察署の管轄だとわかり、電話番号も調べることができました。
年末も押し迫っているというのに、突然の電話にもかかわらず、若い声の駐在さんは ぬえの説明を聞くと矢作周辺の仮設住宅の現状を詳しく教えてくださいました。大きな集会所がある仮設住宅ならここが良いのではないか、大晦日にどこにも行かず仮設にとどまる住民さん。。? はい、たくさんおられますよ。
。。あまつさえ駐在さんは、上演のときには私も見に行きますよ、とまで言ってくださいました。
…結局、陸前高田市の社協に連絡してみたところ、元日の午前中は朝寝坊する住民さんも多いので受け入れは難しい、とのご判断で、矢作での活動は実現しなかったのですけれども、これほど親身になってくださった駐在さんにご挨拶をしないで立ち去ることはできず、この朝駐在所に向かったのでした。
じつを言えば、ぬえは12月30日に矢作の旅館に投宿しましたから、そのときすぐに駐在所に行ってみたのです。しかし駐在所の玄関にはパトロール中の看板が出されてあって駐在さんは不在。その後ももう一度訪ねてみましたが、このときも不在。
さらには大晦日の深夜、唐桑での活動を終えて矢作に帰る途中、コンビニで夕食と朝食を買い込んでいるところに、たまたま1台のパトカーがコンビニの駐車場に入ってきました。これは ひょっとして。。? と考えた ぬえはパトカーに近づいて、乗っていた警察官の方に矢作駐在さんですか? と声を掛けたのですが。。大船渡警察署の方ではありましたが別の警察官の方でした。親切にして頂いた事情を話して翌日もう一度駐在所を訪ねてみるつもりです、と話しましたが、深夜にいきなり声を掛けられて警察官の方もびっくりしたかも。
そういうわけで、この朝が矢作駐在さんを訪ねる最後のチャンスだったのです。早朝でもあり、やはり玄関は閉じられたままでしたが、思い切って住居部分のチャイムを鳴らしてみると。。若い駐在さんが出て来られました!
ぬえはこの時初めて会う駐在さんに電話での親切にお礼を言い、結局矢作での活動は実現しなかったこと、今日は急いで気仙沼に行かなければならないけれど、今後また機会を見つけて陸前高田市で活動をしたいと思っていること、を伝え、東京から持参したワイン。。本当は大晦日の唐桑の仮設で開けるつもりだったのですが、お酒を召し上がる住民さんがおられなかったため残ったものなのですが。。をお渡ししました。 もちろん「今朝は もうお酒はしばらく見たくもない気分でしょうけど」と付け加えるのは忘れませんでした~。(^。^)