気仙沼の駅前から、それほど大きくないけれど、すでに落ち着きを取り戻したような町中を進んで行き、さて港の方ヘ道を曲がった途端、突然半分崩れかけた建物ばかりが連なる光景になって…これには ぬえも唖然…。本当に1ブロックの差で、これほどまでに街並みが変わっていようとは想像もしませんでした。
そうして港に近づくにつれて、テレビでも再三報道されていたように焼け焦げた船があり、さらに進むと…もう、それは街並みではなく、その痕跡と呼ぶしかないような惨状でした。くしゃっと小さく丸め込まれたようなクルマの残骸、プラットホームを見つけて ようやくそれと解る駅舎、きれいに形をとどめたまま隣家に乗り上げた家、配線がむき出しになった工場は、それだけでモンスターのよう…
気仙沼被災地
そうして、これが ぬえを最も戦慄させた光景でしたが、海からずっと奥、まるで山登りからいま帰ってきたように陸上に並ぶ船…
もうひとつ、こちらは気仙沼から東京に向けて帰る途中に出会った光景です。自動車道をまたいでいるのは鉄道で、よく見るとその上に家の屋根が乗っている…
…こうして ぬえの東日本大震災被災地訪問…2泊5日の旅を終えました。
ぬえが持つ感想としては、繰り返しになりますが、この度の震災が日本にとって有史以来最大・最悪の災害であること。こと被災地に向けては、数年に渡る支援が必要なことが痛感されました。
それでも、長い道のりではありましょうが、現地では着実に復旧に向けて歩みが進められているのがとっても印象的でした。当初は一面の瓦礫ばかりだった土地に重機が踏み入って、舗装さえ流されてしまった道を再び切り開き。一方で被災を免れた街並みは生活の足音を響かせ始め…その光景は、今現在は被災した地域をいったん切り離して、残された地域は震災などに負けじと、以前よりも豊かな町にしようと逞しく進み行くように見えました。
ぬえ、こういう仕事をしているせいか信心は人より篤いと思いますが(特定の宗教は持っていないのですが)、今回の被災の状況を見るに…こんな事を言って良いのか躊躇いはあるのですが…「魔」が襲ってきたのだと感じます。そうしていまだ そいつらは、そこ彼処に巣くっている…重機を使って道を切り開き、またボランティアの方々の献身の重労働(本当にそう思う)という作業は、ひとつひとつ、そういう魔物の棲む場所を潰してゆく、という作業なのだな、と感じたのでした。
もちろん、ぬえが被災地を訪問したのは震災から3ヶ月が経った頃で、ぬえが見た復興に向けての作業に到るまでの、それまでの時期には もっとつらい、厳しい現実があった事を考えなければなりませんね。それは ぬえには想像の域を出ないことですけれども、報道には乗らない、恐ろしい話を、ぬえも聞く機会がありました…。
今回の訪問には、やはり大きな躊躇もありました。自分の心に刺さったトゲを抜くために、結局 ぬえとは比較にならないキズを持った人の心に土足で踏み込むような事にならないか…? しかし、現地で上のような写真を撮るとき…これはこれで相当に気を遣って、神経をすり減らしながら撮っているのですが、そんなよそ者の無礼な行動にお叱りなど受けることもなく…いや、むしろ、それどころではない、もっと前を見つめて、ひとつひとつ歩を進めて行かれる姿が心に焼き付きました。ぬえ、正直、今回の訪問で一番大きく感じたのは「勇気」かもしれないです。
いまの ぬえは、また被災地を再訪したい、という気持ちで一杯です。1回目よりも、もうちょっとマシな活動ができるかもしれない。そして仲間の能楽師にも声を掛けて、慰問ボランティアも計画しているのですが…これがあまり簡単な事ではなく、受け入れをして下さる組織が見つからなくて…いまちょっと困っています。
さらに…ちょっと言葉が足りないかもしれませんが、誤解を恐れずに言わせて頂ければ、時間や経費の問題もありますが、ぬえは日本人に降りかかったこの災難の現状を、多くの方にぜひその目で見て欲しい、と思っています。映像ではない現実を見ること…真摯な態度を持って、ですが、その現実を見ることが、的確で、そうして息の長い支援に繋がるのではないか、と信じて。
(この項 了)
そうして港に近づくにつれて、テレビでも再三報道されていたように焼け焦げた船があり、さらに進むと…もう、それは街並みではなく、その痕跡と呼ぶしかないような惨状でした。くしゃっと小さく丸め込まれたようなクルマの残骸、プラットホームを見つけて ようやくそれと解る駅舎、きれいに形をとどめたまま隣家に乗り上げた家、配線がむき出しになった工場は、それだけでモンスターのよう…
気仙沼被災地
そうして、これが ぬえを最も戦慄させた光景でしたが、海からずっと奥、まるで山登りからいま帰ってきたように陸上に並ぶ船…
もうひとつ、こちらは気仙沼から東京に向けて帰る途中に出会った光景です。自動車道をまたいでいるのは鉄道で、よく見るとその上に家の屋根が乗っている…
…こうして ぬえの東日本大震災被災地訪問…2泊5日の旅を終えました。
ぬえが持つ感想としては、繰り返しになりますが、この度の震災が日本にとって有史以来最大・最悪の災害であること。こと被災地に向けては、数年に渡る支援が必要なことが痛感されました。
それでも、長い道のりではありましょうが、現地では着実に復旧に向けて歩みが進められているのがとっても印象的でした。当初は一面の瓦礫ばかりだった土地に重機が踏み入って、舗装さえ流されてしまった道を再び切り開き。一方で被災を免れた街並みは生活の足音を響かせ始め…その光景は、今現在は被災した地域をいったん切り離して、残された地域は震災などに負けじと、以前よりも豊かな町にしようと逞しく進み行くように見えました。
ぬえ、こういう仕事をしているせいか信心は人より篤いと思いますが(特定の宗教は持っていないのですが)、今回の被災の状況を見るに…こんな事を言って良いのか躊躇いはあるのですが…「魔」が襲ってきたのだと感じます。そうしていまだ そいつらは、そこ彼処に巣くっている…重機を使って道を切り開き、またボランティアの方々の献身の重労働(本当にそう思う)という作業は、ひとつひとつ、そういう魔物の棲む場所を潰してゆく、という作業なのだな、と感じたのでした。
もちろん、ぬえが被災地を訪問したのは震災から3ヶ月が経った頃で、ぬえが見た復興に向けての作業に到るまでの、それまでの時期には もっとつらい、厳しい現実があった事を考えなければなりませんね。それは ぬえには想像の域を出ないことですけれども、報道には乗らない、恐ろしい話を、ぬえも聞く機会がありました…。
今回の訪問には、やはり大きな躊躇もありました。自分の心に刺さったトゲを抜くために、結局 ぬえとは比較にならないキズを持った人の心に土足で踏み込むような事にならないか…? しかし、現地で上のような写真を撮るとき…これはこれで相当に気を遣って、神経をすり減らしながら撮っているのですが、そんなよそ者の無礼な行動にお叱りなど受けることもなく…いや、むしろ、それどころではない、もっと前を見つめて、ひとつひとつ歩を進めて行かれる姿が心に焼き付きました。ぬえ、正直、今回の訪問で一番大きく感じたのは「勇気」かもしれないです。
いまの ぬえは、また被災地を再訪したい、という気持ちで一杯です。1回目よりも、もうちょっとマシな活動ができるかもしれない。そして仲間の能楽師にも声を掛けて、慰問ボランティアも計画しているのですが…これがあまり簡単な事ではなく、受け入れをして下さる組織が見つからなくて…いまちょっと困っています。
さらに…ちょっと言葉が足りないかもしれませんが、誤解を恐れずに言わせて頂ければ、時間や経費の問題もありますが、ぬえは日本人に降りかかったこの災難の現状を、多くの方にぜひその目で見て欲しい、と思っています。映像ではない現実を見ること…真摯な態度を持って、ですが、その現実を見ることが、的確で、そうして息の長い支援に繋がるのではないか、と信じて。
(この項 了)