ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

梅若研能会 6月公演

2024-05-03 14:03:50 | 能楽
来る6月9日、師家の月例会「梅若研能会6月公演」にて ぬえは能「杜若(かきつばた)」を勤めさせて頂きます。鬘物の能の中でも草木の精がシテの一群の曲がありますが、「杜若」は独特の味わいのある曲で、いわゆる人気曲として上演頻度も高い曲だと思います。しかしながら。。この曲は ぬえがこれまで勤めて参りましたどの曲よりも難解な曲ではないかと思います。

シテは可憐な花の精であり、技術的にもそれほど至難なところはない。。強いて言えばシテが謡う分量がかあり多いという問題はありますが。。、また深い悲しみやシテが負う業のような暗さもない。。表面的に見れば素直な作りのように見えますが、それは表面的なことであって、じつはこの能の内容はかなり奥深いものがあります。今回も例によって上演の参考となるよう舞台経過をご紹介しながら、そういったこの曲の難解さについて考察をしてみようと思います。

諸国一見の僧(ワキ)が都から東国行脚に向かう途次、三河の国八橋を訪れるとちょうど沢辺に杜若が花盛りなのを愛でます。すると里女(シテ)が現れ、この杜若は特別なのだと言、『伊勢物語』によって業平がこの花を詠んだ謂れを語ります。いつしか杜若を通じて懇意になった僧を里女は自分の庵を宿に貸すことになりますが、その夜女は高子の后の御衣と業平の冠を着け、自分は杜若の精であること、業平は歌舞の菩薩の化身であり衆生を救うためにこの世に現れたのだ、と語り、さらには『伊勢物語』に描かれた業平の恋物語も菩薩としての業平の行動なのだと語ります。やがてシテは業平その人となって舞を見せ、杜若の精も純白の明け方の世界の中に成仏の相を見せて消えてゆきます。

「杜若」のほか草木の精が主人公となる曲には「藤」「六浦」「遊行柳」「西行桜」「芭蕉」などがありますが、いずれも鬘能あるいはそれに準ずる曲で、また「芭蕉」以外はすべてシテが太鼓入りの序之舞を舞う特徴があります。植物の精であれば動作も緩やかに優雅であり、また女性、または閑寂な翁の姿がふさわしいと古人の作者が考えたのは自然なことであったでしょう。

が、上記のあらすじでもわかるように能「杜若」は業平が菩薩の化身、と主張するわけで、現代人が『伊勢物語』に読む王朝貴族の恋物語、という印象とはかなり違った視点を持って作られていることがわかります。総じて能の中で上掲の草木の精が主人公である曲は、なべて「草木国土悉皆成仏」という仏教の視点に支えられてはじめてシテが舞台に登場できるわけで、おのずから仏教の世界観の中で描かれることになります。それにしても「杜若」でシテが言う業平が菩薩の化身、という主張は現代から見ればかなり異質で、違和感は免れないでしょう。

じつはこの曲は中世の人々が『伊勢物語』を読む「ある種の常識」であったようです。ぬえはずっとこれは一部の中世の知識階級だけが持つ特別な読み方なのだと思っていたのですが、まさにこの「杜若」という能の存在そのものや、この能がずっと人気曲として演じ続けられてきた事実が、一部の特権階級だけにとどまらず、ある程度広範に人々に膾炙した中世の人々の「常識」であったのではないかという疑いを持っております。

かつて能「源氏供養」を勤めたとき、同じような大きな「違和感」。。シテ紫式部が烏帽子をかぶって舞う、という設定。。にの解釈に苦しみましたが、今回の「杜若」はさらにその上を行く難解さ。
すでに稽古の中でこれは消化していまして、現代人としてこの中世の作品の感覚を違和感なく上演する方策の目途は立てているのではありますが、やはりシテを舞う以上、作者をはじめとする中世の人々がどのような思いをこの曲に込めたのかは理解しておく必要があり、舞台の実演とは別にこのブログで微力ながらも考察してみようと思います。

どうぞお誘い合わせの上ご来場賜りますよう、お願い申し上げます~

梅若研能会 6月公演

【日時】 2024年6月9日(日・午後1時開演)
【会場】 観世能楽堂 <東京・銀座>

 仕舞 氷 室     伊藤 嘉章
    巻 絹 キリ  梅若 泰志
    山 姥 キリ  中村 政裕

能  頼 政(よりまさ)
前シテ(尉)/後シテ(源頼政) 青木 一郎
ワキ(旅僧)宝生常三/間狂言(里人)小梶直人
笛 槻宅聡/小鼓 久田舜一郎/大鼓 佃良勝
後見 中村 裕ほか/地謡 加藤眞悟ほか

狂言 千 鳥(ちどり)
     シテ(酒屋)   大藏彌太郎
     アド(太郎冠者) 大藏 章照
     アド(主人) 高木 謙成

   ~~~休憩 20分~~~

能  杜 若(かきつばた)
シテ(里女/杜若の精) ぬ え
ワキ(旅僧)大日方寛
笛 一噌隆之/小鼓 幸正昭/大鼓 佃良太郎/太鼓 小寺真佐人
後見 加藤眞悟ほか/地謡 伊藤嘉章ほか

                     (終演予定午後4時45分頃)



【入場料】 指定席A 7,000円 指定席B 6,000円 学生各席3,000円引き
【お申込】 ぬえ宛メールにて QYJ13065@nifty.com

※【能「頼政」「杜若どころ講座】
5月25日(土) 13:00~14:30
於:梅若万三郎家能舞台(代々木上原)
受講料:1,000円(研能会入場券購入者は無料)
講師:青木一郎/ぬえ

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