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家紋 19 ≪引両紋≫

2009年07月22日 13時57分34秒 | 家紋

 

引両紋
(ひきりょうもん)

 

引領・引霊・引竜などとも書く。

≪諸説例≫

1. 引両は二つの線を引いたにすぎない(塩尻)。

   両は二つの意であるが、便宜上、一つ引両、

      三つ引両などの名称習慣として残ったもの(海録)。

2. 両は霊のことで引霊。中一本の線は日をあらわし、

二線の場合は月をあらわす(蒼櫛随筆)。

新田、足利両家は日月紋を天子から頂いたが、おそれ

多いので日月の古字㊀、または㊁を用いた(友故染)。

3. 両は竜で、一は竜の姿態をあらわす(禅林諸祖伝)。

「周易」「乾」の卦がこれである(日本紋章学)。

「寛政重修諸家譜」では引竜の字を用いている氏が多い。

 

 

          

    新田一つ引き(大中黒)     二つ引き       丸に竪三つ引き   

 

             

丸に離れ三つ引き       丸の内に三つ引き

 

 

家紋の由来

 

いつもお世話になっている↑↑家紋ワールドさんです。

ありがとうございます。

 

 

 

 基本は足利尊氏の“二つ引き”両

〔雌雄二匹の竜が互いに絡み合って天に昇る〕

すなわち、天下取りを意味し、最高の運を表す。

足利氏が天下をとってこの紋を用いたので、足利一族

(清和源氏義家流足利氏族)以外、他家では用いない。

 例えば、喜連川・宮原・最上・吉良・今川・品川・

瀬谷・堀越・畠山・榊原・一色・向井・細川・仁木・里見、等。

 

 引両の名が初めて見えるのは、「平家物語」九。

「平山はしげ目結のひたたれに、ひおどしの鎧をきて

二つ引両の幌をかけ、めかすげという名馬に乗っていた」

 とあり、源平のころより二つ引両紋の存在がわかる。

徳川時代は優美複雑な紋が流行り、

人気は無くなったが、伝統ある将軍家の二つ引きは

葵の紋と共に受け継がれていった。

 

引き両の種類は、一つ引きから八つ引きまで。

一つ引きは新田氏の家紋に限って大中黒と呼ぶ。

 

「丸に三つ引両」の三浦氏は、

神奈川県の三浦半島から出、れっきとした桓武平氏流

ではあるが、紋は故郷の三浦郡をシンポライズしたからという。

「竪三つ引」は伊達正宗を出した伊達氏が用いる。

中には丸で囲まないで横線・竪線だけの

引両紋もあるが古い形である。

 

 

 

 『家紋大図鑑』:参照


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