いいもの見ぃ~つけた!

「いいもの」は探せばいっぱいあります。独断と偏見による個人的「いいもの」情報発信所です。

<伝統野菜> 沖縄 沖縄もずく

2024-08-08 07:59:03 | 伝統野菜

 「沖縄もずく」

 【生産地】久米島

 【特徴】ナガマツモ科の海藻。沖縄では「スヌイ」と呼ばれる。独特のぬめりと柔らかさを持ったこの黒っぽい褐色の色のもずく。天然の「沖縄もずく」は、全体の1%ほどしかない。自生している「もずく」をひとつひとつ丁寧に手摘みして収穫する高級食材。

 【食味】独特のぬめりと柔らかさを持つ。

 【料理】酢の物や天ぷら、味噌やピーナッツ和えなど

 【来歴】南西諸島で古くから食用されてきた。琉球王朝の薬膳料理に、「沖縄もずく」の酢の物や天ぷらが記録されている。 養殖の「もずく」は、恩納村漁業研究グループと水産業改良普及所の共同研究により、1975(昭和50)年から養殖手法の実証試験を行い、1977(昭和52)年に初めて養殖もずくが水揚げされた。その後、様々な改良・試験を繰り返し、現在の養殖技術が確立された。現在、養殖されている種類としては「沖縄もずく」(通称:フトモズク)と「もずく」(通称:イトモズク又はホソモズク)の2種類があるが、ほとんどは「沖縄もずく」。 

 【時期】4月~6月  

*https://tradveggie.or.jp/vegetableposts/47-okinawa#index_SGPnPthQ より

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< 郷土料理 > 群馬 すき焼き

2024-08-08 07:57:56 | 郷土料理

 「すき焼き」

 主な伝承地域 県内全域

 主な使用食材 上州和牛、下仁田ねぎ、シイタケ、春菊、豆腐、白菜などの野菜

 歴史・由来・関連行事
 群馬には国内で初めてEUに輸出された「上州牛」や、甘楽郡下仁田町で栽培される太くて柔らかい「下仁田ねぎ」などの豊かな農畜産物が多くある。そんな群馬の畜産物の魅力を余すところなく味わえるのが「すき焼き」だ。活用する食材はすべて県産の「自給率100%」。上州牛、下仁田ねぎはもちろんのこと、生産量全国第1位のこんにゃく芋を使ったしらたきに、生産量全国5位以内を誇る白菜、しゅんぎく、生しいたけ(農林水産省「令和2年産こんにゃくいもの栽培面積、収穫面積及び収穫量」、「令和2年産野菜生産出荷統計」、「令和2年特用林産基礎資料」)をふんだんに使っている。近年ではすき焼きを使った弁当のアイデアを募る「ぐんま・すき焼き弁当コンテスト」や、家族ですき焼きを楽しむ写真を競う「家族ですき焼きフォトコンテスト」などの県民参加型のコンテストも多く開催され、文化が定着しつつある。

 食習の機会や時季
 11月29日「ぐんま・すき焼きの日」には、県内の学校の多くですき焼きが提供されている。また野菜や肉が豊富で栄養たっぷりのすき焼きは、栄養教諭による食育指導や地元生産者との給食交流などに活用されることも。また、2018年に行われたイベント「オールぐんまdeすき焼きまつり」では745名に振る舞われ、ギネス世界記録「1時間で最も多く提供されたすき焼き」として認定された(「ぐんま食文化継承テキスト」より)。

 飲食方法
 一般的なすき焼き同様、食べ方は家庭や店、地域により異なる。群馬を含む関東では割り下で食材を全て煮込むことが多いが、県内の名店では関西でよく食べられている、先に肉を焼くスタイルが採用されていることも。また、上州牛の代わりに「上州軍鶏」を使用するすき焼きや、トマトソースを加えて仕上げる「イタリア風すき焼き」などのアレンジも豊富。

 保存・継承の取組(伝承者の概要、保存会、SNSの活用、商品化等現代的な取組等について)
 群馬県では2014年に「すき焼き応援県」を宣言し、企業や市民とともにその魅力を発信する「ぐんま・すき焼きアクション」の取り組みを開始。飲食店など400以上の企業や団体がすき焼きの提供、関連商品の開発に尽力している。

*https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/k_ryouri/search_menu/menu/32_19_gunma.html より

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<B級ご当地グルメ> 東京 ラーメン二郎

2024-08-08 07:54:59 | B級ご当地グルメ

 「ラーメン二郎」

ラーメン二郎(ラーメンじろう)は、東京都港区三田に本店を構えるラーメン店、およびそこからのれん分けした店。

 同本店の店主・創業者である山田拓美の登録商標である。

 歴史 
 創業は1968年で、東京都目黒区の東急東横線・都立大学駅近くに当初『ラーメン次郎』の名前で開店した。これは開店前年の1967年1月にエースコックから発売されて人気となっていたインスタントラーメン『ラーメン太郎』を捩ったものとされている。

 創業者の山田は大田区大森にあった料亭『松浅本店』の和食料理人で、ラーメンについては全く知識がなかった。最初は「ラーメンぐらい何とかなるか」とたかをくくってラーメン店を出店したが、開店当初から半年間は1日あたりの売上が昼前から深夜まで営業しても20杯以下と低迷していた。様子を見かねた近所の中華料理店店主が自分の中華料理店で修業するようにすすめ、山田はその勧めに応じて3か月間の修行をした。また、近隣にあった雪印乳業の社員子弟学生寮に住んでいた北海道出身の客から受けた助言を参考にし、独自の味を作り出した。提供するラーメンのボリュームと味付け、山田の人柄が学生に受けたことから店は繁盛した。

 1970年代には慶應義塾大学三田キャンパスのある東南の角に当たる交差点脇での営業を開始。1970年代前半、目黒区による呑川の河川改修工事のために店舗を移転することとなり、客として来ていた慶應義塾大学の学生から情報提供された三田通りの元洋食屋店舗にて営業を再開した。ここは慶応大学三田キャンパス東南の角に当たる慶應仲通りに通じる交差点脇であり、最寄りの鉄道駅(田町駅や三田駅)と三田キャンパス正門との導線上にあった。ここへの移転の際、ペンキ屋が新店舗の看板の「次郎」とすべきところを間違えて「二郎」と書いてしまったことから、以降はそのまま「ラーメン二郎」表記で通している。

 1986年4月発売の山本益博『東京味のグランプリ〈1986〉』で山本は飲食店を星の数で評価した際、ラーメン二郎は無星の評価だった。1986年発売の『週刊少年マガジン』50号掲載の『ミスター味っ子』「焦がしネギの風味」の扉絵でぶたダブルが描かれており、慶應大学出身者である作者の寺沢大介が「ラーメンの帝王」というフレーズを使った紹介文を添えている。1996年4月20日発売の『島耕作の優雅な1日』では、作者の弘兼憲史がラーメン二郎について取材した内容をイラスト入りでレポートしていた。

 1990年代に三田通りの拡幅計画が実施される見通しとなり、これによって二郎も影響を受けることが判明したため、山田は店を閉めることを考えた。しかし、常連客は店の継続を望み、地元慶應義塾大学の学生有志は当時改装が予定されていた慶應義塾大学西校舎学生食堂へ誘致の署名活動を1990年代前半に行ったが「学内の食堂に塾生以外の外部の客行列ができるのはまずい」など諸般の事情で実現に至らず、三田通りの店舗は1996年(平成8年)2月末に閉店した。同年6月から桜田通り沿い(慶應義塾大学正門近く)に移転し、営業を再開したのが現在の三田本店である。

 2003年には「ラーメン二郎」の名称が商標登録され、権利者は「山田拓美」、区分は「ラーメンを主とする飲食物の提供」で、登録日は2003年(平成15年)3月14日である。

 2009年(平成21年)には、イギリス『ガーディアン』紙の「世界で食べるべき50の料理」に選ばれている。

 2019年(平成31年)には、創業店主の山田拓美の長年の功績を称え、「慶應義塾特選塾員」に表彰された。

 2022年(令和4年)3月30日、ラーメン二郎と創業者の山田拓美の実像に迫るドキュメンタリー番組 NONFIX『ラーメン二郎という奇跡 〜総帥・山田拓美の“遺言”〜』がフジテレビにて放送。本来ラーメン二郎は取材拒否の店だが、2019年2月に慶應義塾大学から特選塾員に選任されたことを記念し、山田拓美の人柄と功績を形に残すことを目的として、特別に番組が制作されることとなった。よって、「ラーメン二郎」は、今後も取材については従来通りお断りするという。

 2023年4月19日(日本時間)に発表された国際メディアコンクール「ニューヨークフェスティバル」にて、ドキュメンタリー・BIOGRAPHY/PROFILES(人物/伝記)部門で、NONFIX『ラーメン二郎という奇跡 〜総帥・山田拓美の“遺言”〜』が銅賞を受賞した。

 特徴
 店舗
 店舗名看板は黄色に黒文字と赤文字でラーメン二郎と表記されていることが多いが、黒文字のみの店舗も存在する。(京都店は開業当初は二郎標準のものであったが、のちに京都府の景観条例の関係で白色で黒字及び赤字に差し替えられている)、カウンターは赤色である事が多い。前払いの食券制(プラスチック製札式。一部の店舗は感熱紙チケット方式)であり、麺量・豚量・トッピングによって色分けされている。社訓があり、店内に掲出、また従業員が社訓をあしらったシャツを着ている店舗がある。

 メニュー
 提供されるのは豚骨ベースの醤油味のラーメンが主であり、メニューは麺の量と叉焼(「ブタorぶた」と表記される)の量の組み合わせで構成されている。

 具は野菜(モヤシとキャベツ)と「ぶた」とよばれるチャーシューが載せられる。
 スープはチャーシュー用の豚肉や豚骨にキャベツの芯やニンニクなどの香味野菜、背脂を煮込んで作られる。豚の脂が混ざり脂肪分が多い。そのスープの調整に加えられるタレはチャーシューの煮汁をベースにした醤油味で、以前、千葉県の柴崎味噌醤油店が製造しカネシ商事が販売していた「ラーメン二郎専用醤油」とラベルに表示されている醤油を使用していた。現在は株式会社エフゼットによる「ラーメン二郎専用しょうゆ」及び「ラーメン二郎専用みりん風調味料」を使用している。
 麺は基本的にかなり太く、ごわごわした平打ち麺となっている。三田本店を含めた全ての店舗で自家製麺を行い、原材料として日清製粉の強力粉「オーション」を使用している。オーションは中華麺の製麺で使われることは本来稀であるが、現在の日清製粉のホームページではラーメン二郎風中華麺の再現を主な用途として案内している。
 ラーメン二郎では基本的に、通常のラーメンのことを小(しょう)、大盛りラーメンのことを大(だい)と呼んでおり、中や普通、並といったメニューはない。また、小といっても一般的なラーメンに比べると、小で普通のラーメンの特盛かそれ以上、大で普通のラーメンの大盛り2杯分相当と量が多い。

 三田本店以外の店舗では、味噌味・塩味、つけ麺や汁なし(油そばに似たメニュー。タレに背油や辛味、ネギなどを加え、少量のスープで伸ばしたものを麺に絡めて食べる。)、つけ味(スープにつけ麺のつけ汁を使用したメニュー)、生卵や生姜、チーズなどの有料トッピング(実施内容や期間、価格は店舗により異なる)などのメニューも取り扱っている。また、小サイズより更に少ないサイズや麺量ではなく豚の枚数を調整できる店舗も存在する。

 店内でビールを提供する店舗も存在する他、店の前には特定保健用食品飲料を主として多く扱う自販機があり、そこで購入した飲み物に限らないが飲み物を持ち込めることが多い。

 トッピングやカスタマイズ
 基本、トッピングはニンニクのみ。店員が客に向けて「ニンニク入れますか?」などと声を掛けるので「ニンニクを入れる、入れない」を答えるだけで注文が完結する。

 トッピングを聞かれた際に「ヤサイ」「ニンニク」「アブラ」「カラメ」の4つを無料で変更することが大抵可能である。「ニンニク」は、みじん切りないしおろし状にされた生ニンニクが丼に入れられる。「アブラ」は、スープを作る際に煮込まれた粒状の背脂であるが、店舗によっては別途醤油などで味付けされた背脂の塊りが丼内や別皿で供される。「カラメ」は、ラーメンで使用するタレを上から回しかけ、さらに濃い味に調製することである。常連から始まった加減の要望が一般化し、独特の注文の仕方からインターネット上では呪文(「ヤサイマシマシニンニクカラメスコシ」等)と呼ばれる。

 麺量については、食券提出時あるいは食券確認時などに「麺少なめ」「麺半分」などといった要望を告げれば受け付けてくれる。食券を提示する際に申し出れば基本のラーメンより「味薄め」「麺かため」「油濃さ薄め」「背脂少なめ」などと、基本量や麺の茹で始めのタイミングで加減をしてくれる店舗もある。

 用語
 ジロリアン
 下記の条件のいずれかに該当する一部のラーメン二郎ファンを「ジロリアン」と表現することがある。

 熱狂的なラーメン二郎ファン、またラーメンが好きなのではなくラーメン二郎が好きで、ラーメン二郎を食べ歩く人。おたくのように傾倒したり、魅了されたり、こよなく愛していたりする人。ソウルフードとしている人。女性の場合はジロリアンヌとなる。
 勝手にルールを作るカルト的なファン。
 ライターの速水健朗は、彼らの多くが「二郎のラーメンが特別に美味しいわけではないが、食べずにいられない」「二郎はラーメンではなく二郎という食べ物である」といった価値観を持っていることを指摘し、ラーメン二郎を食べることを修業とし、巡業のように何度も訪れたり各地を回る「信者」のようだと考察している。また、ラーメン二郎は他の多くのラーメンチェーン店と違って店舗ごとに味が異なるため、様々な店舗を訪れてその味の違いなどの情報交換をインターネット上(ブログなど)で行ってコミュニケーションの素材として楽しんでいる。このようにジロリアンはラーメン二郎を「勝手なルールを元にしたゲーム」のように消費している面があるという。

 総帥
 ラーメン二郎創業者こと山田拓美氏のことを指す。

 鍋二郎
 ラーメン二郎でスープと麺を、持参した鍋で持ち帰ること。極少数の店舗によって行われている。過去、三田本店では列に並ばず、裏口から金額を自己申告すれば鍋に盛ってもらうことができたが全面禁止となった。

 持ち帰り
 前述の鍋二郎とは別に、一部の店舗において長期連休前や何らかの企画(チャリティーイベントなど)において、生麺、豚を販売する事があるが、2020年4月以降の新型コロナウイルス感染症拡大の影響によるテイクアウト需要の増加により、店舗において生麺、豚肉、調理済みスープがセットとなった(基準。店舗によっては具の野菜がつく)のを販売を開始した。店舗によっては2021年に入っても継続して販売しているが、常時販売している店舗のほか、曜日及び時間限定で不定期に販売する店舗が存在する。

 家二郎
 ラーメン二郎のファンが、その味の再現を目指して自宅で作る二郎風ラーメンを意味する語(テイクアウト専門店や通販などで購入できる二郎風ラーメン、あるいは二郎を模した即席めん類をそのように、あるいは「ジェネリック二郎」と呼称することもあり、前述の「鍋二郎」とは区別される)。

 天地返し

 スープから麺を引き上げ、盛られたトッピング(主に野菜)を代わりに沈める動作のこと。二郎の中華麺は非常にスープが染み込む特徴があり、スープから引き上げることで麺のかさが増えることを防ぐ効果があるとされる。 また、液面より上に盛られた野菜にスープの味が付く。箸とレンゲを使って丼の中身を反転させる様子から名付けられたと思われる。なお店舗によってはレンゲが常備されていない店があるため、この動作がし難い場合がある。

 三田本店以外のラーメン二郎
 三田本店以外にもラーメン二郎と名乗る店舗が複数存在する。基本的にのれん分けによるもので、三田本店で修行した人(弟子)や、それらの弟子が開店した二郎直系店で修行した人が「ラーメン二郎」の名称を使用して出店している。

 各店舗、営業時間中は修行を経験した責任者が厨房に立つ鉄則に従っており、経営はそれぞれ独立して行っている。

 他に、ラーメン二郎に似たラーメンを提供する「二郎系」「二郎インスパイア系」と表現される店も複数存在している。

 インスパイア系の中には過去「ラーメン二郎」を名乗っていながら実際には三田本店とは無関係の店舗もあったが、ラーメン二郎の商標登録に伴い店舗名を変更している。 また、かつてはラーメン二郎を名乗っていたが、後に独自の屋号へ変更した店舗も存在する。近年、インスパイア店は関東以外の地方でも増加傾向にある。

 直系 - 山田拓美の下、本店で修行した直接の弟子が営業時間中に責任者として厨房に立つ店。いわゆるのれん分け。
 亜流 - 弟子、孫弟子の派生店。
 a. 直系で支店だったものが独立 - 赤羽 (初代) →マル二(→マルジ→現:富士丸)
 b. 直系だが二郎の名を継がず自己流アレンジ加えて独立した店 - いごっそう等
 c. 直系だったが破門に伴い独立を余儀なくされ店名を変更 - 武蔵小杉→526こじろう
 d. 直系ではなく、孫弟子以降だが師匠を辿ると山田拓美にたどり着く - 夢を語れ
 インスパイア系 - 直系での修行が無く、上記の店に似せて二郎風のラーメンを提供する店。ただし、インスパイア系チェーン店舗の一部に亜流の要件を満たす者が勤務しているケースは存在する。
 a. ジローフードシステムおよびフューチャー・ファクトリーによりラーメン二郎の屋号で運営されていたフーズ系・堀切系と呼ばれる各店舗は、ラーメン二郎吉祥寺店(後のラーメン生郎)のレシピに端を発するが、本家商標登録に伴い屋号の使用ができなくなった店 - らーめん大など(それらの中には一部、三田本店で修行し直し皆伝され支店化した店も存在)
 b. 千里眼、鷹の目、バリ男、ジャンクガレッジ等。

 店舗一覧(2024年5月時点)
 現行の店舗(44店舗)
 三田本店(東京都港区) - 基本として昼の部営業時は創業者の山田拓美が厨房に入り、夜の部営業時は息子の山田幹男が厨房に入る。
 目黒店(東京都目黒区) - 1995年7月開店。
 仙川店(東京都調布市) - 1995年10月開店。2005年1月より、現店主が2代目に就く。
 新宿歌舞伎町店(旧・歌舞伎町店)(東京都新宿区) - 2016年10月、店舗を移転し、支店名を改称。有限会社エヌエス・プランニングにより運営されているが、店主が二郎での修行経験を有する直系店である。
 品川店(東京都品川区) - 1997年10月開店。かつては上述のジローフードシステムにより運営されていた(所謂フーズ系)が、店名の商標登録に伴い店主が改めて三田本店での修行に入り、直系店となった。
 新宿小滝橋通り店(東京都新宿区)- フーズ系であったが、品川店と同様の経緯で直系店となった。
 環七新・新代田店(旧・環七新代田店)(東京都世田谷区) - 2000年1月開店。2015年5月より、現店主が2代目に就き、支店名を改称。
 八王子野猿街道店2(旧・八王子野猿街道店)(東京都八王子市) - 2000年8月開店。2006年6月に店舗を移転し、支店名を改称。店主の実父は、新小金井街道店店主であった。
 池袋東口店(東京都豊島区) - 新宿歌舞伎町店同様有限会社エヌエス・プランニングにより運営されている。
 亀戸店(東京都江東区) - 2013年4月より、現店主が2代目に就く。実兄は湘南藤沢店店主である。2022年、二郎として初めての公式YouTubeチャンネル「ラーメン二郎亀戸店」を開設した。
 京急川崎店(神奈川県川崎市川崎区) - 2001年4月開店。
 府中店(東京都府中市) - 2005年に当時の店舗が入っていたテナントの2階へ移動。2006年に店舗を移転。
 松戸駅前店Ⅲ(千葉県松戸市) - 新規開店時の店主はのちの赤羽店(2代)の店主。2012年3月に赤羽店開店により現在の新潟店店主が2代目に就くが、2015年8月に新潟店開店により現店主が3代目に就く。
 めじろ台店(旧・めじろ台法政大学前店)(東京都八王子市) - 2002年5月開店。2017年5月、店舗を移転し、支店名を改称。2023年6月より、現店主が2代目に就く。
 荻窪店(東京都杉並区) - 2002年10月開店。2016年1月より、現店主が2代目に就く。
 上野毛店(東京都世田谷区) - 2002年11月開店。2006年8月より、現店主が2代目に就く。
 京成大久保店(千葉県船橋市) - 2002年12月開店。
 環七一之江店(東京都江戸川区) - 2003年11月開店。
 相模大野店(旧・相模大野駅前店)(神奈川県相模原市南区) - 2009年7月、店舗を移転し、支店名を改称。
 横浜関内店(神奈川県横浜市中区)
 神田神保町店(東京都千代田区) - 2017年12月、店舗を移転。
 小岩店(東京都江戸川区)
 ひばりヶ丘駅前店(東京都西東京市)
 桜台駅前店(東京都練馬区)
 栃木街道店(栃木県下都賀郡壬生町)
 立川店(東京都立川市)- 2008年4月開店。2014年〜2018年、2020年〜2023年に長期休業。2023年1月より新店主のもと営業再開。
 千住大橋駅前店(東京都足立区)
 柏店(千葉県柏市) - 2022年12月まで茨城県守谷市で営業していた茨城守谷店が移転し、2023年1月開店。
 湘南藤沢店(神奈川県藤沢市) - 2010年3月開店。実弟は亀戸店店主である。
 西台駅前店(東京都板橋区) - 2010年6月開店。2016年10月、店舗上の都営地下鉄三田線高架橋脚耐震補強工事とそれに伴う店舗改築の為、仮店舗へ移転。2018年11月、工事完了により、元の場所へ再移転。
 中山駅前店(神奈川県横浜市緑区) - 2010年12月開店。
 仙台店(宮城県仙台市青葉区) - 2011年10月開店。東北地方初出店。
 札幌店(北海道札幌市北区) - 2013年3月開店。本州以外での初出店。
 会津若松駅前店(福島県会津若松市) - 2014年9月開店。
 新潟店(新潟県新潟市中央区) - 2015年11月開店。
 川越店(埼玉県川越市) - 2017年3月開店。
 京都店(京都府京都市左京区) - 2017年4月開店。西日本初出店。
 越谷店(埼玉県越谷市) - 2019年3月開店。
 前橋千代田町店(群馬県前橋市) - 2019年10月開店。
 千葉店(千葉県千葉市中央区) - 2020年6月開店。
 大宮公園駅前店(埼玉県さいたま市大宮区) - 2020年6月開店。店主はかつての大宮店店主(現「肉うどん さんすけ」店主)の実弟である。
 ひたちなか店(茨城県ひたちなか市) - 2021年12月開店。
 一橋学園店 (東京都小平市) - 2022年8月開店。
 生田駅前店 (神奈川県川崎市多摩区) - 2023年5月開店。
 かつてあった店舗
 吉祥寺店(東京都武蔵野市) - 1986年開店。2001年4月に「ラーメン生郎」として独立。2015年4月閉店。「ラーメン生郎」となったのは、近隣にある成蹊大学の学生の悪戯によって看板の文字を赤テープで「ラブメン生郎」と読めるように書き加えられたことによる。跡地には「成蹊前ラーメン」が2015年6月に開業、二郎系であるのみならず、黄色地に赤い文字の看板というスタイルも踏襲している。
 赤羽店(初代)(東京都北区) - 1991年開店。2001年に「ラーメン◯二」→「ラーメンマルジ」→「ラーメン富士丸」として独立[注釈 9]。(2012年から2017年まで存在した店舗(2代)とは別)
 武蔵小杉店(神奈川県川崎市) - 1996年5月開店。2011年1月に「ラーメン こじろう526武蔵小杉店」として独立。
 代々木店(東京都渋谷区) - 1998年9月開店。1999年4月閉店。
 町田店(東京都町田市) - 1999年3月開店。2002年9月に閉店。2003年、静岡県富士市に「ラーメン大山」を開業。
 高田馬場店(東京都豊島区) - 2002年5月開店。2010年1月移転。2013年3月閉店。
 大宮店(埼玉県さいたま市大宮区) - 2008年8月開店。2016年11月閉店。2017年10月、名古屋市にうどん店「肉うどん さんすけ」を開業。
 赤羽店(2代)(東京都北区) - 2012年1月開店。初代松戸店店主が開店。初代とは別の所在地。2017年4月閉店。
 新橋店(2代)(東京都港区) - 2011年9月開店。2018年4月閉店。
 新小金井街道店(東京都小金井市) - 2001年3月開店。2018年12月閉店。
 JR西口蒲田店(東京都大田区)(旧・鶴見店(横浜市鶴見区) - 1996年2月、鶴見店として開店。2013年3月より長期休業。2014年11月、移転しJR西口蒲田店として営業再開。2019年10月閉店。
 フーズ系(かつて1980〜90年代よりラーメン二郎 堀切・虎ノ門・新橋・神田・蒲田支店と名乗っていた店)は上述の通り此処に含まない。

*Wikipedia より

 

 「ラーメン二郎」をB級グルメと呼ぶには個人的には違和感がある。

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うまいッ! NHK 「2020年7月20日-セロリ」

2024-08-08 07:50:54 | うまいッ!NHK

 「2020年7月20日-セロリ」 2020年7月20日

 実は、セロリは「セルリー」と呼ぶ▽株で育つセルリーは50cm!▽生産量全国1位の長野!夏のセルリーは9割も!▽セルリーを丸ごと味わう!農家めし!絶品スイーツも!

 標高1000mの高冷地で育てる長野県原村のセルリー!オシャレな呼び方ですが、農林水産省でも「セルリー」!中村昌也さんが取材すると、みずみずしさを保つワラ&たっぷりの水やりが!1か月ごとに苗の植え替え!4か月育てようやく収穫!しかも19回繰り返し長期間出荷!産地が愛してやまない!セルリーのみそマヨ!斜め切りがポイント「きんぴら」!大きめがいい「葉の天ぷら」!まさか!でも大人気!「パウンドケーキ」

*https://www.nhk.jp/p/umai/ts/P7R4N8K39M/episode/te/N59G7R6PGP/ より

 詳細不明につき、勝手に調べてみました。

 「セロリ」

 セロリ(塘蒿、英: celery、学名: Apium graveolens var. dulce)は、セリ科の一年草または二年草(越年草)。ヨーロッパから地中海沿岸の原産といわれ、改良品種が栽培されている。葉、茎、実の部分を食用にでき、独特の強い香りがある。

 名称
 和名をオランダミツバ(阿蘭陀三葉)といい、由来は西洋種がオランダ船で渡来したことにちなむ。一般にはセロリと呼ばれているが、これは英名のセルリー(またはセレリィ、英: Celery)からの外来語である。語源は古代ギリシア語 σέλινον(selinon)に端を発し、この語は初めパセリを意味したが、後に中世ギリシア語にはセロリを意味した。そしてそれに由来する後期ラテン語の selinon(セリノン)からイタリア語ロンバルディア方言の selero の複数形である sereli となり、フランス語の sceleri d'Italie が転訛した céleri(セルリ)を経由し、英語名 celery になったといわれる。ただし、日本でも野菜生産出荷安定法では「セルリー」であり農業関係者もそう呼ぶことが多い。

 仏名では、セルリ (céleri) またはル・セルリ (le céleri) 、伊名はセーダノ(sedano; pl.: sedani)という。中国で改良されたキンサイ(芹菜、Chinese celery、中: 唐芹、学名: Apium graveolens var. secalinum)は、広東セロリ(カントンセロリ)やスープセロリとも呼ばれる。

 学名 Apium graveolens の種形容語 graveolens は「強い匂いの」を意味するラテン語の第三変化形容詞、変種名の形容語 dulce は「甘い香りの」を意味するラテン語の第三変化形容詞 dulcis の中性単数形である。

 特徴
 色は緑、淡緑、黄白などで淡色野菜に分類される。茎の高さは約30–75 cm。6–9月ごろ、白い小花を球状に咲かせ、全体にフタリド類(英)とテルペン類化合物に由来する独特な芳香を持つ。β-カロテン、ビタミンB1・ビタミンB2などのビタミン類、カルシウム、鉄などのミネラル、食物繊維を多く含んでいる。

 歴史
 原産地は、ヨーロッパから地中海沿岸地方の説や、ヨーロッパから西南アジア、インドの説がある。ヨーロッパでは紀元前から山岳地方の湿地帯に自生していたともいう。

 古代ローマ・ギリシャ時代(紀元前8世紀)から香料や薬草として使われ、食用にせず男性の強精薬、整腸剤、香料として珍重されたほか、ミイラの首飾りや、古代ギリシャのお祭りに飾られた。1世紀ころの文献『ディオスコリデスの薬物誌』には、「栽培種のアピウム(セロリ)の葉は、コエンドロと同じ薬効を持つ」とあり、目の炎症の外用薬にしたり、生食して胸焼け、乳房の腫れ、利尿に効能があるとしている。

 日本には16世紀の終わりごろに、中国から朝鮮半島を経て伝わった。加藤清正が文禄・慶長の役の際にニンジンの種と騙され日本に持ち帰り、「清正ニンジン」と呼ばれたという説がある。そして西洋では、食用に栽培されるようになったのは17世紀に入ってからでヨーロッパ南部で始まった。18世紀の江戸時代に入り、完全な食用種としてのセロリが日本に輸入したが、独特の強い香りのために普及しなかった。日本で普及したのは昭和30年代のことで食生活が洋風化してからのことである。現在、日本に広まっているセロリは、後に入った西洋種であるコーネル種の系統である。

 品種

 大別すると、黄色品種、緑色品種、中間品種、および東洋在来種に区分される(黄色種、緑色種、中間種、赤色種、白色種に分類されることもある)。欧米では緑色品種が主流で、日本ではかつて黄色品種が栽培されたが、現在は中間品種が中心である。コーネル、トールユタなどの品種がある。

 コーネル - 日本で一般的に出回っているクセが少ない品種。茎は黄緑白色で長さ40 cmほどになる。株が大きくなることから、茎を1本ずつにしてバラ売りされているものが多い。
 新コーネル619号 - タキイ種苗育成の繊維が少なく香りが穏やかな黄軸種。葉柄が太く、肉厚で丸みがある。
 イエローキングセロリー - 中原採種場育成の品種で、輸入コーネル619より選抜した第1節間が長く、茎数も多く株張りの良い系統。光沢のある葉柄で、上品な香りが特徴。
 グリーンセロリ - 葉茎全体が緑色で強い香りが特徴の品種。密植して小型にして作り、株のまま売られる。以前、日本にも持ち込まれたが、クセが強くて好まれなかった。
 トップセラー - 淡緑色のセロリで、株はやや立ち性、葉柄は幅広く筋が少ない。生育旺盛でつくりやすく、家庭菜園にも向いている。
 ホワイトセロリ - 水耕栽培で作られる品種[17]。茎が細長く、ミツバのような形状をしている。一般のセロリよりも香りは抑えられている。
 ミニホワイト - 早生専用のホワイトセロリで、ミニセロリともよばれる。香りが強く、スープやサラダの彩りに使われる。
 キンサイ(芹菜) - 英名でチャイニーズ・セロリというセロリの変種。東洋在来種で、中国野菜として扱われている。

 栽培

 温暖地で初夏に種をまいて晩秋から収穫する作型と、高冷地で春に種をまいて晩夏から収穫する作型がある。栽培期間は長く、苗の植え付けから収穫まで4–5か月を要する。温暖な気候を好む性質で、栽培適温は15–20℃、発芽適温は15–20℃とされ。栽培難度は難しいほうで、25℃以上の高温、寒さ、乾燥には弱く、夏場の晴天続きの場合は夏枯れする場合もある。栽培に適した土壌酸度は pH 6.0–6.5。連作障害がある作物であることから、輪作年限は2–3年と言われている。春の育苗で苗を大きく育ててから畑に定植して、夏場の乾燥や肥料切れに注意を払いながら、晩夏から収穫するほうが容易に栽培できる。肥料を多く必要とする作物で、畑は腐葉土などの有機質の堆肥をすき込んだ、肥沃で水はけがよい土を好む。有機栽培で育てると、株は小さめであるが、香りが強く歯ごたえのあるものができる。

 苗づくりは育苗箱などにセロリの種を筋まきして、本葉が出始めたらポットに植え替えて、本葉が5、6枚になったら更に大きめのポットに植え替え、本葉が7、8枚になるまでポットで苗を育てる。発芽しにくい高温下では、種を一昼夜水につけて水を切り、25℃以下の涼しい場所に2–3日おいて発芽を促す。

 セロリは野菜のうちで最も肥沃な土壌を好み、乾燥を嫌うので、堆肥を十分に施し、多肥・多灌水できる土壌にする。土作りをした畑に、乾燥を防ぐためにマルチングを施した畝をつくり、約30–40 cm(センチメートル)の広めの間隔で苗を植え付けていく。また、マルチングの代わりに苗を植え付けたら畝に敷き藁をして土の乾燥を防ぐ方法もある。生育期は、水切れを起こさないように育て、約2週間に1回ほど定期的に追肥を行っていく。肥料切れを起こさないことが、良質なセロリをつくる基本になる。セロリは外葉が12 - 13枚になる頃、株の中央にある芯葉が立ち形に成長し始める。芯葉が旺盛に育ってくると、外葉は黄変して次第に枯れてくる。そのころに株元からわき芽が出るようになったら、生育途中の下葉かき、脇芽取りをしっかり管理すると、茎が太いセロリが収穫できるようになる。株がおおよそ50–60 cmくらいに伸びたら収穫期で、株元を包丁で切るか、株ごと抜き取って収穫する。株を大きく育てて、外葉から少しずつ切り取って収穫しても良く、長い期間収穫することが出来る。株が30–40 cmのころの収穫の約1か月前から、株の葉柄の部分を新聞紙やボール紙などで囲い遮光することによって、葉柄を白く柔らかく育てられる(軟白栽培)。

 病虫害は、若い葉や外葉の裏側にアブラムシ、キアゲハの幼虫がつきやすく、軟腐病(なんぶびょう)や斑点病も出やすい。特に葉を暴食するキアゲハの幼虫に注意を要する。葉に薬剤を散布して防除する。葉芯の先や縁が黒くなって枯れるのは、生長が盛んな若い葉にカルシウムが送られないことで起こる欠乏症状の現れとされ、セロリ栽培では大きな障害となる現象である。畑には石灰を施しておくことが必須であると同時に、カルシウム分は植物体内に移行しにくいため、常に水分不足にならないようにすることが大切といわれている。

 生産
 日本で食用として栽培されている物のほとんどは、アメリカで作られた品種を元にしているが、キンサイの栽培も行われている。日本に輸入される割合は、アメリカ産のものが一番多い。また、輸入品の場合検疫の関係で葉より上部の部分は全て切り落とされ、茎より下の部分のみであるため、国産品と輸入品の見分けが付きやすい。

 生産国
 日本(黄色種・中間種)
  長野県(生産量全国一位)、静岡県、愛知県、北海道
 アメリカ (緑色種)
 中国(緑色種)
 利用
 独特の芳香と食感がある淡色野菜で、生食のほか、肉や魚の臭み消しに料理に使われる。栄養価は高く、ビタミン類や食物繊維が豊富で、特有な香り成分は疲労回復や精神安定の効果が期待されている。

 食用
 野菜としてのセロリは葉と葉柄を食用にし、独特の香りとシャキッとした歯触りが特徴である。冬期の11月から2月が旬とされ、葉は鮮やかな緑色で張りがあり、茎は太く厚みがあって長く、下部の根元が太く丸みがあり白いものが良品とされる。

 茎・葉はサラダなどで生食されるが、その他にも漬物、佃煮、スープ、シチューなど肉料理の香味野菜として使用される。キンサイは炒め物にもよく使われる。部位別では、葉が佃煮、天ぷら、スープなどに、また茎はサラダ、炒め物、煮込み料理、漬物など様々な料理に幅広く利用される。茎の外側の筋の部分は固いため、筋を引くようにして取り除いて使われる。

 香りの強い成分はアピオールで、肉やレバーなどの臭みを消す揮発性成分が含まれる。また、芳香は精油のセダノライドによるものともいわれ、口内の味覚神経を刺激して唾液や胃液の分泌を促し、食欲を増進させるといわれている。スープや煮込み料理の香味付けに使われるブーケガルニは、香りの束を意味し、セロリの香りの強い葉の部分が使われている。魚介のマリネなどには、ハーブとして効果的に利用できる。

 実は、搾油のほか、乾燥させて香辛料、薬用としても使用される。セロリの種から製した香辛料は「セロリシード」と呼ばれ、ピクルスやスープなどに用いられる。このセロリシードの粉末と食塩とを混ぜたものを「セロリソルト」と呼び、やはり香辛料として用いられる。

 保存するときは、茎に葉がついていると水分を吸い上げてしまうため、茎と葉を切り離し、乾燥を防ぐため容器やポリ袋に入れて冷蔵保存する。

 栄養価
 茎より葉のほうがβ-カロテン、ビタミンB1・B2・C・Eや食物繊維が豊富で、特にβ-カロテンは茎の2倍分含まれている。セリに近縁で栄養的にはセリには及ばないが、カリウムが少し多く、カルシウムとリンがほぼ1対1の割合で含まれている。特有の香りはテルペン類に由来する。特有の苦味成分には食欲不振や胃もたれ防止の効果が期待できる。

 薬用
 薬用部位は茎葉にあり、精油、ブチルフィサリド、ネオセリディライド、フラボノイドなどの成分が含まれている。セロリの香り成分であるアピインやセリニンには、食欲増進や、神経を鎮めて精神を安定させたり、血圧上昇を抑える働きがあるといわれている。

 胃潰瘍の予防と緩和、神経系を調える作用があり、漢方では、利尿、浄血、血圧を下げる、鎮静、痙攣を治めるなどの作用が認められている。 中国では旱芹(カンキン)とよんでおり、中医学で茎葉の場合1日10–15 g(グラム)の煎じ液または、生食なら1日30–60 g を高血圧症、めまい、頭痛、顔面紅潮、眼の充血、血尿などに応用しており、フラボノイドのアピインの効果を活用していると考えられている。

 セロリに多く含まれるビタミンUは、蛋白質をつくるために必要な核酸を生み出すビタミンで、胃や十二指腸の粘膜の修復を助ける効果がある。また、同様に多く含まれるビタミンB1・B2は、エネルギーの代謝をよくして神経症の正常な働きを維持する働きがある。

 セロリの葉を天日干ししたものや、野菜くずの葉を布袋に入れて入浴料として用いることによって体を温める効能もあり、精油が湯に溶けて肌を軽く刺激し、血液循環を良くして冷え性や肩こり、疲労回復に効能があるといわれている。

 抗癌作用を主張する研究
 かつて、デザイナーフーズ計画のピラミッドの1群に属し、癌予防効果のある食材の第4位として位置づけられていた。

 影響
 種を炒ったものや、種から搾取した油も食べられるが、この油は子宮を刺激する作用を持ち、流産や早産の危険性があるので、妊婦が油を大量に摂取することは避けるべきである。また、蒔種用に栽培するものは食べることを想定せずに農薬を使用していることが多いので食用は避ける。

 保存状態の悪いセロリはDNAや組織を傷つけるソラレンという化合物が生成され、過敏な人は皮膚接触で水疱性の炎症を引き起こすことがある。

 葉冠
 古代には特定の競技会で優勝者に月桂樹やセロリなどで作られた葉冠が授与されており「神聖競技会」として特別視され、賞金や高価な品物が授与される賞金競技会とは区別されていた。1996年にネメア競技祭を復興して始まったネメア復興競技祭でも競技の勝者には野生のセロリの葉冠が授与されている。

*Wikipedia より

 

 セロリ
 全国1位の生産量! 信州のセロリはフレッシュ&ほろ苦さが自慢

 セロリは涼しい気候と水分を好む野菜ですので、信州の気候風土は最適な栽培環境。みずみずしくシャキッとしたセロリが育ちます。

 生産量は全国1位を誇り、5月から11月にかけて長期間出荷されています。葉にツヤとハリがあり、緑色が鮮やかなものを選びましょう。

 知っているようで知らないセロリ3つの特徴
 その1 長野県の生産現場では「セルリー」と呼ばれています
 イタリア料理には欠かせない存在のセルリーは、一般的には「セロリ」「セロリー」などと言われていますが、英語で書くと「celery」で、これをフランスなまりで読むと「セルリー」となるんです。洋食が普及しはじめた明治になってから、まずは長野県松本市で商用の生産がはじまり、長野県の生産現場では古くからこれを「セルリー」と呼ぶ慣習があるのです。

 その2 花を咲かせないよう温度管理に気をつけて栽培します
 セルリーは、15度以上~25度以下が適温とされています。温度が低いと、芯と呼ばれる中心の部分が無くなったり(芯なし)、芯が2つあるといった現象が発生してしまいまうのですが、これは収穫するまで分からないのです。また、低温だと花が咲いてしまい、そうなると出荷できなくなってしまいます。セルリーは花を咲かせないように栽培されている野菜なんです。

 その3 セルリーの収穫は深夜から朝方にかけて行われます
 温度管理に気をつけなければならないセルリーの収穫は、なんと夜中の1時頃から朝にかけて、暗がりのなかヘッドライトをつけながら行われます。気温が上がると水分が抜けてしまうため、夜収穫されたセルリーを朝のうちに集荷場に運びます。

 出典:JA長野県ウェブマガジン「長野県のおいしい食べ方」

 出荷数量

 出荷量 12,900t
 出荷時期 5月中旬~11月下旬
 出荷産地 原村・茅野市・諏訪地域・松本市 ほか
 全国シェア 県別ベスト3 1位:長野県 2位:静岡県 3位:福岡県

 統計年度:農林水産省統計部発表資料(平成23年度)

 長野県で1年間に収穫されるセルリー(1万2900t)をセロリスティック(2本200g)にしたら、全国の15歳未満の子どもたち(1649万人)が1人約3.9皿ずつ食べることができます。

*https://www.iijan.or.jp/chikusan/product7 より

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<料理用語-和食> 桜煎り

2024-08-08 07:46:37 | 料理用語

 「桜煎り」

 茹でたタコの足を小口から薄く切り、それを酒と醤油で炒り煮したもの。

*https://temaeita.net/top/t2/kj/91_H/015.html より

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<異名-スポーツ選手> ゴジラ

2024-08-08 07:44:58 | 異名

 「ゴジラ 松井秀喜」

 松井 秀喜(まつい ひでき、1974年6月12日 - )は、石川県能美郡根上町(現:能美市)出身の元プロ野球選手(外野手、右投左打)。

 現役引退後はMLBのニューヨーク・ヤンキースでGM特別アドバイザーを務める。愛称は「ゴジラ」。

 1990年代から2000年代の球界を代表する打者で、日本プロ野球(以下:NPB)では読売ジャイアンツ、メジャーリーグベースボール(以下:MLB)ではニューヨーク・ヤンキースなどで活躍した。2009年のニューヨーク・ヤンキース時代にワールドシリーズ優勝を経験している。同年、アジア人初のワールドシリーズMVPを受賞した。2013年には国民栄誉賞を受賞した。

*Wikipedia より

 「ゴジラ」といえば「松井」、「松井」といえば「ゴジラ」。一定の年齢以上の野球ファンにとって、巨人や米大リーグで活躍した元プロ野球選手・松井秀喜さんにはそんなイメージがあるはずだ。実は「ゴジラ松井」の名付け親は愛媛県の人だとご存じだろうか?その人物こそ、当時大阪日刊スポーツの記者だった福永(旧姓赤星)美佐子さん=松前町筒井。プロ野球の一時代を築いた大打者をネーミングした彼女に、今だから言える?エピソードを聞いた。(正岡万弥)

*https://www.ehime-np.co.jp/article/news202208120012#:~:text=%E5%AE%9F%E3%81%AF%E3%80%8C%E3%82%B4%E3%82%B8%E3%83%A9%E6%9D%BE%E4%BA%95%E3%80%8D%E3%81%AE%E5%90%8D%E4%BB%98%E3%81%91%E8%A6%AA%E3%81%AF%E6%84%9B%E5%AA%9B%E7%9C%8C%E3%81%AE%E4%BA%BA%E3%81%A0%E3%81%A8%E3%81%94%E5%AD%98%E3%81%98%E3%81%A0%E3%82%8D%E3%81%86%E3%81%8B%EF%BC%9F,%E3%81%9D%E3%81%AE%E4%BA%BA%E7%89%A9%E3%81%93%E3%81%9D%E3%80%81%E5%BD%93%E6%99%82%E5%A4%A7%E9%98%AA%E6%97%A5%E5%88%8A%E3%82%B9%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%84%E3%81%AE%E8%A8%98%E8%80%85%E3%81%A0%E3%81%A3%E3%81%9F%E7%A6%8F%E6%B0%B8%EF%BC%88%E6%97%A7%E5%A7%93%E8%B5%A4%E6%98%9F%EF%BC%89%E7%BE%8E%E4%BD%90%E5%AD%90%E3%81%95%E3%82%93%EF%BC%9D%E6%9D%BE%E5%89%8D%E7%94%BA%E7%AD%92%E4%BA%95%E3%80%82 より

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<難読漢字-鳥類> 頬白

2024-08-08 07:40:04 | 難読漢字

 「頬白 ほおじろ」

 ホオジロ(頬白、黄道眉、画眉鳥、Emberiza cioides)は、スズメ目ホオジロ科ホオジロ属に分類される鳥類の一種。東アジアに広く分布し、顔の模様とさえずりが特徴的な小鳥である。

 成鳥は全長17 cmほどでスズメとほぼ同じ大きさだが、尾羽が長い分だけ大きくみえる。翼開長が約24 cm。成鳥の顔は喉・頬・眉斑が白く目立ち、「頬白」の和名はここに由来する。

*Wikipedia より

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<慣用句・諺> 年深し など

2024-08-08 07:36:37 | 慣用句・諺

 「年深し」

 多くの年月を経ている。また、年老いている。

 

 「年守る-としもる」

 大みそかの夜、家中の者が眠らずに夜を明かして元旦を迎える。としまもる。《季 冬》

 

 「斗酒猶辞せず-としゅなおじせず」

 多量の酒も断らずに飲む。大酒飲みの人にいう。

 

 「屠所の羊-としょのひつじ」

 《「北本涅槃経」から》屠所に引かれて行く羊。刻々と死に近づいているたとえ。また、不幸にあって気力をなくしていることのたとえ。

 

 「年寄りには新湯は毒-としよりにはあらゆはどく」

 一番風呂は刺激が強くて、老人の体にはよくない。

 

*goo辞書 より

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<日本酒メーカー> 茨城 瀧田酒造店

2024-08-08 07:28:55 | 日本酒

 「瀧田酒造店」

 詳細不明

 瀧田酒造店 茨城県水戸市 大工町2-1-20

 代表銘柄

 三ツ扇

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<パリ五輪2024> メダリスト 永瀬貴規

2024-08-08 07:25:03 | パリ五輪2024

 「永瀬 貴規-ながせ たかのり」 金-柔道男子81kg級、銀-柔道混合 団体

 永瀬 貴規(ながせ たかのり、1993年10月14日 - )は、長崎県長崎市出身の日本の柔道家。階級は81kg級。身長182cm。組み手は右組み。段位は五段を取得。得意技は内股、足技。2021年開催の東京オリンピック柔道ならびに2024年開催のパリオリンピック柔道の男子81kg級金メダリスト(五輪同階級での史上初の連覇達成)。

 2024年現在、旭化成に所属。

*Wikipedia より

 永瀬貴規 日本勢3人目の3大会連続メダルの偉業「今後の人生に生かしたい」 2024/8/6 19:11(最終更新 8/7 05:13)スポニチアネックス

 パリ五輪の柔道日本代表選手団が6日、パリから羽田空港着の航空機で帰国し、都内のホテルで会見を行った。男子81キロ級で同級五輪史上初の連覇を達成した永瀬貴規(30、旭化成)は「自分がやってきたことを信じて畳に上がって表現できた。今後の人生に生かしたい」と振り返った。

 初戦から危ない場面はほとんどなく、しっかりと攻めの姿勢を貫き、相手の一瞬の隙を見逃さず。初戦の一礼後に階段で脚を踏み外した時以外に表情を変えることなく頂点までの5試合を勝ち抜いた。

 5大会連続の谷亮子、3連覇の野村忠宏に続く、日本勢3人目の3大会連続メダル。金メダルで日本柔道が誇るレジェンドに肩を並べたパリ五輪となった。

*https://mainichi.jp/articles/20240806/spp/sp0/004/262000c より

 

 

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