コパ・リベルタドーレスの決勝は、以下のカード。
リバープレート vs ボカ・ジュニアーズ
南米決勝は、アルゼンチンのチーム同士の対決(汗)
これで「クラシコ」(バルサ vs レアル・マドリッド)、を超える?!?
というのは...
同じ街、ブエノスアイレスの2チームなので、「クラシコ」×「ダービー」?!?(笑)
(元々、スーベルクラシコと呼ばれる対決、ではある)
そんな状況で決勝第2戦は、バスへの攻撃トラブルやら何やらで何度かの判断の末「延期」(第1戦は 2 vs 2の引き分け)
仕方なくスペインに場所を移し、サンティアゴ・ベルナベウ(マドリッド)に!
すると南米・スペインの 魑魅魍魎 がおっ被さり、大・混迷に陥る(笑)
CONMBOL会長 vs リーベル vs ボカ の交渉会議は、完全にぐっちゃぐっちゃ化(汗)
混迷を極める!
そこで スペイン・フットボール会長、マドリッド会長、スペイン首相 が暗躍…
結果、スペインに場所を移し、サンティアゴ・ベルナベウ(マドリッド)が決定!!!
CL決勝もマドリッド、コパ・リベルタドーレス決勝 もマドリッド!という大変な名誉を獲得。
だがリバープレート も ボカ・ジュニアーズ もマドリッド開催を拒否!!!
今日はもう木曜、日曜に本当に開催できるのか?!?
クラブ・ワールドカップ、に間に合うのか!?!?!?!
その後のニュースによると、ボカ側が出発し、サポーターたちが盛大に送り出した、と。
拒否の主張が濃かった ボカ側 がそうなったのであれば、なんとかなりそうか?
今回は関係ないが、実は日本はこういうトラブルの結果、大変な恩恵を得てきたことを指摘しておきたい。
それは、TOYOTA カップ(TOYOTA European/South American Cup:写真)
元々、ヨーロッパチャンピオン vs 南米チャンピオン の世界一を決める闘い。
これが同様にサポーターの暴動なので開催が危ぶまれ、試合自体が中止になった年も…(1975、1978)
そして1980年、神風が吹き、何と「日本」が開催地として浮上 → 決定!
現在は クラブW杯 になっているが、この背景を理解するとなぜたびたび日本で開催されてきたかが、1発で理解できる。