レジ袋が有料化されたものの、まだ慣れない自分がいる。
実はカバンの中に入っているのに、気付かず購入してしまうことも(笑)
とはいえ、この「ニューノーマル」にアダプトしていくしかない。
一方今日は、(何もなかったならば)今日は「2020聖火 東京入り」の日ではあった。
過去の現地での体験(写真の大会のどれか 笑)では、「聖火」の市内への突入をきっかけに街が正に爆発!!!
熱いオリンピック・シティが完成した。
そりゃ「火」はヒトをコーフンさせるものだ、とは理解しつつ...
大会の延期を冷静に受け止め、この「ニューノーマル」にアダプトしていくしかない。
が今日はその招致 → 決定 までに至るタイミングで当ブログが書いていたことを再喝したい。
なぜ2016年(→ 2020年)東京か。
( 2008-09-14 読中評(中):オリンピックはなぜ世界最大のイベントに成長したのか)
<東京は経済的ピークをすぎた疲弊した国の首都だというイメージを
<追い払うのに成功した。
<そして日本の評価を、アジアの中に埋もれつつある国というイメージ
<から「やはりアジアの中心の国」へ見直すきっかけとなった
<日本の経済力は衰えつつあるとはいえ、まだまだ強力な
<資産や可能性を持っている。
<ところが中国、韓国に比べた場合、日本人的な精神的な弱さが
<その負のスパイラルを自ら強めてしまっているような気がしてならない。
先に飛ぶが400ベージ(第10章)の一節を引用、活用したい。
「アテネはスモッグに覆われた開発途上国の都市だというイメージを追い払うのに成功した。
そしてギリシャの評価を、ヨーロッパの貧しい国というイメージから「やればできる国」へ見直すきっかけとなった」
これを日本に言い換えてみよう。
「東京は経済的ピークをすぎた疲弊した国の首都だというイメージを追い払うのに成功した。
そして日本の評価を、アジアの中に埋もれつつある国というイメージから「やはりアジアの中心の国」へ見直すきっかけとなった」
それは外部に向けての話だけではなく、国内の意識がまず変わるというところに価値があると思う。
日本の経済力は衰えつつあるとはいえ、まだまだ強力な資産や可能性を持っている。
ところが中国、韓国に比べた場合、日本人的な精神的な弱さがその負のスパイラルを自ら強めてしまっているような気がしてならない。
(以上、本の引用終り)
今回の招致活動全体で感じたのは、前回の反省を経た、より洗練された東京の活動。
当初はアピールしなかったが、終盤に強調されていたように「震災復興」という大きなテーマが加わった。
(以上、当ブログの引用終り)
そして今2020年、「震災復興」だけではなく、「コロナ禍 復興」という大義も加わった。
スポーツがもたらすハッピネスを、ここ東京から世界に発信できる大きなチャンスなのだ!
結論:「ニューノーマル」にアダプトしつつ、来年を見据えタイムリーに行動していこう