長い章ではないのですが,いろいろ感じた事があったので,ブログは長くなってしまいました。(^^;)
ムバンタは母を埋葬した地でもあります。オコンクォはその時1度この地を訪ねました。母方の叔父ウチェンドゥが暖かく迎えてくれました。彼は事情を聞くと「『女』の罰(オチュ)だから。。。」(仲間を殺した場合の罰はオチュといい,オチュには男のオチュと女のオチュがあるそうで,わざとでない場合はオコンクォの程度で済んだのだそう。。では男のオチュって。。。?(汗))
オコンクォは小さな区画をもらい,ウチェンドゥの一家の手伝いで,新しい家を作り,畑を作りました。ちょうど雨季が始まる頃で,何と雹が降る事もあるようですね。彼らは雹の事を"the nuts of the water of heaven"と呼び,若い人達がそれを食べて楽しみました。(考える事は一緒だな(笑))雨は乾燥して茶色になった大地に緑を戻し,野菜の匂いが空気に満ちてきます。
オコンクォの家族は一生懸命働きましたが,何故かモチベーションが上がりません。オコンクォは,まるで年取ってから左利きになったみたいと感じていました。イボの人達には「男がYesと言えばチ(守護神)もYesと言う」という言い伝えがあるのですが,どうもオコンクォのチは大したチではなかったみたい。もしくは,「彼がやる気があるのにnayというチ」みたいです。
でも,悪いけど私はオコンクォに同情しないよ。話すといろいろ長いんだけど,日本人にはオコンクォ多いですよね。特に会社で生きて行くには皆,失敗を極度に恐れ,ひたすら上を目指して一生懸命働くオコンクォである事を強要されるのよね。でも私はとっくの昔にオコンクォを捨てた人間。逆に,こういう時にがっくりしているオコンクォは,な~にやってんの,なさけねぇ~~,でございます。
ウチェンドゥは,オコンクォが困っている様子を察し,結婚する息子アミクウのイサ・イフィの儀式が終わったらある事を話そうと思います。イサ・イフィとは,結婚式の一連の行事で,嫁をもらう一家が最後に行う行事で,花嫁に他の男と寝た事がない事を問う儀式です。嫁ぎ先から里帰りした長女のンジデが最初の尋ね役になりました。
儀式の後,ウチェンドゥは子供達とオコンクォを集めます。ウチェンドゥは問います。「子供に付けるポピュラーな名前に,ンネカというのがある。"Mother is Supreme"(直訳すると「お母さんは最高」でも通じる日本語的には「母の子」と言った方がいいかも),という意味じゃ。しかし我々の家族は皆父に属し,母の物ではない。それでもこの名前は良く付けられる。何故だかわかるかね?オコンクォ」「わかりません。」「わからないかね? お前はお前の村では優れたリーダーじゃ。じゃが子供でもある。わしのな。答えを教えよう。その前にもう1つ質問じゃ。何故母が亡くなった時,夫の地ではなく生まれ故郷に埋められるのか,知っておるかの?」オコンクォは首を振ります。ウチェンドゥは楽しそうに「知らぬか。それなのにこやつは母の国へ来て悲しんでおる。」と言います。「誰か答えを知っている者はおるかの?」皆首を振ります。
「では聞くがよい。子は父の国の物じゃ。それは正しい。しかし父が子を打てば,母の所へ慰めを求めに行く。全てうまく行っている時は,人は父の国に属する。しかし人は悲しみに襲われれば,母の国へ保護を求める。彼女はそこに眠っている。だから『お母さんは最高』なのじゃ。オコンクォ,お前は母の埋められた地で悲しい顔をしておるが,それはいけない。お前の義務は,妻と子供達を安心させ,7年後に無事に父の国へ連れて帰る事じゃ。もしお前が悲しみ,死んでしまえば,彼らも皆追放の身のまま死んでしまう。お前は世界で1番不幸な男と思っているようじゃが,人は誰も時々彷徨うものじゃ。全てのヤムを失う事もあるのじゃ。わしは6人の妻がいたが今は若いのが1人しか残っておらぬ。わしの22人の子供を埋葬した。しかしわしは首を吊ったりはせぬぞ。お前が1番不幸と思うなら,娘のアクエニに聞くがよい。何組双子を生んで森に捨てたかを。女が死んだ時,皆が歌うこの歌を知っておるか?」
♪これは誰の為に良いの?これは誰の為に良いの?誰の為でもないんだよ。
「これでわしの話はおしまいじゃ。」
双子。。やはり生んではいけないんですね。(泣)
ムバンタは母を埋葬した地でもあります。オコンクォはその時1度この地を訪ねました。母方の叔父ウチェンドゥが暖かく迎えてくれました。彼は事情を聞くと「『女』の罰(オチュ)だから。。。」(仲間を殺した場合の罰はオチュといい,オチュには男のオチュと女のオチュがあるそうで,わざとでない場合はオコンクォの程度で済んだのだそう。。では男のオチュって。。。?(汗))
オコンクォは小さな区画をもらい,ウチェンドゥの一家の手伝いで,新しい家を作り,畑を作りました。ちょうど雨季が始まる頃で,何と雹が降る事もあるようですね。彼らは雹の事を"the nuts of the water of heaven"と呼び,若い人達がそれを食べて楽しみました。(考える事は一緒だな(笑))雨は乾燥して茶色になった大地に緑を戻し,野菜の匂いが空気に満ちてきます。
オコンクォの家族は一生懸命働きましたが,何故かモチベーションが上がりません。オコンクォは,まるで年取ってから左利きになったみたいと感じていました。イボの人達には「男がYesと言えばチ(守護神)もYesと言う」という言い伝えがあるのですが,どうもオコンクォのチは大したチではなかったみたい。もしくは,「彼がやる気があるのにnayというチ」みたいです。
でも,悪いけど私はオコンクォに同情しないよ。話すといろいろ長いんだけど,日本人にはオコンクォ多いですよね。特に会社で生きて行くには皆,失敗を極度に恐れ,ひたすら上を目指して一生懸命働くオコンクォである事を強要されるのよね。でも私はとっくの昔にオコンクォを捨てた人間。逆に,こういう時にがっくりしているオコンクォは,な~にやってんの,なさけねぇ~~,でございます。
ウチェンドゥは,オコンクォが困っている様子を察し,結婚する息子アミクウのイサ・イフィの儀式が終わったらある事を話そうと思います。イサ・イフィとは,結婚式の一連の行事で,嫁をもらう一家が最後に行う行事で,花嫁に他の男と寝た事がない事を問う儀式です。嫁ぎ先から里帰りした長女のンジデが最初の尋ね役になりました。
儀式の後,ウチェンドゥは子供達とオコンクォを集めます。ウチェンドゥは問います。「子供に付けるポピュラーな名前に,ンネカというのがある。"Mother is Supreme"(直訳すると「お母さんは最高」でも通じる日本語的には「母の子」と言った方がいいかも),という意味じゃ。しかし我々の家族は皆父に属し,母の物ではない。それでもこの名前は良く付けられる。何故だかわかるかね?オコンクォ」「わかりません。」「わからないかね? お前はお前の村では優れたリーダーじゃ。じゃが子供でもある。わしのな。答えを教えよう。その前にもう1つ質問じゃ。何故母が亡くなった時,夫の地ではなく生まれ故郷に埋められるのか,知っておるかの?」オコンクォは首を振ります。ウチェンドゥは楽しそうに「知らぬか。それなのにこやつは母の国へ来て悲しんでおる。」と言います。「誰か答えを知っている者はおるかの?」皆首を振ります。
「では聞くがよい。子は父の国の物じゃ。それは正しい。しかし父が子を打てば,母の所へ慰めを求めに行く。全てうまく行っている時は,人は父の国に属する。しかし人は悲しみに襲われれば,母の国へ保護を求める。彼女はそこに眠っている。だから『お母さんは最高』なのじゃ。オコンクォ,お前は母の埋められた地で悲しい顔をしておるが,それはいけない。お前の義務は,妻と子供達を安心させ,7年後に無事に父の国へ連れて帰る事じゃ。もしお前が悲しみ,死んでしまえば,彼らも皆追放の身のまま死んでしまう。お前は世界で1番不幸な男と思っているようじゃが,人は誰も時々彷徨うものじゃ。全てのヤムを失う事もあるのじゃ。わしは6人の妻がいたが今は若いのが1人しか残っておらぬ。わしの22人の子供を埋葬した。しかしわしは首を吊ったりはせぬぞ。お前が1番不幸と思うなら,娘のアクエニに聞くがよい。何組双子を生んで森に捨てたかを。女が死んだ時,皆が歌うこの歌を知っておるか?」
♪これは誰の為に良いの?これは誰の為に良いの?誰の為でもないんだよ。
「これでわしの話はおしまいじゃ。」
双子。。やはり生んではいけないんですね。(泣)
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