◎神々の大恩に対して感謝
冥加というのは、もともとは、気がつかないうちに授かっている神仏の加護・恩恵のことで、また、思いがけない幸せのことも言う。
現代人は、「おかげさまで」と答えることがあるが、それが冥加の名残。冥加を感じ取る感性が一つのカギである。
出口王仁三郎の随筆「謝恩の生活」から
『天の不平は豪雨を降らして大洪水となし、風の不平は嵐を起して総てを破壊し、地の不平は地震を起して以て乾坤を震動せしむる様に思はれる。
人間の不平は千様万態であるが、先づ生活問題から起るのが多い様だ。この不平を解する唯一の方法は、報恩謝徳の意義を了解するにある。
仏教では、万象は皆仏陀であると云ひ、大本では宇宙に於ける霊力体一切の万有は、神の本体であると説く。然り我等が極暑と闘つた後の一滴の水は、如何に多大なる感謝の念を与へるか、風も草も木も総て吾人に幸福を与へて居る。
米一粒が八十八回の労力を要して始めて人間の口に入る事に、思ひをいたす時は、吾人は四囲の総てに対して感謝せねばならぬ。報恩の念は吾人に幸福な人生の温情を教へて呉れる。一個の日用品を買ふものは其品物にて便宜を得る、売主は代価の金で自己の慾望を満足する事が出来、製造人は労銀にて自己生活の必需品を求むる事が出来るのだ。然りとするならば以上の三者は何れも対者に対して感謝せねばならぬ事になる。
近時矢釜敷い労働問題にしても然りである。経営者は天然と労働者に対して感謝すべく、労働者に対しても相当に利益の分配をなすべきは、当然であると同時に、天然否、神々の徳に対して感謝すべきである。
又労働者は、経営者があつてこそ自己が生活し得る事を知つて、唯自己の腕力万能心に囚はれず、そこに感謝の意を表すべきものである。此の如くにして、両者が互に諒解し、始めて不平不満を去り、温かい生存を続くる事が出来る。然るに現代には感謝報恩の念慮なき、利益一点張りの人間がままあるのは歎かはしい。
兵庫あたりの某紡績工場の近隣に、火災が起つた時に、多大の綿花が倉庫に在つたので職工連が万一を気遣つてどんどんと他所へ運び出して居た。そこへ幹部の役員が出て来て、此の状を見るなり、火の如うになつて叱りつけた。
そして「此の綿花には十万円の保険がつけてあるから、他へ運ぶ必要は無い、焼けても原価に該当するだけの保険金が取れる、運搬すればそれだけの労銀が要る、いらぬ世話を焼くな」といつたとの事であるが此役員どもは、どうして綿花が出来たかといふ事を知らぬ冥加知らずである。
そして多数者の労力を反故にするものである。代償の金さへあれば、社会の損失を知らぬ、利己主義の人間である。猶この綿花を焼失したなら、多くの人々が、寒さを防ぐ衣類が、出来なくなると云ふ社会の人の幸福を、度外視したる悪魔の所為である。
滔々たる天下、殆んど是に類する人々の多きは、浩歎すべきである。天地の大恩自然界の殊恩を知らず、宗教心なき人間は総て斯の如き者である。
青砥藤綱は滑川に一銭の金を落し、五十銭の日当を与へて、川底を探らしめたと云ふ、斯の如きは天下の宝を将来に失ふ事を恐れた謝恩心に外ならないのである。吾人は何処までも青砥藤綱の心事を学ばねばならぬ。』
(月鏡/出口王仁三郎の謝恩の生活から引用)
※青砥藤綱: 鎌倉時代の武将。
太平記(巻第三十五)で、夜に滑川を通って銭10文を落とし、従者に命じて銭50文で松明を買って探させたことがあった。「10文を探すのに50文を使うのでは、損ではないか」と、ある人に嘲られたところ、藤綱は「10文は少ないがこれを失えば天下の貨幣を永久に失うことになる。50文は自分にとっては損になるが、他人を益するであろう。合わせて60文の利は大であるとは言えまいか」と諭した。
メリデメばかり追えば、必ずこういう天下の物資を濫費する場面が出てくるもの。賞味期限切れの食品を生ごみに捨てるなどは、良心に咎める人も多い。もったいない精神は、こうした明治大正の人に問わなくても、禅の食事の作法も同じ起源であって、道教に由来する功過格(善悪の基準書)も同類である。
人も世も、こうしたことを日々に心得て行動すれば、あまり変な方向には行かない。
だが、実際にこういうことを会社や組織でやろうとすると、背任とまではいかないかもしれないが、変な判断と見られる。それは鎌倉時代からも変わらなかった。