先日、NHKの関西地方のニュースの中で「和歌山ラーメンのルーツ」について報じていました。
「和歌山ラーメン」は関西地方では比較的有名なラーメンとなっていますが、これは、1998年のテレビ番組『ラーメン選手権』で同市田中町の井出商店が優勝したことで人気に火がつき、その後、名物としてすっかり定着したのがその由来と言われています。
今日はこの「和歌山ラーメン」のルーツについてご紹介します。
TVの報道によれば、和歌山市立博物館の寺西貞弘館長が「和歌山ラーメンの源流」と云う論文で、「和歌山ラーメンの起源」は、過去の証言などを再検討した結果、店が多かった「車庫前」(和歌山市東高松)の地理的条件などから、日露戦争の「歩兵第六十一連隊」と関わりを推論したと云うことです。
歩兵第61連隊は、明治38年(1905年)に姫路、鳥取などの連隊で編成されて、日露戦争後に中国東北部の守備任務に2年間あたりました。
61連隊が駐屯していた中国東北部は、有名な粉食地帯であることから、彼らは其処で自由な生活を営みながらラーメンを食べていた可能性があるとしています。
その後、彼らは日本に帰国し、和歌山市に誘致されて車庫前に駐屯地を構えてからも、中国大陸で食べた麺の味が忘れられず、日本の醤油などの味とマッチした和歌山ラーメンの誕生に、一役買ったのではないか、としているものです。
寺西館長は「あくまで憶測の域を出ないが、ルーツ論議の一石になれば」と話しているそうです。
・これが和歌山ラーメンです。(ウィキペディアより)
なお、和歌山ラーメンには大きく分けて、「醤油ベースの豚骨醤油味」と「豚骨ベースの豚骨醤油味」の2つの系統があるようですが、これは和歌山が湯浅などの醤油産地に近いため県民が醤油の味に慣れ親しんでいることや、隣県などからスープの材料となる豚骨や鶏がら、魚介類などを仕入れ易かったのではないか、とされているようです。